狗吠-3-







消灯時間間近の拘置所

は相変わらず食事に手を付けず、ベッドの横で膝を抱えて蹲っていた。


「ご機嫌いかがかな、君」


ギイ、と重い扉が開く音がしてはゆっくりと顔を上げ、格子越しに役人を睨みつけた。

「…いいわけねーでしょ」

「此処に入ってから一度も食事を摂っていないそうじゃないか」

役人はそう言って手つかずの夕食を見下ろした。

もともと温かい状態で出てくる食事ではないが、茶碗に盛られた白米は縁が渇いてツヤがなくなっている。

味噌汁も時間が立ち過ぎて味噌が底に沈殿しているようだ。

「テメーらの出す飯なんか食えるか。何入ってるか分かったモンじゃない。

 まだその辺の雑草天ぷらにして食ってた方がマシ。実際昔はそれで何週間か凌いだし。

 それよりラーメン出してよラーメン。カップラーメンでもいいからさ」

「…元気そうだな?」

見張りの話では食事には一切手をつけず、一日中蹲っていると聞いたから

少しは衰弱しているだろうと期待していたが完全に裏切られた形だ。

「ハッ、飯も食わず2日も閉じ込められて気が触れるとか期待した?

 暴れるのも喚くのも体力消耗するからやめとく。

 あの勢いだとすぐにでも拷問されそうだったから身構えてたのに、ちょっと拍子抜けした」

はそう言ってベッドに寄りかかりながら横目で役人を見る。

すると今度は役人の方が鼻で笑ってきた。

「君を拷問するのは時間と人件費の無駄だ」

「あら頭いい」

「そもそも拷問はお宅の得意分野だろう?」

皮肉を皮肉で返された。

さすがオツムの詰まったお役人は違う。

「君がそうして辛抱している間にも、仲間たちは君の無実を証明しようと動きまわっているようだ」

「………………」

はサイドテールの枝毛を探しを止め、横目で檻の向こうを睨みつけた。

「…近藤さんまで軟禁してるそうじゃない。

 連絡も面会も禁止なのに随分厳重なんだね」

「これ以上事件を起こさないためには当然の策だ。

 君もこれ以上つまらない意地を張らずに自供した方がいい」

毛束から指を離し、はふうと溜息をつく。


「…子供の頃近所の道場の奴らとケンカしたことがあってさぁ」


いきなり突拍子もない話を始めるを見て役人は眉をひそめた。

「相手が折れた竹刀を持って「お前が折ったんだろ」って言ってきたんだよね。

 あの頃近所で剣術やってる女なんてあたしだけだったから、

 出稽古で負けた腹いせにやったんだって疑われて。

 今考えるとおかしい話だよねー稽古で負けてんのに竹刀折る力があるかっつーの」

そう言っていつもは刀が差してある腰のベルトに触れる。

今でもよく覚えている。

近所の道場の子供たちと喧嘩をして帰ってくると、

近藤はいつも叱るより先にの言い分を聞いてくれた。

「そしたら近藤さんがね、一緒に相手の道場に殴りこみに行ってくれて。

 "自分がやったことは良いことでも悪いことでも大声で「やった」って言え"って。

"でも間違ってもやってないことは何を言われても何されても大声で「やってない!」って言え"って」

が悪い時は「謝ってきなさい」と言い、逆の時は本人以上に憤慨して一緒に怒ってくれる。

普通なら親がしてくれることを、いつも当たり前のように教えてやってくれたのは近藤だった。

「だからあたしは例えこのブタ箱で一生終えることになっても「やってない」って言い続けるよ。

 それこそ時間と人件費の無駄だと思わない?」

役人を見上げ、にやりと笑う顔は晴れ晴れとしている。

「…また来るよ」

役人は浅く溜息をついて踵を返し、部屋を出て行った。






「あーお腹いっぱいアル!」

「やっぱり冬は鍋だよね。久しぶりの牛肉美味しかったなぁ」

恒道館道場で妙と一緒に夕飯を済ませてきた3人は足取り軽く家路を歩いていた。

「つってもまた明日から3食豆パン生活だしな…」

「明日は雪かきの仕事入ってるじゃないですか。頑張りましょうよ!」

「馬鹿オメー雪かきで金儲け出来るなら雪国の奴らみんな大富豪だぞ」

寒さに肩をすくめながら夜のかぶき町を歩いていると、万事屋の下のスナックに見慣れた3人組が入っていくのが見えた。

「あれって…」

顔を見合わせながらその後を追い、万事屋の3人もスナックに入る。


「…何してんだお前ら」


スナックお登勢の店内にいたのは真選組の3人。

「市民の税金使って酒飲みにくるとはいいご身分だな」

「あれ…近藤さん京都に出張とか言ってませんでしたか?さんと一緒に」

3人は全員私服姿だったが、いつも彼らとセットのの姿はない。

近藤は銀時たちを一瞥しただけですぐに店内の掃除をしている看板娘に目をやった。

「…今日はそこのカラクリ娘に用があって来た」

たまは掃除をする手を休め、モップを持って首を傾げる。

「私に何か御用でしょうか」

「あなたの力をお借りしたい」

近藤はたまの前に立ち、神妙な面持ちをでそう言った。

「何なんだよ勝手に入ってきてワケわかんねーこと言いやがって。

 まさかまた見合いとか言うんじゃねーだろうな」

痺れを切らした銀時が近藤に詰め寄る。


「頼む…を助けるために、力を貸してくれ」


そう言って振り返る近藤は表情を歪ませ奥歯を食いしばっていた。

それを見た銀時もさすがに何事だと思い目を細める。

すると

「さっきから聞いてりゃまったく話が見えてこないじゃないか。

 ウチのたまに協力を求めるんならその辺しっかり話してくれなきゃ困るよ。

 あの小娘がどうしたって?」

カウンターの片づけをしていたお登勢が口を挟む。

近藤が言葉を詰まらせていると、入り口に立っていた土方が煙草を銜えながら口を開いた。


「あいつは今本庁に拘置されてる」


万事屋の3人は一斉に土方を見る。

「…拘置……?」

「なんだあいつ遂になんかやらかしたのか?」

は何もしていない!」

思いがけず近藤が声を荒げたので冗談のつもりで言った銀時も少し驚いた。

「と、とにかく事情を聞かせて下さい。さんに何があったんですか?」






「ぅえええええええ!!??さんが殺人犯!?」

「声がデケーよ何のために私服で来たと思ってる」

他に客がいなかったため、お登勢は早々に暖簾を下ろして店の外に「準備中」の札を出していた。

大声を出す新八を窘めた土方は灰皿をお登勢と兼用で使いながら深いため息をつく。

「だ、だって…何かの間違いでしょ!?」

「…俺たちだってそう思ってる。でもあんな映像…じゃないって証拠が見つからないんだ」

席に座った近藤はカウンターの上で組んだ指先に力を入れて歯を食いしばる。

「だったら早くその映像っての見せるアル。それをたまに見て欲しくて来たんだろゴリラ」

しゃぶしゃぶを食べた後だというのに茶碗山盛りのご飯をかっこみながら他人事のように言って退ける神楽。

用があるのはたまだけというのに何でこいつが偉そうなんだろうと思いつつ、

近藤は懐から1枚のCDロムを取り出した。

「これが監視カメラの映像だ」

「そういうのって持ち出して大丈夫なんですか…?」

「幸い警視長官が味方でな。なんとかコピーして貰った。

 まぁバレたらただじゃ済まないんだが…」

近藤はそう言って苦笑しながらお登勢にロムを預ける。

お登勢はカラオケのデッキと一緒になっているDVDプレーヤーにロムを挿入した。

しばらくしてカラオケの画面に監視カメラの映像が流れ出す。

パソコンで見るより画質が荒かったが、夜の埠頭とそこを警備する幕吏の姿はしっかり映っていた。

そして突如そこに移りこんだ、真選組女隊士の姿も。

その女隊士が、3人の幕吏を斬りつける姿も。

さきほどまで賑やかだったスナックの店内で殺人現場の映像が流れ、

店内はいっきにシンと静まり返ってしまった。

一時停止された映像に映っていたのは確かに、江戸に住む者なら一度は新聞やテレビで見たことがある女隊士だったのだから。


「…なんですか…これ……」


顔面蒼白になった新八が重い口を開く。

「見ての通りだ。これが正真正銘、現場の監視カメラ映像なんだよ」

「見ての通りって!に、似てる人とかじゃないんですか!?

 どこにでもいるでしょこういう顔!」

「…お前さらっと失礼なこと言ったな」

動転しているのかがこの場にいたら殴られそうなことを言った新八だったが近藤は首を横に振る。

「本庁の映像分析によって体格や声紋などすべての類がほぼと一致した。

 …事実、あいつを見慣れてる俺たちでもと違うところを見つけられない」

「あいつの剣術は構えやら抜刀の癖やら土方さんそっくりでとにかくあらゆる面で雑なんでさァ。

 その辺もしっかり模写されてて非の打ち所がねぇ」

「思い切りがいいと言え。そういうわけだ。本庁はあいつを犯人と決め付けてる。

 これ以上の捜査はしねぇはずだ。あいつの自供を待たずに処刑もありうる」

「しょ、処刑って…!!」

慌てる新八の後ろで銀時と神楽は映像を巻き戻して最初から見直していた。

「これ本物より胸デカくね?」「いや、あいつはこんなモンだったアル」などと会話している

二人を横目にお登勢がフーッと煙草の煙を吐いた。


「…それでうちのたまにもう一度この映像を解析して欲しいってわけかィ」

「…そうだ」


近藤は固く頷く。

「報酬はいくらでも払う。俺の通帳から財産全額引き落としてくれて構わねぇ」

「マジアルか!!!」

「だから頼む…今はどんな些細な手掛かりでも欲しいんだ」

近藤はそう言って万事屋の3人に向かって深々と頭を下げた。

それを見た3人はそれ以上何も言えなくなり、顔を見合わせるしかない。

「頭を下げる覚悟は出来ている」と言ったのを聞いていただけに、土方も総悟も止めることは出来なかった。



「私でよければご協力いたします」



そこで再びたまが口を開いた。

近藤は慌てて顔を上げる。

「本当か!」

「ですが私には様のデータがありません。データを提供して下さいませんか?」

「データって…写真ならあるけど…」

近藤はそう言って着物の袂をまさぐった。


出てきたのはまだ幼いと総悟、近藤が3人で映っている写真。

総悟を肩車した近藤の腕にがぶら下がっている。


土方はその写真を覗き込んで怪訝な顔をした。

「…アンタなんでこんな写真持ってるんだ…?」

「え?いやほら、可愛かった昔の写真は1枚くらい残しときたいだろ?」

「だからって……まぁいいや…でもこういうのって映像じゃないと意味ねーだろ」

さすがにホームビデオや携帯でムービーを撮って残しているわけではなかったので、

近藤も「そうか…」と肩を落として写真を仕舞った。


「そういやこないだ録画したドラマにニュースが少し入っちゃっててさ。

 確かあれにアンタらんとこの小娘が映ってたはずだよ」


お登勢が思い出したように口を挟み、カウンターを離れて奥の住居スペースに入っていく。

小上がりの居間に上がって家のビデオデッキの中から1枚のCDロムを探してきた。

「ほら、こないだ生中継された立て篭もり事件のやつ」

お登勢はそう言ってロムをたまに手渡す。

「…そういやあいつ記憶戻って下に下りてから報道陣に囲まれて…」

「『記憶戻りました!お騒がせしましたー!』っつってそれが更に物議を呼んで…」

「結局近藤さん上に呼び出し食らって頭下げましたもんね」

「…いいんだ…慣れてるから…」

あの時のことを思い出したのか近藤は疲れた顔でため息をつく。

たまは受け取ったロムを徐に口に咥え、録画されている映像を体内で読み込み始めた。

「…こないだ見たときから気になってたんだけどこの子なんでも口からなの?

 取り込みも作成も口からなの?」

「うちのたま馬鹿にすんじゃねーぞ文句あるなら帰れ」

口いっぱいにロムを頬張って目を瞑り、何やら機械音を発している。

黙っていれば美人で気の利くしとやかな看板娘なだけに、かなり見た目が悪い。

真選組の3人は本当に大丈夫かと不安だったが、

万事屋の3人は黙ってその様子を見守っていた。


「…様のデータの追加、及び映像の照合が完了しました」


大きな瞳をぱちっと開いて近藤を見る。

「確かにこの映像は、98.6%様ご本人と一致しております」

「そんな…」

「しかし、音声の一部に不自然な点がございます」

「、見張りが言ってた件か!?」

僅かな希望を見出し、近藤は身を乗り出した。

「お登勢様から頂いた様のデータを基に様の声域を調べました。

 監視カメラの音声には様の声域からは発せられることのない微弱な音声が混じっています」

話を聞いた3人は文字通り、硬直する。

「…つまり?」

「この声は、限りなく100%に近く様に似せて作られた声だということです」

今度は万事屋の3人も加わって顔を見合わせ、

6人でもう一度たまを見た。



「「…つまり?」」




To be continued