「…ここ万事屋ですけど」


ラーメン屋で事の経緯を話すのはまずい、と店を出て連れてこられたのはかぶき町の大通りに面する見慣れた建物。

「万事屋銀ちゃん」の看板を見上げては眉をひそめる。


「まさか万事屋の旦那が協力してくれたとかバカなこと…」

「そのまさかだ。まぁ、実際協力してくれたのはあいつらじゃなくカラクリ娘の方だが」


近藤はそう言って一階のスナックを指さした。

カラクリ娘?と首をかしげただが、しばらくして

少し前に山崎と見合いをしたという何とも奇特な…いやいや不憫なカラクリ娘がいることを思い出す。

万事屋の連中とは交流があってもスナックの人間とはあまり話をしたことがない。


「カラクリ…成程ね。だいたい話が読めてきた」

「気が進まねぇが…とりあえず人目のある所じゃ話は出来ねぇ」


入るぞ、と言ってまだ準備中の札が下がっている戸をあけて中に入っていった。

ブタ箱帰りに連中の顔は見たくないなぁと思いながら、も渋々後に続く。





吠狗-6-




 
「なんだお前、脱獄してきたの?」


2階の住居からスナックに降りてきた銀時は鼻をほじりながらほぼ予想通りのことを聞いてきた。

「…人聞きの悪いこと言わないで下さい。ちゃんと釈放されてきました。まだ仮ですけど」

「ブタ箱のご飯って美味しいアルか!?カツ丼は!?」

「あーもうこの人たちに借り作ったかと思うと嫌になるな…」

「で、でもよかったですね!釈放されて!!無実が証明されたってことでしょ!?」

徐々に機嫌が悪くなっていくを見て新八が慌てて助け舟を出す。

「残念なことにそういうわけじゃねぇ。早いトコ別の証拠見つけねぇと、

 こいつはおろか真選組全員処分なんつーこともあり得る」

「んだよせっかくたまが協力してやったのに結局何も解決してねぇんじゃねーか」

「何で旦那が偉そうなんですか」

は呆れ顔で銀時を見る。

カウンターの向こうに立つたまが「どうぞ」と言って冷たいウーロン茶を出してくれた。

「あ、たまさん。ご協力ありがとうございました。なんか色々お手数かけたみたいで」

「いいえ、お役に立てたようで何よりです」

「だいたい話は分かりました。要は、幕吏を斬った「あたし」は

 たまさんと同じカラクリである可能性が高いってことなんスよね?」

「恐らく。まだ可能性の段階ですが」

「なら話が早いじゃないスか。手当たり次第検問かけてもう一人の「あたし」を炙りだしゃいいんでしょ?」

「ところがそういうわけにもいかねぇらしい」

左隣でカウンターに寄りかかるようにして立っていた総悟が口を開く。

「何で?」

「たまはそのカラクリが他の奴に化けてる可能性もあるって言ってる。

 オメーのペチャパイ完全再現出来んなら他の奴に化けんのも苦じゃねーとよッフ!!!」

ウーロン茶をいっき飲みしたは空のグラスをそのまま右隣に座る銀時の頬に減り込ませる。

「そいつァ厄介ですね…」

「だーからこれ以上俺ら巻き込むなっつんだよ。テメーらの問題だろうが。テメーらでどうにかしろ」

「言われずともそのつもりだ。ワケわかんねぇカラクリにこれ以上好き勝手させるつもりはねぇ」

土方はそう言って「行くぞ」と足早に店を出ていった。

はそれを目で追い、戸が閉まるのを確認してからため息をつく。


「…んなこと言って、次に他の誰かに化けられてもウチらに見分ける術なんかないんスけどね」


「ごちそうさまでした」とグラスをカウンターに戻して席を立った。

「大丈夫なんですか…?仮釈放の段階で無茶なことしたらまた…」

「んーまぁ何とかなるでしょ。釈放されたからには自分で何とかしないと」

心配そうな新八の言葉にいつも通り曖昧で適当な返事をする。

「あーたまさん、他になんか分かったら教えて下さい。後でオイル奢るんで」

「かしこまりました」

「おい俺らには何もなしかよ」

「口止め料は近藤さんから貰って下さい。たまさん以外に世話になった覚えないんで」

お邪魔しましたぁと肩越しに手を振り、スナックを後にした。

「…あいつ一回ムショ入ってから生意気具合に拍車かかってんな」

「…大丈夫かね」

再び静かになった店内でお登勢がぽつりと呟く。

「知らねーよ。手前らで何とかするっつってんだからこれ以上協力してやる義理もねぇだろうが」

「そうじゃないよ。もし前みたいなクーデターなんかになったら、

 幕府は今以上にカラクリの取締まりを強化するかもしれない。そしたらたまだって…」

お登勢はそう言って煙草の煙を吐き、カウンターで洗い物をしていたたまを見た。

それを聞いた万事屋の3人もはっとしてたまに目を向ける。

視線を感じたたまは顔をあげて不思議そうに首を傾げるだけだ。


「…っとに面倒事ばっか持ち込むなアイツら…」






ちゃんお帰り!」

「お帰り!ブタ箱暮らしはどうだった!?」


4日ぶりに屯所に戻ると隊士たちが総出でを出迎えた。

「最悪。硬いし寝心地悪いし暇だし、メシ不味いし(食ってないけど)。

 それより早く風呂入りたいー!風呂2日に1回なんだよ!?信じられる!?」

「まぁ俺らも長期戦になった時はそんなもんだろ」

「生きるか死ぬかの第一線とブタ箱を一緒にしないで欲しい…」

は玄関でブーツを脱ぎ、そのまま風呂場へ直行する。

「風呂から上がったら会議する。広間に集合な」

「はーい」

歩きながら髪を解き、途中女中から洗いたての浴衣を貰って風呂場の戸を開けた。

当然脱衣所には誰もいないので隊服を脱ぎ捨てて浴場に入る。


(あー…家に帰ってきたって感じだぁ)


軽く体を流してから湯船に浸かり、ふーっと長い息を吐いた。

数日ぶりに湯船に浸かるとお湯が体全体にじわりじわりと染み込んでいくのが分かる。

五臓六腑に沁みわたる、という言葉は食べ物限定の表現だと思っていたけど

お風呂に浸かった時も併用できるなぁなんて思いながら浴槽に寄りかかった。


(…問題は山積み)


湯船に顔を半分沈め、ぶくぶくと泡を立てる。


(将軍にも動いてもらったし早いとこなんとかしないと…)


「………、」


次の瞬間、湯船にしっかり浸かって暖まっているはずの体がぶるっと震えた。

同時に勢いよく立ちあがり壁を振り返る。

浴室にはついている小さな格子戸を開け、格子越しに薄暗い外の景色を睨みつけた。

「…何だ今の…」

そのまま浴室を飛び出し、タオルを巻いて風呂場を出る。

裏口から外に出ると



「「うおおおおおお!!???」」



見張りの役人2人が(当然)驚いてを見た。

「なっ何だ貴様!!なんちゅー格好で…!!」

「今そこに怪しい奴いなかった!?」

「いや貴様の方が怪しいぞ!?」

「あたしじゃねーよお前らちゃんと見張りしてたのか!?」

素っ裸にタオル一枚巻き、湯気を立ち昇らせた少女が濡れたまま外に出てきたらそりゃ誰だって驚く。

だがは暗闇の中に目を配らせ、先ほど感じた気配を探した。


視線、というより得体の知れない嫌な気配だった。

殺人犯や攘夷志士とも違う、

エイリアンや天人とも違う、



(…気味悪い……)




「久々に全員そろったところで会議を始める。

 聞き込みの結果、の無実を証明出来るかもしれん可能性が出てきた」

広間に全員を集め、久々に隊士全員での会議が始まった。

近藤は広間のDVDデッキで監視カメラ映像の再生を始める。


「ここに映っているは、によく似せて作られたカラクリである可能性が高い」


近藤の言葉に隊士たちがざわめく。

一番前に座っていると総悟は無言で映像を睨みつけていた。

「カラクリって…クーデターの?」

「確かにありゃ相当精巧だったって聞いたが…取り締まり強化してるんじゃなかったのか?」

「もしこれがカラクリだった場合、今回の一件には天人が絡んでる可能性がある」

土方の補足を聞き隊士たちが静まり返った。

「し、しかし副長…それでは俺たちに手出しは…」

「簡単には出来ねぇだろうな。だが今回は事が事だ。カラクリだろうが天人だろうが、

 炙りだしてスクラップなりブタ箱送りなり何なりしてやらねぇとな」

静まり返る広間でライターの音が大きく響く。


「まだ完全にの無実が証明されたわけじゃない。

 小さな可能性でもいい、犯人を引っ張り出して必ずの無実を証明する」


近藤はそう言って隊士たちを見渡した。


「明日から事件現場およびその周辺の聞き込みとカラクリの輸入経路を調べる。

 以外の姿に化けている可能性もある、全員気を引き締めてかかれ!」





To be continued