「整理しよう」



4人が旅館に戻ってくる頃には既に陽が暮れており、ロビーで会った仲居に「あと1時間ほどで夕食の準備が整います」と言われた。

近藤は不要な書類を裏返し、ペンを持ってこれまでに分かったことを書きだそう試みた。


「この旅館の女将夫婦には一人娘がいた。娘は当時の旅館の従業員とかけおち。

 だが実際はその時既にお千瀬を身ごもっており、二人が島を出ることはなかった」


紙の上の方に「女将」「夫」と書き、その間に線を引っ張って「娘」と記入する。

更にその横に「従業員」と書いて同じように線を下に引っ張り、「お千瀬」と書いて「失踪」と付け加えた。


「出産を助けたのが町の助産師、南方夫妻」


少し離れたところに「南方千泉」と「夫」を書きこみ、「出産手助け」と続ける。


「娘はお千瀬を出産時18歳。お千瀬を産んですぐに死亡。

 お千瀬が生まれる前に相手の従業員も死亡。南方夫妻がお千瀬を引き取ることになり、お千瀬は養子として南方千瀬を名乗ることになる。

 だが南方夫妻はこれを女将夫婦はもちろん町中に隠し、診療所前に捨てられていた子供として15年間彼女を育ててきた」

「千泉さんの夫は現在江戸の精神病院に入院中。本土に確認とれました」


パソコンを開いていた山崎が備考を付け加えた。


「…そしてお千瀬は15歳でこの旅館に奉公を始め…程なく失踪。

 その後すぐ女将の夫が旅館の客室で自殺」

「確かに、これだけ色んなことが起きてりゃ呪いだなんだと騒ぐのも無理ありませんね」


複雑な手書きの家系図が出来あがったところで一同はそれを覗き込み、「うーん」と唸る。

BGM代わりにつけているテレビの天気予報では相変わらず本土の荒れた天候を伝えていた。


「…つるばみの呪い歌…って何なんですかね?」

「お前あんな話信じてんのかよ」


テーブルに用意された茶菓子に手をつけながらが呟くと土方が怪訝な顔をする。

「だって土方さんも見たでしょ?つるばみの実。あの部屋で見たもの、全部呪いのせいにすれば辻褄合いますよ」

「ハッ、だったら警察じゃなく霊媒師の出番だな。俺たちの出る幕はねェ」

呪いなどという単語は自分でも口にするのが躊躇われる。

土方は取り出した煙草を銜えながら鼻で笑った。

「童歌だと言っていたが…聞いたことがないな。総悟はどうだ?」

「さぁ…童歌なんざ歌って遊ぶガキじゃなかったんで。が知らねぇんなら俺も知りませんよ」

顎鬚を撫でながら首をかしげる近藤の問いに総悟は首を振る。

同い年のが知らないものを総悟が知るはずもなかった。


「…眼鏡くんなら知ってるかもな。後で聞いてみようっと」


饅頭を食べきって壁時計を見るとそろそろ夕食の時間が迫ってきていた。

「飯食ってからまた考えるか」






つるばみの詠-13-








「……なんでお前らまでここで同じもの食ってんだよ」


隊士全員がそろって食事できる大広間。

真選組はここに宿泊してから毎食をこの広間でとっていたが、

今日の広間には隊士+あまり顔を合わせたくない3人が座っている。

「狭い休憩室じゃアレだし女将がここで食えって言ってくれたんだよ。

 悪りーかコラ。俺たちもうバイト終わって仕事してないんですぅー一般人なんですぅー」

下座に卓を3つ並べ、我が物顔で胡坐をかいて豪華な夕飯をとっている万事屋の3人。

仁王立ちしてそれを睨みつける土方だったが、銀時は大きな海老の天ぷらを銜えながら反論した。

メシが不味くなる!と怒鳴りかけた土方を近藤が「まぁまぁ」と宥め、上座の定位置に腰を落ち着かせる。


「山崎、席代わって。あたしのところで食べていいから」


万事屋3人の近くに座ろうとした山崎にそう言って、は下座の席に座った。

「あんだよ海老天はやらねーぞ」

「海老天じゃなくて、ちょっと話聞こうと思って」

いただきます、と手を合わせて箸を持つと隣に座る新八を見た。


「眼鏡くん、つるばみの呪い歌って童歌知ってる?」


も海老天を銜えて新八に問いかける。

「何?ツルハシ?」

「近藤さんとか土方さんが知らないってことは旦那の世代でも知らねーんじゃないかと思って。

 その時代に流行る童歌なんて1、2年で随分違いますからね」

「いや、時代っつーかお前ら田舎モンだから知らないだけじゃね?」

「失礼な!武州ったってねぇ、ガキの間で流行るモンなんか江戸と一緒ですよ!田舎馬鹿にしないで下さい!」

海老のしっぽを銜えながら卓をバンバンと叩き抗議する。



「その歌なら知ってますよ」



新八はけろりと答えた。

ほら見ろ、やっぱお前ら田舎モンだからだプップスー!と笑う銀時に箸置きを投げつけ、は身を乗り出す。

「ただ呪い歌っていうのは…僕が知ってるのは1番と2番だけですけど、別に普通の歌ですよ。

 でも噂では続きがあって、その続きは無暗に歌わない方がいいっていうのは聞いたことがあります」

「続き…?調べたら分かるかな?」

「多分。今はネットで怪談サイトとか沢山見れますからね。

 僕は怖いんで見ないですけど…本当は怖い童歌とかよくあるじゃないですか。

 調べればボコボコ出てくると思います。でもその歌がどうかしたんですか?」

新八は味噌汁をすすって首をかしげた。

「んー…その内容が分かればここで起こってる怪奇現象、説明出来るかもしれないんだよね」

「っホントですか!?」

「おいおいおいおい勘弁してくれよ何だよ呪い歌って。

 何、お前そんなの信じてんの?案外ビビリーだもんなお前」

「銀ちゃんそこ口じゃないアル。目に味噌汁入れて痛くないアルか?」

を馬鹿にしながら味噌汁を口に運ぶ銀時だが、味噌汁は口を外れて目に入っている。


「なんかあっち楽しそうだな」


上座で食事をとっていた近藤は賑やかな下座の席を見て「賑やかなのはいいことだ」と笑う。

仕事の場合を除いて個人的に万事屋とつるむことに抵抗がないは、

隊士の中で一番万事屋と付き合いがあると言ってもいい。

仕事に差し支えがないならと近藤や土方もその辺の口出しはしないが、連中とがつるむと面倒事になるのは見えている。

「でもどうする近藤さん。まだ本土から連絡はねェし…

 これ以上あの件に首突っ込んでいいもんなのか?そもそも俺らの管轄じゃねぇんだし…」

「もし本当に昔この旅館で何かが起こっていたんだとしたら、やっぱり警察として見過ごすわけにはいかんだろう。

 後から発覚して上に叩かれるのも事だしな」

土方としてはこれ以上面倒事に関わりたくはなかったが、近藤さんが言うなら、と渋々同意した。


「にしても、折角改装して広くなって部屋で人一人死んでりゃ世話ねーよな」


銀時はデザートのプリンに乗った真っ赤なさくらんぼを口に運びながら口を開いた。

「…改装?」

は首をかしげる。

「お前らが使ってた2部屋、他の部屋より広いっつってたろ。あれ改装したらしいよ。

 その後お前の部屋で女将の旦那が死んだんだと」

呪い歌などと脅かされた仕返しなのか銀時はそう言ってを見た。

新八は言おうかどうか迷っていたが銀時にそんな気はなかったようだ。

は眉をひそめて考え込む。


「………………」


何を思ったかすっくと立ち上がる。

「近藤さん!ちょっとあの部屋行きましょう!」

「ん?どうした?」

既に食事を終えている近藤の元へ走っていってその腕を引っ張る。

促されるまま席を立った近藤を連れて広間の障子を開けると、「面白そうだな」と総悟も立ち上がって続いた。

「銀さん、僕らも行ってみましょうよ」

「あ?何で」

「怖いんですか?」

は体半分廊下に出してひょこっと広間に顔を出し、銀時を見てクスリと笑う。

「んなワケねーだろ!行くなら一人で行けや!テメーだって怖いからゴリラ連れてくんだろ!?」

「怖くありません。刀で斬れないものの存在が嫌なだけです」

「怖ェーんじゃねーか結局!」

このまま断固広間に残るつもりだった銀時だが、左右から新八と神楽が腕を引っ張ったので強制的に立たされる。

「土方さんは行かねぇんですかィ?」

「ぞろぞろ行って何が分かるってんだよ。行かねェよ、まだプリン食ってないし」

「土方さんプリンなんて甘ったるいモン食いましたっけ」

「…食わねーと作った従業員の方に失礼だろうが」

「いいですよ副長、プリンは俺が食べてあげるんで行ってきて下さい」

「山崎てめっ…」

の代わりに総悟の隣に座っていた山崎が小皿に乗ったプリンを取り上げる。

土方は怒鳴りかけたが、広間に座る隊士の視線が「怖いんですか副長」と刺さるように痛かったので舌打ちしながら渋々立ち上がった。

広間を出てエレベーターに乗り、あの部屋のある最上階を目指す。

現在この旅館に泊まっているのは真選組だけで、その隊士全員が広間に集まっているのでエレベーターは全く止まらず上がって行く。

「何か分かったのか

上って行く階の数字を見上げながら近藤が口を開いた。

「分かったっていうか…最初にあの2つの部屋を見た時から違和感を感じてたんです。

 広いって以外にも、なんか他の部屋と違うなって」

チン、と音がして扉が開く。

廊下の照明はついているが整然と並ぶ客室に今は誰もいない。

静まり返った長い廊下に自分たちの足音だけが響いた。

「……なに、あいつ霊感とかそういうのあるタイプの子なの?」

前を歩くの背中を見ながら銀時が言った。

「いや、あれで案外怖がりだからそういうのは聞いたことが………あっ」

「どうした近藤さん」

近藤は首をかしげていたが何か思い出したのかハッと顔を上げる。



「…武州にいた頃さ、あいつ怖い夢見たって夜起きると…なんか必ず部屋の隅っこ指差したんだよ。

 何でかなーと思ってミツバ殿に聞いたら…「大丈夫ですよ。うちのそーちゃんもしょっちゅうだったもの」って…」



・・・・・・・・



「オイィィィィ!!!!あいつら完全に呼び寄せてんじゃねーか…!!

 それ見えてんだよ!確実に見えてたんだよ!!大人には見えないモンが見えちゃってたんだよきっと!!」

「そ、それを言うなら銀さんだってかなりの霊媒体質でしょ!ダイ●ン並の吸引力でスタンド吸い寄せてたじゃないっすか!」

「ダ、ダイ●ンだと貴様…!ちょ、近づかないで!!

 うちの総悟とはまだサイク●ン止まりだからねっ!ダイ●ンよりコンパクトで見た目が可愛いからねっ!!」

賑やかな掃除機の話が響いてはいるが、突き当たりの部屋が近づくとその空気がいっきに重くなる。

明かりを消して出たため奥の2つだけ真っ暗だ。

手前を使っていた3人は部屋に入り、と万事屋が奥の部屋に入ってそれぞれ電気をつける。

「何がどうしたっつーんだよ」

再び廊下に出てきて戸を開け放した2つの部屋を見る。



「部屋の間取りですよ」



はそう言って部屋を指差した。

「普通、対になった部屋って水回りの関係で間取りが非対称ですよね?

 でもこの部屋はどっちも間取りが一緒なんです。

 下の山崎たちの部屋はちゃんと間取りが反対でした」

「……言われてみれば…確かにそうだな…」

改めて部屋を見比べて確信した。

始めて入った時から感じていた違和感はこれだったんだ。

近藤たちの部屋は入ってすぐ右手にトイレと洗面所、そしてシャワールームがある。

普通ならばその隣にあるの部屋は入って左手に水回りがあるはずだが、の部屋も入って右手にトイレやシャワールームがあった。

床の間や並んだ家具の位置も全く一緒で、対になっている部分などどこにもない。

「改装するならこの辺も改装しないとおかしくないですか?

 これだけ大きくて立派なんだし、ここだけ対称なんて不自然です」

「それは分かるが…じゃあ何で…」

「…そこは分かんないですけど…対称にしなきゃいけない理由があったとか…

 対称にせざるを得なかったとか…」

違和感の理由が分かってすっきりしたがその違和感がなぜ発生したのかというところまでは分からない。

「旅館の間取りまで調べてらんねぇよ。女将の趣味か、そこまで手筈が整わなかったか、どっちかだな」

何だそんなことか、と土方は早々に部屋の前を離れた。

「…千泉さんは女将が失踪事件に関わってると読んでいたが確信がないからな…

 ともあれ、余裕があれば山崎に調べさせてみるよ」

「お願いします」

それぞれの部屋の照明を消し、10分ほどで最上階を後にする。


「それよりお前部屋が下がったはいいが1人で大丈夫か?」

「え」


廊下を歩きながら近藤に聞かれ、は硬直した。

部屋を移ってきたがいいが結局はあの部屋の真下で、1人なわけだ。

若干部屋が狭くなったことで僅かな安心感は生まれたが、それでも色々なことが「起こって」しまった今は、

「1人で大丈夫です」などと強がりを言える状態ではない。

はしばらく暗い顔で俯くと、ぐるっと後ろを振り返って万事屋の3人を見た。

万事屋を、というよりは真ん中の銀時の左隣を歩く、神楽を。


「…神楽ちゃん、一緒に寝よ?」


真顔で年下の少女に頼み込む。

「ちょ、駄目だよ神楽はうちの鉄壁ディフェンスなんだから。

 万事屋のヘルゲートガーディアンだから」

「チンピラ警察と一緒なんて御免ネ。銀ちゃんのオッサン臭い枕も我慢するヨ」

「よく言った!よく言った神楽!!」

男前な返事をする神楽の背中を叩いて称える銀時だったが

「あたし旅行用に結構お菓子持って来てるんだよね。酢昆布もあるよ」

「行くアル」

「ちょォォォォ!!!!買収されんな!!酢昆布程度で買収されんなお前!!

 酢昆布ぐらい買ってやるから!下の売店で買ってやるから!!」

一つ返事での横に並ぶ神楽。

「ミル●ィーキスも買ってくれるアルか銀ちゃん」

「…ミル●ィーキスは無理だあれ何で冬しか出ねーのにあんな高けーんだ」

「じゃあやっぱ行くアル」

「神楽ちゃァァァァァん!!!!」

神楽はと並んで廊下を歩いて行く。

は横目で後ろを見ながら「ハン」と鼻で笑い、腕を組んだ。

「あんたらも押し入れぐらいなら使わせてあげますよ?」

「っざけんな誰がテメーの部屋の押し入れなんざ使うか!!」

「鉄壁のヘルゲートガーディアンがいない今、あんたらただの幽霊ダイ●ンですからね」

人ん家の子買収して攫っといて何で偉そうなんだと銀時は言いかけたが、さすがに前回のこともあって自分の霊感の強さは自覚している。

「……ど、どうします銀さん…あの休憩室に僕らだけってキツいですよ…空気的に…」

「…………………」

2人がいくら怖がっても幽霊の存在を諸ともしない神楽がいるからこそ辛うじて理性が保っていられた。

それは事実だ。





一同が角部屋を背にエレベーターに向かって歩く長い廊下

2つの部屋の間にぼうっと立ちつくし、じっとりと一同の背中を見つめている少女の影など

誰一人気付かなかった。









To be continued

近藤さん(管理人)直筆の家系図はこちら。