狗吠-4-






に似せて作られたって…どういうことだ?」


たまの言っていることが難しすぎて理解出来なくなってきて、

近藤は眉間にシワを刻んで首を傾げた。




「この映像に映っている様は、私と同じカラクリである可能性が高いです」




・・・・・・





「「「「えええええええ!!!!!!!!」」」」





「どっどどどどういうことだ!!映ってるの!だっただろ!!確実に!

 俺たち身内から見ても不自然な点なんてなかったぞ!!」

「私は直接この現場を見ていないので生命反応まで調べることは出来ません、

 極めて精巧に作られたカラクリであると予測されます。

 姿形は似せられても、個人の声紋というものをカラクリで再現するには高い技術が必要です。

 私も皆様のデータから皆様の声を真似することは出来ますが、

 私は私の中のプログラムが学習したことを皆様の声で再現することしか出来ないのです」

たまはそう言ってカラオケ画面に映し出されている監視カメラ映像を振り返る。

「このカラクリは人工機能に加え、対象の人物を姿形・声紋など全てのデータを完全にコピーできるカラクリのようです。

 どこからか事前に様のデータを入手し、声や歩き方、剣術の癖などを事細かにプログラミングすることで

 様ご本人と並んでも区別の難しい完璧なカラクリに仕上がります」

「…やべ頭痛くなってきた…」

その横で銀時は頭を抱える。

たまをこのスナックに迎え入れるきっかけとなったカラクリのクーデターの一件も、

事の詳細を理解するのにかなり時間がかかったというのに何やら更に難しくなっている。

「そんなカラクリを造ることが可能なのか?」

土方は煙草を潰しながら眉をひそめた。

「源外様にお聞きすることをお勧めモガ」

淡々と話を続けようとしたたまの口を神楽と新八が慌てて塞ぐ。

天才カラクリ技師・平賀源外は一応将軍暗殺未遂事件の容疑者として指名手配中だ。

「…以前のカラクリによるクーデターの一件以来、幕府はカラクリに関する取り締まりを強化していると聞く…

 もしこれが、人の手で造られたものでないとしたら…」



「…天人か」



銀時がぼそりと呟く。

近藤たち3人の表情が険しくなった。

「…それならを無理やり犯人に仕立て上げる理由も頷けるな。

 幕府と繋がってる天人にとって俺たちは邪魔者以外なにものでもねェ」

「でも近藤さん、それをどうやって上に伝えるんです。

 まさかカラクリが言ってましたとでも報告するんですかィ?」

「うーん…」

物的証拠がなければ彼らは納得しないだろうし、

と繋がりのある人間の証言も認められないだろう。

「そこはとっつァんに相談してみよう。とりあえず、じゃねェってことが分かっただけで満足だ」

近藤はそう言って堅く頷いた。

そして万事屋の3人を振り返る。

「…協力を頼んでおいて重ねがさね申し訳ないが、どうかこのことは内密に頼む。

 の拘置は警察関係者以外誰にも知られてねぇ。世間には攘夷浪士の仕業ってことで広まってるからな。

 世間に知れたらエライことになる」

「言わねーよ。タレコミして報酬が貰えるってんなら考えるが、

 それより誤認逮捕っつー不祥事を広めたって警察からの請求額の方が多そうだしな。

 俺らには何の得もねーし。お前らがどうなろうと知ったことでもねーし」

「……感謝する」

近藤は再び軽く頭を下げた。

「礼ならたまに言うアル」

「…そうだな。後で山崎に最高級オイル届けさせるよ」

近藤はそう言って苦笑し、店を出ようとする。


「あのカラクリは注意が必要です」


それを呼びとめるように、たまが再び口を開いた。

3人は立ち止まって振り返る。

「注意って?」

様のデータをコピーし完全に再現したように、他の人物もデータさえあればコピー出来てしまいます。

 既にこのカラクリから様のデータが破棄され、新たな人物のデータをコピーしていたとすれば

 今回の様と同じようなことが再び起こってしまいます。

 もしかしたらもう別の誰かのデータをコピーし、その人になり済ましているかもしれません」

「そしたら逆にの無実が証明されて万々歳じゃねーか」

「確かに…ってそんなの待ってたら処刑されちまうだろ!!」

総悟の言葉に一度納得しかけた近藤だったが、面倒事であることに変わりはない。

「…忠告感謝する。こちらも出来る限りのことを調べてみる」

近藤はお登勢に向かって「お邪魔しました」と言い、3人は店を出ていく。


「そういや…近藤さん見張りの目は大丈夫か?かれこれ2時間近く部屋空けてんだろ」


店を出て屯所に戻る夜道を歩きながら土方が口を開く。

「そのへんは心配いりやせん。ちゃんとの部屋から影武者を持ってきて置いといたんで」

「…影武者?」


同時刻・屯所では。


「…近藤はちゃんと部屋にいるか?」

夜も交代で局長室の前を見張っている役人たちは締め切られた障子を振り返って欠伸をした。

部屋の前に座っていた役人がそっと障子を開いて部屋の中を覗く。

部屋の真ん中に敷かれた布団はしっかり盛り上がっていたが、

枕の部分に見えるのは大きなけむくじゃらの頭だ。

「…ああ。ちゃんといる。心配はいらない」

役人はそう言って障子を閉めた。





布団に入っているのが、がホワイトデーに近藤から貰ったゴリラのぬいぐるみだとも知らずに。






翌日



「あー…暇だ…」


コンクリート打ちっぱなしの冷たい床に座り込んだまま、堅いベッドに寄りかかって天井を仰ぐ。

何の変化もない狭い空間に閉じ込められること丸3日。

いい加減飽きてきたし体の鈍りを感じていた。

この空間には当然テレビもなければ漫画本もない。

いつも暇つぶしに使っている携帯も没収されているので、こうやってぼーっとする以外することがない。

「…筋トレでもするか」

徐に立ち上がり、床にうつ伏せになって腕立て伏せを始める。

元来じっとしていることが性に合わないにとって、何もしていない時間というのが何よりの苦痛だ。

すると



「こんなところでも鍛錬とは、精が出るな」



正面の扉が開いてこちらもいい加減見飽きた役人が入ってきた。

は檻の向こうを一瞥もせず黙々と腕立て伏せを続けている。

片腕を背中に回し、片腕だけで腕立て伏せという女性はあまりやらない本格的な筋トレ。

食事を摂っていないのによく動けたものだと感心しながら、

役人は手に持っていた押収物をに見せた。

は腕立て伏せをしながら顔を上げて檻の向こうを見上げる。


「…何、もう処刑日決まったの?」


役人が持っているのは一本の日本刀。

「君はこれに見覚えがあるだろう?」

役人がそう言ったのではようやく腕立て伏せを止め、立ち上がって訝しげに眉をひそめた。

遠目で分からなかったが、近づいて見ると分かる古びた束と鞘。

確かに、はその刀に見覚えがあった。

というより、毎日部屋で目にしているものだ。

「君の刀を鑑識に回したが被害者3人のDNA反応は出なかった。

 君が武器を隠し持っている可能性を考え、昨日屯所の君の部屋を調べさせてもらって押収したものだ」

ざわ、と総毛立つ感覚。

「これは近藤局長から貰った刀だそうじゃないか。

 もしこの刀から血痕が検出されたら…」





ゴッ!!






刀を鞘から抜きかけた瞬間、目の前の檻が激しく揺れる。

少女が檻の内側から勢いよく格子を蹴ったのだ。

蹴っただけではビクともしない頑丈な格子のはずだが、

壁との溶接面がミシ、と音を立ててそのまま倒れてきそうな危うさを感じる。

そして何より、ブーツの底の向こうからこちらを睨みつける鈍色の眼光が

格子を一刀両断してしまいそうな感覚さえした。



「…汚ェ手でそれに触るな…」



腹の底から絞り出したような低い声。

「その刃に指紋1つでも付けてみろ…テメーら全員喉笛かっ斬ってケツの穴まで串刺しにすんぞ」

完全に瞳孔の開いた大きな瞳。

  
  近藤
(…あの男)



とんでもない狗を飼い慣らしているようだな…




「…検査結果を楽しみにしていてくれ」


刀を鞘に収め、踵を返して部屋を出ていく。

拘置所の外では他の役人たちが待機していた。

「指示通り、この刀を鑑識に回せ」

「は。引き続き現場近くで犯行に使われた武器を捜索しておりますが、未だ見つかっておりません」

「…だろうな」

ふうとため息をつき額を押さえる。

柄にもなく、少し冷や汗が滲んでいた。

「…酒井殿?顔色が悪うございますが大丈夫ですか?」

「…何でもない。それより入院中の幕吏の意識は戻ったのか?」

堅く閉じられた大きな扉の前を離れ、歩きながら話を続ける。

「いえまだ…ですがあれだけ監視カメラにはっきりと映っているんです。

 本人の証言を聞いても同じでしょう」

「…そうとは限らないかもしれない」

「?何故です」


思い出してまた、冷や汗が滲む。

二十歳に満たない、まして女の威嚇などに畏れるはずがないと思っていた。

…なのに。


「…あの女の忠誠心と呼べるものの全ては近藤勲という男にのみ注がれている。

 裏を返せば近藤以外どうでもいいというようにも受け取れた」


それはまるで読み書きも言葉も食事の仕方も知らない生まれたての子供が

親の教えたことを全て鵜呑みにして吸収していくような、

酒もギャンブルも縁のないごく一般的で真面目な大人に

宗教組織が「これは飲めば霊的な力の宿る水だ」と洗脳させるような、

理不尽且つ強烈な刷り込み現象を感じた。


きっとあの女にとって善し悪しを決める基準は近藤で、

それを叱り褒め称え、親のように接するのも近藤で、

日々の出来事を報告し、時には愚痴を言い合う友のように接するのも近藤なのだ。



「…地雷は一つだが誤って踏めば、四肢が吹き飛ぶどころでは済まんぞ」




To be continued