つるばみの詠-2-








は旅館の前に立つ3人の従業員を見て訝しげに眉をひそめ、

着物の袖の中にすっぽり隠していた右手でその3人を指差した。


「…何でアンタらがここにいるんですか」


後ろから少し遅れて歩いてきた近藤たちも立ち止まり、見覚えのある顔ぶれに怪訝な表情を浮かべる。

少し遅れた正月休みに伊豆大島の高級旅館で慰安旅行。

雪と海が臨める絶景露天風呂と満喫して、伊豆大島の海の幸を堪能…

…のはずがなぜこんな所に来てまで顔見知りに会わなければならないのか。


「そりゃこっちの台詞だ。何だテメーら、来るトコ間違ってんだろ」


四方八方にはねた銀髪をガシガシと掻きながら先ほどとは打って変わった態度でを見下ろす。



かぶき町に店を構える万事屋銀ちゃん・その主である坂田銀時。

そしてその助手を務める眼鏡少年・新八と夜兎族の神楽。

真選組とは何かと衝突の多い3人で、恩を着せられたり着せてあげたり、とにかく彼らに出くわすとロクなことがない。

それ故に近藤や土方は彼らを毛嫌いしているのだが、総悟と共にこの男に一目置いている

さすがに慰安旅行でこの顔は見たくなかったと嫌悪感を露わにした。



「間違ってません。あたしたち慰安旅行でここに来てるんです。ほら」



はそう言って着物の袖から一枚の紙を取り出して男に見せる。

銀時が受け取った紙を見ると横の2人も紙を覗き込んだ。

宿泊場所には確かにこの高級旅館の名前が書かれている。


「ちょ、ちょっと銀さん…今朝女将さんが言ってた団体客って真選組のことだったんじゃないですか…?」

「しょうがねーだろうが俺らだってババァの紹介で昨日来たばっかなんだから。予約客のことなんか知るか」

「別に支障はないネ。どうせ高級旅館なんか泊まったことない芋侍アル。

 料理振舞うフリしてフグ毒盛って帰らせるヨ」

「んなことしたらこの旅館潰れちゃうでしょ!!折角仕事がない僕らに臨時のバイトくれたのに!!」


声をひそめているつもりだろうが丸聞こえだ。

たちは顔を見合わせて幸先不安な慰安旅行に深いため息をつく。


「あらあら、お知り合いでいらしたんですか?」


旅館の中から女性の声がして、藍色の着物を着た女将が外に出てきた。

50〜60代ぐらいだが小奇麗で若々しく、年齢に見合った薄化粧が逆に年齢よりも若く見せている。

長い黒髪を後ろで団子状にまとめた髪が上品で高級旅館に相応しい女将という感じだった。


「ようこそおいで下さいました真選組の皆さま。

 当館女将のお清と申します。冬の伊豆大島でのご旅行をゆるりとお楽しみ下さいませ」


お清と名乗った女将はそう言って深々と頭を下げる。

腑に落ちない表情をしていた近藤だったが、女将の良心的な態度に「お世話になります」と頭を下げた。


「お部屋へご案内いたします。どうぞ中へ」

「あ…はい…どうも」


足元に置いていた風呂敷包みを抱え、旅館の中へ入る。


「臨時のバイトって…なんでこんな高級旅館にアンタらみたいな胡散臭い連中が?」

「よく分かんないんですけどお登勢さんの紹介なんですよ。

 急にここの従業員の方が何人かいっきに辞めちゃって人出が足りないからって、

 僕らに仕事を回してくれたらしいんです」

「テメーらに仕事回すようになったらこの旅館も終わりだな」

「あァー?テメーらこそこんな高級旅館なんか全然似合ってねーんだよ。

 人様の税金で慰安旅行なんかしやがって。素泊まりカプセルホテルに行け。

 天然温泉を謳った循環式温泉の格安宿に行って「伊豆大島の温泉行ってきたぜー」って土産話してホラ吹きになれ」


中の立派な造りに感動する暇もなく、江戸にいる時とまったく変わらぬ緩い会話が交わされる。

ふと中庭に目を向ければ立派な日本庭園が広がっており、大きな池で色とりどりの鯉が泳いでいるのが見えた。

数秒おきに聞こえる獅子脅しがなんとも風流でこの旅館の格式の高さを物語っている。


「お部屋なんですけれど…片栗虎様からは予約人数しかお聞きしていなくて…
 
 女性隊士様のことお聞きするのを忘れてしまったんです。

 お部屋はすべて2人用を用意してしまったので…どなたか3人で使って頂いて、

 女性隊士様にはお1人で使って頂こうと思っていたんですが…どうなさいますか?」

「ああ、いいですよ女将さん。そんな気を遣って頂かなくて。

 ガキの頃から一緒に住んでるようなモンなんで同室でも全然構いません。なぁ?」

「是非1人で使わせて下さい」


先を歩く女将の言葉に近藤が真顔で答えると、はその近藤を一瞥もせず女将に言い放った。


「ちょ、何でだ!道場に来たばっかの時は怖い夢見ると俺の部屋に来たりしてただろ!!」

「いつの話してんですか!!」

「近藤さん俺も1人で使いたいです」

「贅沢言うんじゃありません!!お前は俺らと同室!!」

「"ら"ってなんだよ"ら"って!コイツと同室になったらいつ寝首掻かれるかわかんねーじゃねーか!!」

「自意識過剰だなァ土方さん。高級旅館まで来て何でそんなことしなきゃならねぇんですかィ」


その高級旅館にそぐわない賑やかすぎる声が廊下に響く。

女将はくすくすと上品に笑いながら後ろを歩いていた神楽を振り返った。

「神楽ちゃん、女性の方を一番奥の客間にお連れして」

「はいアルヨー」

神楽はとてとてと歩いてきての前に出ると「ついて来いヨ」と言って先を歩き始めた。

「うわぁ…廊下ピカピカだ…ウチの屯所も毎日掃除婦さんが磨いてくれるけど、

 さすがに古いからここまで光らないんだよなぁ…」

スリッパで歩くだけでも滑ってしまいそうなほど綺麗に磨かれた長い廊下。

真選組屯所も確かに大きく立派だが、さすがに歴史のある建物なので歩くと軋む箇所があったりする。

それもまた趣があっていいと思っていたがやはり新しい木の匂いもいいものだ。

神楽は廊下の突き当たりにある立派な障子を無造作に開け、先に部屋へ入って行く。


「ぅわっ!広ーい!!」


障子の向こうに広がるのは1人で使うには勿体ない15畳ほどの部屋。

手前には風呂やトイレなどの水回りが十分な広さで確保されており、

大きく立派なテーブルを正面に臨むと左手に板の間があって、その更に奥には伊豆大島の海を一望できるスペースが広がっていた。

板の間にある花瓶や掛け軸、姿見の装飾に至るまですべてに高級感が溢れている。

は小上がりの入口でスリッパを乱暴に脱いで畳の間に駆けだした。

「スッゲー!!超キレイ!!」

バタバタと奥まで走っていくと、窓に貼りつくようにして伊豆大島の海を見渡した。

「あーぁ、定春にも見せたかったなー」

「あのワンちゃん置いてきたの?」

テンション低く窓に近づいてきた神楽は唇を尖らせて窓の外を見つめる。

万事屋のマスコットである巨大犬を思い出し、は振り返って首をかしげた。

神楽はしょんぼりと肩を落としてコクンと頷く。

「ペットは駄目だって。スナックのババァたちに預けてきたアル」

「お土産買ってってあげなよ。あたしも妙ちゃんに何か買って行こうと思ってたし」

「姉御の所にはゴリラが何回も来て土産何がいいかってしつこく聞いてたヨ」


"お土産は要らないからそのまま伊豆大島に永住なさったらどうですか?いい所だって聞きますよ"



「……って。」

神楽は近藤と妙の会話を思い出しながら淡々と言った。

が苦笑すると、隣の部屋と面した壁からドン、という音と籠った怒鳴り声が聞こえてきた。


「うるさいなぁ…いい年して何騒いでんだか…」


恐らく隣は近藤たち3人だ。

案内したのが万事屋の2人なら騒ぎになっているかもしれない。


「おいうるさいアル!静かにしろヨ!」


神楽はそう言って壁に思い切り蹴りを入れた。

ボゴン、と音を立てて壁が揺れるとは慌ててそれを止めに入る。

「ちょっ、穴開けたら弁償だよ!!!」

今日から4日間世話になる部屋で腰を落ち着かせる間もなく、は再びスリッパを履いて部屋の外へ出た。

数メートル離れた隣室の障子は開け放されており、入口にはスリッパが乱雑に転がっている。

「ちょっと隣の部屋まで響いて…」

注意しようと部屋の中に入ったところではふと違和感を感じた。



「………あれ?」



スリッパを脱ごうとしてそのまま部屋を見渡す。

の部屋と変わらぬ間取りだがやや狭く感じる部屋。

狭く感じるのは人口密度のせいだろう。

特に変わった様子はないのだが、なぜかその客室に違和感を感じた。

だがその違和感が何なのか分からず、は首をかしげて部屋の中に目を配る。

胸倉を掴み合っている銀時と土方が中央にいて、それを止めに入ったと思われる近藤と新八がとばっちりを受けていた。

総悟はまるで関係ないという様子でテレビの前に寝そべっている。

まるで中学生の修学旅行だ。

呆れ顔のに気づいた近藤は喧嘩を止めるのを諦めて入口に近づいてきた。

「おう、どうした。早速寂しくなったか?」

「いや、煩いんです。すっげー物音と怒鳴り声響きますよ」

は顔をしかめて睨み合っている2人を指差す。

「そうか?そんなに壁薄いはずはないんだがなぁ」

すぐ止めさせるよ、と苦笑して近藤は広間に戻って行く。

が溜息をつきながらそれを見ていると新八が銀時を引っ張って部屋を出てきた。

「ったく…スタンド相手の方がまだマシだったぜ」

銀時はぶつぶつ言いながらの横を通り過ぎ、新八は苦笑しながらに軽く会釈をして、

外で待っていた神楽と合流すると3人揃って廊下を歩いていった。

「…さて、と。早速温泉でも入って来ようかな」

もようやく落ち着いた男部屋を出て再び自分の部屋に戻る。




「ちょっと落ち着いて下さいよ銀さん。今この仕事クビになったら僕ら江戸に帰れませんよ。

 本土に戻る船のお金だってないんですから」

「知るか!人様の税金で高級旅館泊まるとか何様だ!!」

人聞きが悪いので補足を入れると、正確には市民の税金で賄われている給料の一部を慰安旅行の為に積み立てていた、というのが正解だ。


「ねぇ…あの部屋にお客入れたって本当なの?」

「ええ、だって部屋数が足りないからって女将が…」


給水場の近くで若い仲居が話しているのが聞こえ、3人は何となく立ち止まる。


「大丈夫なの?使うの、女の子なんでしょ?」

「問題ないわよ。何かあっても警察なんだし…そうそう変なことも起こらないでしょ」

「だといいんだけど…」


神妙な面持ちで話をしていた仲居たちは万事屋の視線に気づき、ぱっと離れて持ち場に戻って行った。

3人は顔を見合わせて首をかしげる。






その頃、は部屋で荷物を片づけて1階の大浴場に来ていた。

部屋にもバスルームがあるが、やはり伊豆大島に来たのだから一度は海の望める天然温泉に入っておかなければ。

ゆの字の暖簾をくぐると既に硫黄に匂いがして、だだっ広い脱衣場には時間のせいか以外誰もいなかった。


(…屯所の風呂の何倍あるだろ…)


比べ物にならないが他に比べるものも思いつかない。

多分屯所のはこの脱衣所が浴場ぐらいだと思う。

広い脱衣所の一番端に刀を立てかけ、髪を解いてゴムを浴衣の上に置いて袴の紐を緩めた。


「夕飯が7時からだから…ゆっくり入っていられるなー」


携帯で時間を確認してから脱いだ着物の上に置き、タオルを持って浴室の戸を開ける。

立ち込める湯気が晴れると綺麗に敷きつめられた石畳が30畳ほど広がり、

向かって左手と一番奥に3つの浴槽が並んでいた。

趣ある間接照明と木造の立派な柱、シャワー台1つ1つの装飾に至るまで純和風で落ち着いている。

(こんなトコこの先入ることもないだろうなー…)

遠慮がちに手前のシャワー台に腰を下ろしてバルブを捻る。

頭を下げてシャワーを浴び始めると



カシャン



「…ん?」

脱衣所の方から物音。

は顔を上げ、顔を拭ってすりガラスの向こうを見る。

他の客が入って来たのだろうと思い、さして気に留めず髪を洗い始めたのだがそれ以降脱衣所から物音はしなかった。

髪を洗い、体を流した後も浴場に他の客が入ってくる気配はない。

シャワーを止めたは浴室に入る前にすぐ傍のすりガラスの戸を開けて脱衣所を覗き込んだ。


「あ」


壁に立てかけていた刀が倒れている。

先ほどの物音はこれだったようだ。

は腕を伸ばして刀を拾い、再び棚に立てかけて戸を閉める。

タオルを持って立ち上がり、奥の浴室へ向かおうとすると



カシャン



再びあの音。

が再び戸を開けると、案の定刀が倒れていた。

「…こんなにバランス悪かったかなこの刀」

普段部屋においている時は何時間壁にたてかけていても倒れないのに。

こんなところにまで刀を持ってくる必要もないのだが念のためだ。

邪魔にならないよう棚の下に横にして戸を閉めた。

体が冷えては元も子もないと足早に浴槽に駆け寄り、柚子が香る手前の浴室に足を入れる。


「ふわぁぁ……生き返るぅ…」


爪先から徐々に体に沁みていく柔らかいお湯。

温度はやや熱めだったが首まで浸かるとそれにも慣れ、全身の力が抜けていくのが分かった。

周囲を包みこむ湯気から柚子が香って更に体が温まる気がした。

浴槽の縁に両腕を畳んで顎を置き、ふーっと長い息を吐く。


(これまでまとまった休みなんか全然なかったのに急にこんな高級旅館で慰安旅行って…逆に怪しいな…

 給料からめっちゃ天引きされてたらどうしよう)


隊士全員が休めるのなんか恒例行事の花見の時ぐらいだ。

いつも一つ屋根の下で共同生活をしているから場所が変わったぐらいであまり変化はないのだが、

仕事を抜きにして全員がのんびり出来る機会なんかそうそうない。


(…ま、とりあえず気にしないでのんびりしよっと)


浴室の更に奥には露天風呂につながるドアがある。

のぼせる前に露天風呂にも行こうと立ち上がった瞬間、すりガラス越しの脱衣所に人の気配を感じた。



「、」



…ここは大勢が泊まる旅館の大浴場。

いくらこの時間が空いているとはいえ宿泊客は自分たちだけではない。

当然、今の時間だって温泉に入る客だっているだろう。

普段ならそう思ってまったく気に留めることではないのに、は立ち止ってすりガラスを凝視した。

凝視しながらタオルを体に巻き、露天風呂ではなくガラスへと近づく。



ガラス越しに動いた人影が、「人影」ではないような気がしたから。



濡れた前髪から滴る湯を拭うのも忘れ、その手で取っ手を握ってゆっくりと戸を引いた。






To be continued

掃除婦さんとはもちろんヤンキー掃除婦さんのことです(笑)