「おぉーっやっぱり江戸と違って新鮮で安いなぁ!」


朝食を終え旅館を出た一同は伊豆大島の港町を見て回り、

市場に出回っている新鮮な魚介を前に近藤が大きな声を上げた。

まだ動いているカニやたった今運ばれてきたばかりの大きなマグロ、ホタテ貝やイカなどが激安の札をつけられて所狭しと並べられている。

「とっつァんに土産買ってくか。…どうしたトシ眠そうだな?」

袖口から財布を取り出す近藤の横で土方はクマの消えない瞼を擦りながら首を振る。

「いや…あんま寝てねぇんだよ。今度物音したらの奴叩き起こしてやろうと思ってスタンバってたんだけど…

 結局あの後なんも音しないまま気付いたら朝になってたっつーか…」

「これだから神経質な人間は困りまさァ。こっちまで眠れなくなっちまう」

「…オメーは爆睡してただろうが。よくあんな煩い部屋で寝れんな」

寝起きすっきりという清々しい顔の総悟がカニの足を掴んで持ち上げながら土方の横に並んだ。

土方はそれをジロリと睨みつけながら取り出した煙草を口に銜える。


「そういやはどうした?」

「寝不足でダルいから部屋にいるって」

「クソ、俺も部屋にいればよかったな…」


眩しい日差しが目に沁みる。

土方は目頭を押さえながらはーっと深いため息をついた。









つるばみの詠-4-











「はぁ?たてつけ?」


ようやく朝食の済んだ広間の片付けを終えた万事屋は、と向き合って怪訝そうに顔をしかめた。


「壁蹴ってるみたいな音がするんです。もしかしたら天井のたてつけ悪いんじゃないかと思って。

 アンタら前に屋根の修理みたいなこともしてましたよね?ちょっと上見てきて下さいよ」

「何言ってんだお前、そんな暇あるわけねェだろーが。部屋が煩いなら廊下で寝ろ」


目の下に大きなクマと作りながら偉そうに仁王立ちして銀時を見上げる

銀時は眉をひそめてそう言い放つとスタスタと通り過ぎてしまった。


「客の要望に答えるのが従業員なんじゃないんすか?

 サボってたって女将にクレームいれてもいいんですよ」

「何が要望だ!どうせ隣のゴリラとかが暴れて壁蹴飛ばしただけだろうが!!

 営業妨害なんだよ!もう帰れテメーら!つーか何でそんな偉そう!?」

「こっちは金出して泊まりにきてる客ですから。その金が給料に繋がるんだからシャキシャキ働けよ」

「何様だっつんだよ税金泥棒!つーか何!?お前今日随分やさぐれてね!?いつもに増して廃れてね!?」


顔色は悪いし目も半分死んでいる。

傍若無人な態度は今に始まったことではないが、寝不足のせいかいつもに増して酷いような気がする。


「銀さん、ここで揉めてもしょうがないし行ってきて下さいよ。

 他の仕事は僕らがやっておきますから」

「あぁ〜?いいじゃねーか別にコイツらの部屋事情なんか知ったこっちゃねーし。

 むしろお気に召さなくてお帰りになりましたって方が楽でいいんだけどよー」


銀時の腕を引っ張って耳打ちをする新八。

銀時は心底面倒くさそうに頭を掻きながら仏頂面のを一瞥した。

彼女に背を向けている今の態勢でも背後から只ならぬオーラが感じられる。


「僕ら今クビになったらマジで江戸に帰れませんって!」

「適当に直して黙らせて来てヨ銀ちゃん。仕事にならないアル」


これから部屋の掃除や洗濯、夕飯の準備など仕事や山積みだ。

「ったくしょうがねぇな…江戸帰ったら覚えてろよ税金泥棒」

銀時はガシガシと頭を掻いて舌打ちすると突きあたりのの部屋まで引き返していく。

もその後に続いて自分の部屋へ戻った。

を除く隊士のほとんどが近藤たちと一緒に旅館を出ているため客室が並ぶ通路はとても静かだ。

銀時は部屋の戸を乱暴に開けてスリッパを脱ぎ捨て、広い部屋をぐるりと見渡す。


「小娘が無駄に広い部屋使いやがって…だから聞こえもしねぇ音も聞こえるんだっつーの」

「え、この部屋他のトコより広いんですか?いや確かに広いけど」

「ここと隣の部屋は他の部屋より広いよ。一応ゴリラとマヨラーに気ィ遣って女将がデカい部屋用意したんだろ」


茣蓙の上で寝ろ、と言いながら銀時は窓の方に向かって行くと壁を軽く叩いて天井を見上げる。

シミ1つない綺麗な木目の天井はたてつけが悪いようには見えない。

窓を開けてテラスに出ると真っ青な海が一望でき、銀髪を揺らす向かい風は潮の匂いがした。

手摺から身を乗り出して右手を見ると屋根から繋がる梯子が見える。

ここは角部屋なので手摺の上に立って背伸びすれば手が届くだろう。

「こんな高級旅館たてつけ悪いわけねぇだろ…」

銀時はブツブツと文句を言いながらも軽々と手摺の上に立って梯子に飛び移った。

は入れ替わりにテラスに出てその様子を目で追う。

「すっ転んでも助けられないんで気をつけて下さいよ」

「元はテメーのせいだろうが!!」

屋根の上に登って行く銀時を見上げながら手摺に頬杖をつく。

ずっと首を上げているのも疲れるので何となく旅館の麓を見下ろすと、正面からでは見えなかった露天風呂が見渡せた。


「……あれ何だろ」


旅館の敷地内ではあるが一番西端にある一棟の蔵。

旅館から通路が伸びているわけではなく、周囲をぐるりと松林で囲まれて蔵自体が完全に孤立しているように見える。



恐らく物置きか何かだろうがそれにしては立派で大きい。


(いい旅館は物置きも立派なのかね)


そう思って気には留めず、再び旅館を見上げると銀時が既に屋根の上にいた。


「旦那ぁーどうっすかー?」

「何もねぇよ!屋根瓦はきれいだし…やっぱ隣の連中じゃねーの!?」


給水タンクへと続く梯子から屋根瓦に下り、の部屋の真上を調べる銀時。

さすがに慣れているようで足場の悪い斜面でも素足で平然と仁王立ちしている。

「…おかしいなぁ…」

手摺に寄りかかって首をかしげると銀時は再び梯子に足をかけて下りてきた。

「もうこれでいいだろ。こちとら忙しいんだ、テメーらにばっか構って…」

慎重に梯子を下りていた銀時は足を手摺にかけたところで一瞬硬直する。

明かりの消えた隣の部屋。

近藤と土方、総悟が使っている部屋だったが彼らは朝食の後旅館を出て行ったはずだ。



今は無人のはずのその部屋の中に、銀時は人影を見た。



窓際からこちらに背を向けて入口側へ歩いて行く黒い影。

それはすぐにカーテンに隠れて見えなくなったが、その後姿は女の背中のようにも見えた。


「…?どうかしたんですか?」


手摺に乗ったまま隣の窓を見ている銀時を見ては首をかしげる。

「………いや」

銀時は首をかしげたが手摺を降りて部屋の中へ戻って行く。

「あたしも昼寝したら町に出てみようかな」

「あー行け行け。部屋掃除しなきゃなんねーんだからいつまでも部屋にいんなよ」

脱ぎ捨てていたスリッパをつっかけて頭を掻きながらダルそうに部屋を出て行った。

再び1人になった部屋をぐるりと見渡し、戸の内鍵をかけて隅に積んでおいた枕を部屋のど真ん中に放り投げる。


(土方さんのせいで全然寝らんなかったし…昼飯まで寝ようっと)


毛布を引っ張って包まると眠気は即座にやってきた。

部屋の電気が点けっぱなしだが消すために立ちあがる気力もなく、はそのままこてりと寝入ってしまった。




それからどれぐらい経っただろう。

静かな寝息を立てて眠るがごろんと寝返りを打つと




コンコン




部屋の外から戸をノックする音。

だが熟睡しているはその音に気付くはずもない。



コンコン



間髪いれず再び戸がノックされた。

今度は先ほどより少し強い。



「…………ん…」



コンコン



なかなか諦めようとしないノックの音。

は渋々目を開けてむくりと起き上がった。


「……誰だよ…」


出てこなければ諦めて帰るだろうし、隊士の誰かであればそのまま部屋に入ってくるだろう。

銀時や神楽に至ってはノックすらしないかもしれない。

あぁもしかしたら旦那が言ってた部屋の掃除の時間かな…

そんなことを思いながら目を擦ると、そこで部屋の異変に気付いた。


「…あれ…電気……」


消すのが面倒で点けっぱなしにしていたはずの蛍光灯がなぜか消えている。

カーテンを閉め切っていたため部屋は昼間でも薄暗い。



コンコン



異変の理由を整理する暇もなく再びノックに急かされた。

慌てて立ち上がり、髪を手櫛で直しながら戸を見ると鍵をかけたはずの戸が僅かに開いて

その隙間から廊下の明かりが部屋に差しこんできている。

は眉をひそめながらゆっくり戸を開けた。



部屋の前には誰もいない。



窓から差し込む光だけで十分明るい廊下だったが、今はなぜか夜中のように薄暗く不気味な雰囲気を醸し出している。

隊士のほとんどが出払っているためその静けさがそれを更に増長させた。

廊下に出てあたりをきょろきょろと見渡すと、隣の部屋で小さな物音が聞こえた。


「…近藤さん?」


開け放されている隣室をひょっこりと覗きこんでみる。

同じように明かりが消えていてはっきりとは見えないが、こちらはカーテンが全開になって窓が開いていた。

海風が無人の部屋に吹きこんできて少し肌寒い。

は入口でスリッパを脱いで部屋の中に入った。

部屋の隅に畳んで寄せてある3つの布団と3人分の荷物。

テーブルの上の灰皿はいっぱいで、吹き抜けた風と一緒に煙草の匂いがした。

確かに物音がしたのだが部屋に人の気配はなく、薄暗い部屋にいるのは1人だ。


「……ん…?」


部屋の壁際に何か小さなものが転がっている。

はしゃがんで転がっていたものを拾った。


「…何だこれ…」


薄暗くて見えないが、それはビー玉ほどの大きさの木の実だ。

ドングリよりは丸いが栗よりは小さい。

指で摘んで外の陽に照らそうと翳した瞬間



ゴン!



「っ」



壁から大きな音。

驚いたは手に持っていた木の実を落としてしまった。

驚いたのは音もそうだが、音がした壁の向こうの自分の部屋には誰もいない。



ゴン!!


二度目の音。

壁が揺れて梁にかかっていた近藤の羽織が床に落ちた。

得体の知れない何かが背筋を走って、は恐る恐る壁に手を伸ばす。

すると伸ばした手の横に上から小さな球体が1つ降ってきた。

畳に落ちているのは先ほど拾ったものと同じ木の実。

はぎしぎしと効果音がつきそうな鈍い動作でゆっくりと首を上に傾ける。



綺麗な木目の天井からだらんと突き出ている二本の足

そしておかしな方向へ曲がった右手

何かに吊るされているかのようにぶらぶらと揺れる手足は、

まるで上半身が天井の上に減り込んでいるかのように先が窺えない。

その青白い右手が握っていた数個の木の実が、再び1つの足元に落ちてきた。




「…………ッぁ…!」




勢いよくその場を飛び退く動作をした瞬間に、は自分の部屋で目を覚ました。


「………は…っはぁっ…」


額にびっしょりかいた汗。

心臓が痛いぐらい鼓動が速い。

電気は寝る前と同様つけっぱなしで、戸はしっかり内鍵がかかっている。


(……夢…?)


毛布に包まっているのに酷く寒い。

ゆっくり起き上がって前髪を掻き上げると膝から木の実が1つ転げ落ちた。

眉をひそめながら拾おうと手を伸ばすと、枕元に置いていた携帯が鳴った。

ディスプレイには「近藤さん」と映し出されている。


「…もしもし」

『お、その声は寝起きか?そろそろ昼飯でも食おうとおもってな。

 お前も旅館出てきたらどうだ?美味そうな海鮮丼の店見つけたんだ!』


弾んでいる近藤の声を聞くとほっと安心した。


「はい。じゃあ今旅館出ますね」

『おう、待ってるぞ!』


通話を切って改めて画面の時計を見ると、小一時間ほど眠っていたようだ。

だがあまり眠れた気はしない。


「………………」


は畳に落ちた木の実を掴むと勢いよく立ちあがって窓を開け、外に向かって思い切り放り投げた。

放物線を描いて小さくなっていく木の実は旅館の麓の林の中に吸い込まれていく。

窓とカーテンをしっかり閉め、刀と財布を持って入口にある全身鏡の前に立った。

顔色が悪いのは寝起きというだけではないだろうが、は頑なに寝起きだからだと言い聞かせた。

髪を手櫛で直して袴の裾を整え、逃げるように部屋を飛び出す。





隣室の戸は、しっかりと閉められていた。







To be continued