「…だから言ったでしょうに」
が部屋に戻ってくると万事屋の3人が帰ってきていた。
神楽は酢昆布をかじりながらテレビを見ているし、銀時と新八は昨日が言ったことを律儀に守って
上下それぞれの押し入れで膝を抱えて納まっている。
「船なんか出ませんよって。警察のいうこと信じねーから無駄足になるんですよ。
ってかなんか座敷童みたいで気味わりィんで出てきたらどうですか?」
「…何か分かったんですか?」
お言葉に甘えて、と押し入れを出ながら新八が口を開く。
は一休みしようと茶道具を用意し始めた。
「上の2部屋の間取りがおかしいって言ったよね」
「ええ、でも結局原因は分からなかったんでしょ?」
新八は手伝います、と言って人数分の湯呑みを出して急須に茶葉とお湯を注ぐ。
銀時は押し入れを出るなりテレビの前に横になった。
これでは一体どちらが本来の部屋の主なのか分からない。
「それを確かめに行くんだよ」
30秒ほど蒸らしてから4つの湯呑みに平等に注いでいく。
は急須を傾けながら横目で銀時の方を見た。
「旦那たちも来ます?今夜あの部屋に」
「誰が行くか二度とゴメンだ。つーかお前仕事関わると俄然やる気だな…」
横になっていた銀時はむくりと起き上がり、怪訝そうにを見ながら淹れたての茶を啜る。
「私はいつでもやる気ですよ。気持ち悪い怪奇現象が警察に解決できるんなら仕事冥利に尽きますし」
も湯のみに口をつけて煎餅を手に取った。
「それより、部屋に来ないんなら女将さんの方見張ってて貰えませんかね?」
「女将さんを?」
新八は眉をひそめる。
「確かめたいことがあるんだ。山崎には役場に走ってもらったし、近藤さんが本土に連絡してくれれば令状が出るしね」
「令状って…これ事件性あるんですか!?」
「だからそれを確かめるんだってば。っと、ここから先は捜査機密。
地道に捜査して平和的に解決なんて柄じゃないんだけどね。武装警察だし」
はそこまで言って苦笑しながら口元に人差し指を寄せる。
本当は大した機密ではないのだが、自分が予想していることがはっきりするまで他言しない方がいいと思った。
童歌とそれを使って恋人を呪った女
お千瀬の生い立ち
千泉の夫の入院原因
女将の夫の死
「………………」
は着物の袖からお守りを取り出した。
近藤が裏の神社で買ってきたものを先ほど貰ったのだ。
「お前自覚ないだろうけど昔から霊感あるんだからお前が持ってた方がいいな!」と言って。
横に置いていた刀の柄紐を解き、お守りに通して首から下げる。
どっかの名探偵も、元都知事と同じ名前のどっかの刑事も、お守りに助けられたという話はベタだが確かに存在する。
(…泣く子も黙る真選組が神頼みたァね…)
溜息をつきながらぶら下げたお守りを襟の中に仕舞った。
すると
「、いるか?」
戸をノックする音と一緒に近藤の声が聞こえてきた。
かじっていた煎餅をお茶で流し込み、立ち上がって戸を開ける。
「どうかしたんですか?」
「山崎から連絡があってな。これから千泉さんの所に行こうと思って……何だ、まだいたのかお前ら」
近藤は部屋で寛いでいる万事屋の面々を訝しげに見たが、
今は構っていられないというようにすぐへ視線を戻した。
「じゃあ私も行きます」
「いや、とりあえず俺とザキだけで行ってくる。ぞろぞろ行って警戒されたら調べにくくなるしな」
「…山崎から何か報告が?」
近藤の物言いから事件の進展を感じたは声をひそめて問いかける。
近藤もきょろきょろと周囲を見渡してから親指で隣室を指した。
「役場から資料を送ってきた。今トシと総悟が目を通してるから見てくるといい」
「分かりました。お気をつけて」
が言うと近藤は笑って頷き、部屋の前を離れて行った。
一旦戸を閉めてふぅ、と一息つくと居間に戻ってテーブルの上に置いてあった携帯を取る。
「ちょっと隣の部屋行ってくるんで。荷物荒らさないで下さいよ」
「荒らすかよ。小娘の下着なんざ微塵も興味ねぇっぶぇ!!!」
はテーブルの裏に足をかけて蹴り上げ、銀時にちゃぶ台返しならぬテーブル返しを食らわせた。
新八がとっさに自分の湯呑みを持ち上げたが残りの湯呑みはテーブルと一緒にひっくり返り、
数枚の煎餅も宙を舞って畳に落ちる。
「…片しておいて下さいね」
テーブルの下敷きになった銀時に冷ややかな視線を送り、は部屋を出て行く。
"ここ数日に渡って大寒波に見舞われた江戸ですが、その天候もようやく落ち着き始めるようです。
明日の午後からは晴れ間も見え、寒気も納まるでしょう。混乱していた交通機関も徐々に回復してきているようです"
神楽が見ていたテレビから女性アナウンサーの声が聞こえる。
「…早く船が出てくれればいいんですけどね…」
畳の上に零れたお茶をいそいそと拭きながら新八が不安そうに声を漏らした。
銀時はそれを手伝いもせず横になり、混み合っている江戸のターミナルや駅の様子を映したテレビを眺めていた。
「失礼しまーす」
は隣の部屋の戸をノックし、返事を待たずに戸を開けて部屋に入った。
テーブルの傍では起動したパソコンと睨み合う土方の姿があり、
総悟は山崎が置いていって資料に目を通しながら隣室と同じニュース番組を見ている。
「山崎から資料届いたって聞いたんですけど」
スリッパを脱ぎ捨てて居間に上がると土方はノートパソコンを回転させて画面をに見せた。
「かけおちしたって従業員の男、フェリーの搭乗記録を見た家族が捜索願い出してたらしい」
パソコンに映し出されているのは25年前の新聞記事。
地元新の隅に小さく「老舗旅館従業員に捜索願い。原因はかけおちか」と書かれている。
「交際相手の女性についても調べを進める方針」とも書かれていたが、
その後の記事を見ても遺体が発見されたという見出しは見つからなかった。
「…そういえば…死んだ男の遺体はどこ行ったんですかね…?」
千泉は「死んだ」とは言ったがその後のことは何も話していなかった。
彼女とその夫がそれを目撃しているのなら、彼女たちはその遺体をどうしたのか。
「役場に死亡届は出されてねぇ。捜索が打ち切られた直後に千瀬の失踪事件が起こって、
地元警察はみんなそっちに流れたらしい」
総悟がそう言って手に持っていた資料を差し出してきた。
それは女将の家族と失踪した従業員の家族の戸籍の写しで、
お千瀬の母親である「お婉」と一緒に失踪した男の名前は戸籍から抹消されていない。
「じゃあ近藤さんが千泉さんのところに行ったのって…」
「死体遺棄の疑いがあるんじゃねーかって。令状が出されば証拠物件としてこの旅館も調べることが出来るしな」
土方は銜えていた煙草を指に持って白い煙を履く。
パソコンの横にある灰皿は既に吸殻でいっぱいだ。
「チッ…面倒くせぇことになってきやがったな…慰安旅行だぞこれ」
「怖いなら帰っていいんですよ」
「誰がんなこと言った。つーか船出てねーんだから帰れねーだろ」
「じゃあ飛んで帰って下せェ。飛んでみろ土方。お前なら飛べるはずだ土方。飛べない土方はただの土方だ土方」
「もともとただの土方なんだけど!!!」
辛辣な言葉を吐く部下に向かってテーブルを叩きながら怒鳴るが、それ以上は余計な体力を消耗しそうなのでやめた。
土方は額を押さえてハーッと溜息をつき、新しい煙草を銜えながら横目で部屋の壁を見る。
「…あいつらは?まだ居んのか」
「漁師脅して船出してもらおうとしたけど駄目だったみたいですよ。
こういう時はジタバタしたって余計に首が締まるんだから大人しくしてればいいのに」
「……お前刀でどうにか出来そうになるといっきに冷静になるよな」
テーブルに頬杖をついてもっともなことを言う。
今朝半泣きで部屋に押し掛けてきた姿はどこへ行ったのか。
「でも…近藤さん大丈夫ですかね?千泉さん、ただでさえウチら警戒してる風だったのに」
「だから近藤さんだけで行くんだろーが。お前や土方さんみてぇなのが一番警戒されちまう」
「「お前に言われたくねーよ!」」
島の最南端・山中
「きょ、局長ぉ…」
たちが通った獣道を通って再び千泉のもとへと向かう近藤と山崎。
近藤は一度通った道なのでその険しさには慣れていたが、
山崎は足場の悪い山道にヒーヒー言いながら先を歩く近藤に声をかけた。
「ほ、ほんとに…こんな場所に家があるんですか…?」
「あるある。もう少しだ、頑張れザキ」
「は…っこ、こんなことなら普段もっと真面目に走り込みしておくんだった…」
身軽さが売りともいえる監察の台詞とは思えぬ言葉を吐き、手近な木の幹を支えに急な斜面を登って行く。
「ほら、あそこに見えるだろ?」
急な登り坂の上で近藤は坂の先を指差す。
ようやく近藤に並んだ山崎が坂の下を見ると、そこには確かに民家と思しき古びた建物があった。
人が住んでいる気配など感じられないほど廃れていたが近藤は「行くぞ」と言って坂を下っていく。
山崎も膝が笑いそうなのを堪えてそれに続いた。
「ごめんくださーい!真選組の者ですー!重ねがさねすみませんがもう一度お話をお聞きできませんかー!」
廃れた民家は数日前4人で訪れた時と変わらぬ様子で不気味に存在している。
近藤は数日前と同じように声をかけたが、数日前と同じように応答はなかった。
予想していたことだったので玄関から中に入り、居間に向かいながらもう一度声をかける。
だがやはり千泉の反応はない。
「局長…ほんとにここに住んでるんですか…?」
「おかしいな…いるはずなんだが…他の部屋も見てこよう。寝てるのかもしれん」
一旦廊下に出て、縁側に面した2つの部屋を覗いてみた。
破れた障子戸は開け放されており、散らかった部屋の真ん中には布団が敷いてあったが千泉の姿はない。
その隣は子供のおもちゃや可愛らしい家具がゴミに埋もれていて、
恐らく千瀬と一緒に住んでいた頃彼女が使っていた部屋なのだろう。ここにも人影はなかった。
「…出かけたのかな?」
家の中をぐるりと見渡し首をかしげる。
「しかし外の明かりが全く入ってきませんね…」
山崎はそう言って宙に舞う埃を掃うように手を扇ぎ、廊下の破れたカーテンを引いた。
家の間裏は開けた小高い丘になっていてその丘の上に大きな木が1本立っている。
山崎は窓から差し込む光に目を細めたが、次の瞬間細めたその目を見開いた。
「……き、局長!!」
危機迫るような山崎の声を聞いて近藤も廊下に出てくる。
「どうした?」
「あ……っ、あれ…!!」
山崎は顔を真っ青にして丘の上を指差す。
近藤も窓に反射する光に目を細めながら丘の上の木に目を凝らした。
立派な木の幹から伸びる一際太い枝。
その下にぶら下がるそこに在るはずのない影。
真冬の風にゆらりゆらりと揺れる様は無機物のものではない。
近藤は弾くように窓を離れ、廊下を駆けだして家を飛び出した。
山崎も慌ててその後を追う。
家の裏に回り込んで森を抜け、草木の背が低い原っぱに出た。
緩やかな丘の上に立つ木に近づくにつれ、嘘であって欲しいと願う僅かな希望は打ち砕かれる。
木の前に立った2人は上を見上げて絶句した。
枝に括りつけられた黒い紐
その輪に引っかけられた人の身体。
だらりと垂れ下がった手足
ボサボサの長い白髪の合間から淀んだ白目がじっとりと2人を見下ろしている。
鼻や口、耳から出た体液はこの寒さで乾いた跡のようなものがあった。
「……っトシに連絡しろ!」
「はっはい!!」
枝の葉は既に枯れていたが、落ちて腐りかけたつるばみの実が太い木の幹を囲うように散らばっていた。
書類と睨み合うのも飽き始め、3人が昼の再放送ドラマに夢中になっていた頃、灰皿の横においていた土方の携帯が鳴った。
「もしもし」
目線はテレビに集中したまま手探りで携帯を掴み、相手を確認せず通話に出る。
ドラマは丁度クライマックスシーンで、テレビの前に陣取ったが貰い泣きしていた。
元来涙もろい自分もそれに貰い泣きしている最中だったが、電話の向こうからは切羽詰まった山崎の声が聞こえる。
『ふ、副長!!大変なんです!早く…早く来て下さい!!』
「…あ?山崎か?近藤さんどうした」
ズズ、と鼻を啜りながら眉をひそめる。
『それが…っ』
ドラマに集中したくて聞き流そうとした山崎の言葉だったが
「……何だと…!?」
勢いよく立ち上がる土方の声に驚いてと総悟は振り返る。
その表情から只ならぬ空気を感じたはティッシュで鼻をかんで気を引き締めた。
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