漏洩する虹彩








「晴明様!晴明様どこですか!晴明様ァ!!」


江戸某所の広大な敷地内、落ち着いた佇まいの屋敷の中で慌ただしい足音と女の声が響く。

景色が反射しそうなほど綺麗に磨かれた廊下で滑ってしまわないように気をつけながら、

空いている部屋を片っ端から覗いて歩くが目当ての男を見つけることが出来ない。


「晴明様ァ!!大変なんです!晴明様ってばァ!!!」

「…何じゃ騒々しい」


縁側に面した襖が開き、部屋から顔を覗かせた当主が怪訝そうにこちらを見る。

危うくその部屋を通り過ぎてしまうところだったが、慌てて足袋の踵にブレーキをかけた。

「大変なんです!クリステル様が…!」

「っクリステルがどうした!」

睨むようにこちらを見ていた晴明の顔色が一瞬で変わる。


「…今日私が死ぬって…」

「………何?」


青ざめたの表情を再び怪訝そうに見つめる。

襖を開け放した自室に目を向けると、お目覚めテレビがそろそろエンディングを迎えようとしていた。

先ほど妹が天気予報を終えたところだったと思ったのだが…


「ブラック星座占いで…今日私の星座が死ぬってクリステル様が……」


も部屋の中のテレビを見てしきりに「どうしよう」とそろそわしている。

どうしようもクソもあるか、と思った晴明は額を押さえて浅くため息をついた。

「…そんなことか…」

「そんなことって何ですかぁ!!今日これから私が死ぬかもしれないんですよ!?」

そのまま部屋に戻ろうとした晴明の狩衣を引っ張る。

「クリステルの予報なら仕方あるまい」

「仕方なくないでしょ!クリステル様の人気と部下の命どっちが大事なんですか!」

「それは勿論ク………」


・・・・・・・


即答しかけたところでゴホンと咳払いし、お目覚めテレビも終わったようなので再び廊下に出てきた。

「…人命がかかっているとあらば急を要するな」

「今絶対クリステルって言いかけたでしょう!!即答しようとしたでしょ!!」

引っ張った狩衣の袖をぶんぶんと振り回したらさすがに振り解かれた。

調子に乗りましたごめんなさい。

「お輿入れの前からずっとお世話させて頂いていたのに…あんまりです…

 他のみんなに御祈祷お願いしたら御頭に怒られるからやだって…」

両手で顔を覆ってさめざめと泣くを見下ろし、普段あまり崩れることのない公家顔は微妙な表情になってまたため息をついた。

陰陽師としてではなくクリステルの世話役として結野家に仕えていた彼女とは他の陰陽師と同等の付き合いがある。

『江戸守護とか式神とかよく分かんないっすけど御札とか指パッチンとか格好いいですねぇ』

そんなことをへらっと笑いながら言った彼女を世話役にするのは反対だったが、

妹本人がを慕っていたために仕方なく了承した形だ。


(…天道を下駄投げで決めていると思っていた女が今更何を言う…)


やれやれを首を振ったが何か対処しなければ延々と喚き続けるだろう。


「…手を出せ」


はぱっと顔を上げて首をかしげる。

「飴なら要りませんよ…あと手を握ってもらっても運気は上がらないと思います。あ、私の心拍数は多少上がるかも」

「占い通りになりたいのかお前は」

首をかしげて怪訝そうな顔をするをさらに怪訝な顔で一蹴した。

は不思議そうな顔をしつつも右手を出して左手で着物の袖を押さえる。

反対に晴明は自分の袖に手を入れて数珠を1つ取り出すと差し出された白い手首に引っ掛け、

留め紐を絞って細い周囲から外れないように取り付けてやった。


「………丁度よく数珠が入ってるものなんですね」


落ち着いた滅紫色の数珠を見つめて関心したように呟く。

「クリステルが新しい番組でもうまく行くようにと祈祷して作ったんじゃが必要ないようなのでな。

 ぬしにやろう」

「…妹萌えうつったりしませんか?」

「うつるか!!その呼び方は止めろと何度も言ったはずじゃ!!」

怒鳴る晴明を尻目に数珠をまじまじを見つめるは、手首を陽に翳しながら嬉しそうに目を細めた。

「晴明様色って感じですねぇ」

「…何じゃそれは」

「クリステル様を想って作った数珠ならもっとこう、ピンクでふわふわした気持ち悪い色になると思って」

「返せ、今すぐ数珠を返せ」

「私が貰ったんだから私のものですよ」

頭目ともあろうお方が往生際が悪い、と数珠を取り上げそうになった手をすり抜けて身構える。

少し御香の香りがする。

あぁ本当に寸前まで祈祷してたんだなと思うと紫水晶の珠も心なしか暖かいような気さえした。


「晴明様」


廊下を歩いてきた外道丸が二人に向かって声を掛ける。

「朝餉の用意が整ったと女中が。…そこの女中がお伝えに行ったとばかり思っておりやしたが」

「あ、そうです、ついでに朝餉出来ましたよって言いに来たんです。

 あともう一つついでに回覧板も」

「どんだけついでを抱えとるんじゃお前は」

着物の袖口から回覧板を取り出し、何食わぬ顔で差し出してくる。

こんな大きくて堅い板を袖に入れていればすぐ気付くはずなのだが。

少しよれてくしゃくしゃになった回覧板の紙に眉をひそめつつ、まぁどうせ隣に回すのだからいいだろうとため息をついた。

「まぁいいじゃないですか。今日もクリステル様の予報通り晴れそうだし、私も死ななくてよさそうだし」

「…ぬしが死ぬのがクリステルの予報なのだがな」

「そこをなんとか」

苦笑するの横を歩きながら回覧板に目を通し、指パッチンで出した筆でサインすると再びに返した。

「クリステルの予報に反したことについては目を瞑る。これを隣に置いてきてくれ」

「はい。…あれ、地区の親睦会行かないんですか?温泉旅行なのに」

「道満が浸かった湯に浸かるなど考えただけで蕁麻疹が出るわ。代わりに行きたければ行って来るがいい」

「ホントですか?あっ混浴もあるみたいですね」

よく見ていなかった回覧板の内容に改めて目を通すと物凄い勢いで手から奪われた。

クリップボードから紙を引っぺがし、懐から取り出した呪符を貼りつけると紙が炎に包まれる。

「ああぁぁ回覧板んんん!!!」

「隣に置いてこい」

真っ黒の燃え残りを再びクリップボードに挟んでに手渡す。

肝心な内容は全く伝わらないただの焦げた紙だ。

「…また喧嘩になりますよ…」

「構わぬ、受けて立つと伝えろ」

「とばっちり受けるの私なんだけどな…」

ぶつぶつ文句を言いながら焦げた回覧板を受け取り、縁側で草履を突っかける。


「…今日私が死ぬ予報ってこれじゃないですよね?」

「仮にそうだったとしてもわしが作った数珠じゃ、道満如きに負けはせん。
 
 あらゆる災厄を跳ね返すぞ」


早く行け、と腕を組んで仁王立ちしたまま廊下にいられては行くしかない。

…つまり攻撃されても跳ね返せと。

相変わらず人使い荒いなぁとため息をつくと、手首の数珠がしゃらりと鳴った。

中庭を歩きながらきらきらと眩しい朝の日差しに手首を翳すと、白い砂利の数個に数珠の色が反射して紫色に輝いて見える。


(直接手渡してキレられたら嫌だから塀の中に放り投げてダッシュで逃げて来よう)


クリップボードについた紐を反対の手首に引っ掛けて足取り軽く階段を下りた。


装備は軽装

バリアーは水晶体で

手首のこれはきっと諸刃の剣なんだ

さぁ来い災厄、この右手の裏拳で打ち返してやる




初登場から大好きなのに何故か長いこと書けなかったお義兄たま。
なんかいろいろドツボを突きすぎている…!
外道丸も好きだけど葛葉も好きだから彼女を出したかったんだけどやっぱここは外道丸で。
晴明さんは妹に萌えすぎて自分のこと一通り後回しだといいね。