狗吠-2-







「奴の様子は」


の拘置から丸2日。

役人はデスクに山積みの書類を睨みつけながら、目の前に立つ部下に問いかけた。

「食事を一切口にせず、横になって休むこともしていないそうです。

 暴れまわるようなことはないそうですが…どうします」

「自供するまで拘置を続ける。近藤の方はどうだ」

「軟禁状態を維持しています。屯所にも見張りを多数配置していますし、こちらは心配ないでしょう」

「そうか…気をつけろよ。幕府の犬と皮肉られてる連中だ、いつ噛みついてくるか分からん」

デスクのパソコンでは先ほどから監視カメラの映像が繰り返し流れている。

女隊士が幕吏を斬りつける映像は何度見直しても、やっぱり女隊士が幕吏を斬りつけている映像にしか見えない。

返り血を浴びる少女の顔

最新のコンピュータも完全一致を示した少女の声

パソコンを見つめる役人は眉間にわずかな皺を刻んで目を細めた。


「…どうしたものかな…」




同時刻・真選組屯所

屯所の門の前にはパトカーの他に黒塗りの車が多数停まっており、

門番の数もいつもより多い。

裏口や中庭にも役人がうろついていてただならぬ空気を醸し出していた。

「…おい…いつまで続くんだよこの状況…」

「知らねーよ…が釈放されねーことには…

 ってかの奴どうなったんだ?」

「まだ拘置が続いてるらしい。本庁の人間も何考えてんだよ…

 あの馬鹿が幕吏殺人なんて出来るわけねーだろ」

「犯人半殺しにしたことはあるけどな…あいつの無実が証明されないことには、

 局長もずっとあのままってことだ…」

屯所内を歩く隊士たちが小声で話しながら局長室の障子を見つめる。

局長室の前には役人が二人見張りについており、近藤は昨日から屯所に軟禁状態だ。

殺人事件の犯人と疑われていると内通し、

彼女が逃げる手助けをする可能性があるという理由で。


近藤は局長室で胡坐を掻き、腕を組んでじっとしていた。

この危機的状況を、いかにして脱するかと考えて。


同じく広間では


「…あ---------っ…クソッ…」


鬼の副長が苛立たしげに煙草を灰皿に押し付ける。

「何がどうなってやがんだ…お上の頭がおかしいのは今に始まったことじゃねぇが、

 今回ばっかりは度が過ぎんぞ…!」

「落ち着いて下せェ土方さん。アンタがカリカリしたところでどうにもならねぇ」

「…テメーこの状況でよく悠長なこと言ってられんな…」

後ろで横になって寛いでいる総悟を睨みつけ、土方は溜息をつきながらガシガシと頭を掻く。

「…総悟、お前あの映像をどう見る」

「ありゃー完全にでしたね。構え方から抜刀の癖まで土方さんそっくりだ」

「あんなもん似せようと思って似せられるモンじゃねぇ。

 俺たちを煙たがってる連中の映像工作かとも思ったが、どうもそうじゃねーみたいだしな…」

幕府も最初はCG合成の可能性を疑ったが、専門家の調べによりその可能性はなくなった。

「…最後の望みは、一命を取り留めたっつー被害者の幕吏か…」

「奴の証言を期待したところで無駄でしょ。あの暗がりじゃ大して相手の顔は見えてねェ。

 役人に乗せられて間違いなくだったって言うのがオチでさァ」

総悟は起き上がってテレビをつけながらそう言った。

テレビではお昼のワイドショーが流れていたが、「真選組女隊士逮捕」というニュースはまだ流れてきていない。

今朝の朝刊に小さく、「幕吏殺害・攘夷浪士の仕業か」と載った程度だった。

「しかし、いつまでもこの状況が続くのは面倒ですね。居心地悪くて敵わねェ」

「…俺たち真選組は今回の事件に関して一切の捜査関与を認めねぇときた。

 その上近藤さんまで動けねェとなると…八方塞がりだな」

さっきから立て続けに煙草を吸い続けていた土方は、残っていた最後の1本を吸いきって徐に立ち上がる。

「どこ行くんで?」

「山崎たちに見回りと称して昨晩の聞き込みさせてる。

 とにかくとは別人だってことを証明しないことには動けねェ」

「…確かに」

総悟もテレビを消して立ち上がった。

「……問題は、どう証明するかっつーことですけどね」





同時刻・かぶき町


「いやーよかったですね銀さん。今日もマロニー鍋になるかと思ってたら

 まさか牛肉しゃぶしゃぶが食べられるなんて」


今にも雪の降り出しそうな江戸の町を歩く、デコボコした男女4人組。

それぞれが両手にスーパーの袋を携え、足取り軽く家路を歩いていた。

「折角の給料日だからごちそうしてあげようと思って。

 今月もナンバー1護り切って特別ボーナスでちゃった」

「さすがアル姉御!うちの駄目男たちにも見習ってほしいネ!」

「…俺もホストに転職すっかな…」

マフラーを巻き直し、白髪頭をガシガシと掻く。

今日も迷子の猫探ししか仕事がなく、危うく夕飯がマロニー鍋になるところだった万事屋の3人。

片やボーナスが出たばかりのスナックすまいる人気ナンバー1ホステス。

身も心も懐の中身も、かなりの寒暖差があった。

「あら?」

前を歩いていた妙と神楽が前方に顔見知りを発見し、立ち止まる。

少し行ったラーメン屋の店主と話をしているのは隊服姿の土方と総悟だ。

「何か事件ですかね?そういえば今朝の朝刊に幕吏殺害とか載ってましたけど…」

近づいて行くと向こうもこちらに気付いたようで、あからさまに嫌そうな表情を向けてきた。

「…何だ、お前らか…」

「寒い中大変ですね」

「私らこれからは牛しゃぶしゃぶアル。羨ましいだろコノヤロー」

律儀に頭を下げる新八の横で神楽は牛肉の入ったスーパーの袋を見せびらかしている。

「とりあえず牛食っときゃ間違いねェみたいな思考が貧乏人丸出しなんだよ。

 ガキは黙ってハンバーグでも食ってろ」

「んだとコラ。テメーこそ牛肉でしゃぶしゃぶ食ったことあんのか?あん?」

「総悟やめろ、時間の無駄だ」

土方は珍しく挑発に乗るようなことはせず、総悟を止めてその場を離れようをした。



「あ、土方さん。ちょっとお聞きしたいんですけど…

 ちゃんって今日どうしてます?」



思い出したように妙が土方を呼びとめた。

土方の肩がびくりと強張る。

ちゃん今日非番だって前に聞いてたから、ランチに誘おうと思ってメールしたんですけど返ってこなくて…

 急なお仕事だったのかと思ったんですけど今日一日街でも見かけてないし…」

妙はそう言って首を傾げる。

…当然だ。

は現在本庁で拘置され、携帯はもちろん刀やその他武器になりそうな私物をすべて没収されているのだから。

友人どころか隊士たちとの連絡さえ許されておらず、面会も出来ない。

「…急な出張でな。近藤さんと一緒に京都に行ってる」

「あら、そうなんですか。残念ねぇ…」

近藤さんは永遠に帰ってこなくていいですけど。とにこやかに笑う妙だったが、

土方の表情が険しいままだったのを銀時は見逃さなかった。

「どうしたお前、妹が修学旅行に行ったみたいで寂しいのか?」

「誰が妹だ!ぶっ殺すぞ!」

ぐるりと振り返ってついいつもの調子で銀時の胸倉を掴む。

その手がいつも以上に震えて手首に太い血管が浮き出ていたのも、見逃さなかった。

土方はチッと舌打ちして手を離し、踵を返す。


「……アンタ、2日前の日中あいつに会ったか?」


総悟を引き連れてそのまま帰ろうとしていた土方だったが、

何を思ったのか足を止めて妙に向って問いかける。

「?いいえ。今日が非番だっていうのもメールでお聞きしたから直接会ったわけじゃないんです」

それが何か?と再び首を傾げる妙だったが、土方は浅くため息をついて首を振った。

「…何でもない。行くぞ総悟」

そう言ってパトカーに乗り込み、屯所方向へ帰って行く。

「そういえばなんか今日はパトカーやら幕府の車が多いですね。

 …でも役人っぽい人はいっぱいいるけど…真選組の隊服着た人は少ないような」

新八はそう言ってかぶき町の大通りを見渡した。

ターミナルに向かって真っ直ぐ伸びる商店街には、この直線道路だけでも2〜3台のパトカーが停まっている。

だがそれは全て真選組のものではないらしく、

乗り降りしているのは黒い羽織姿のお役人たちばかりだ。

「大きな事件かしら…怖いわねぇ」

「かぶき町なら私たち万事屋がいるからダイジョーブアル!」

「ふふ、頼もしいわね」

スーパーの袋を振り回す神楽の頭を撫でながら妙もやんわりと笑った。

女子2人が前を歩いていく中で、銀時は頭を掻きながらパトカーの一台を眺めている。

パトカーから出てきた役人たちは先ほど土方たちが話をしていたラーメン屋に入って行った。

「?どうかしたんですか銀さん」

「いや。別に」






「こっちは全然駄目です。当たり前ですよ。

 本人は寝てたって言ってんだから、あの時間埠頭でちゃんを見た人なんかいません」

屯所に戻ってきた土方は山崎の報告を聞きながら本日2箱目の煙草を開封した。

「…それが逆におかしいと思わねぇか」

銜えた煙草に火を点け、眉間にシワを刻みながら山崎を睨みつける。

「?何がですか」

「あの時間本当にに似た人物が埠頭にいて幕吏を殺してんなら、

 あの近辺での目撃情報があっていいはずだ」

「…あ、そうか…」

屯所から埠頭に行くには必ずかぶき町を通らなくてはならない。

ギャンブルや歓楽街には全く興味のないだが、かぶき町には彼女行きつけの店が多い。

ラーメン屋だったり、甘味処だったり、友人の家だったり。

今や江戸中に名の知れた女隊士が街を闊歩して、住人の誰も気づかなかったのだろうか。


「あの監視カメラの映像」


テレビを見ていた総悟が後ろで口を開く。

「偶然起こった殺人現場の映像にしちゃ、顔と体格がはっきり分かるように映ってやがる。

 ご丁寧に声まで入れてな。随分カメラ慣れしてるじゃねぇか」

「それってつまり…」

「誰かが故意にを犯人に仕立てたってことだろうな」

煙草を潰しながら土方は溜息をつく。

「一体誰が…」

「知るかよ。俺たちに恨み持ってる人間なんざ、数えるだけで頭痛くなってくる」

間髪入れず2本目の煙草を銜えて火をつけたところで広間の障子が開いた。


「あー…肩凝った…」


「「近藤さん」」

「局長!」

肩を押さえて腕をぐるぐると回しながら広間に入ってきたのは疲れた顔をした近藤。

深い溜息をつきながらテーブルの前に胡坐を掻く。

「軟禁、解けたのか?」

「いや。厠行くってちょっと出てきた。もー息詰まるよー誰も会いに来てくれないしさァー」

「部屋の前にあんな見張りつかれたら行けるわけねーだろ…」

テーブル上の煎餅を取ってかじりながら、近藤は大きく伸びをする。

軟禁とはいえ、何をするにも監視の目がある状態では自室でも碌に休めなかったのだろう。

「…さっき、見張りが話してたのを聞いて気になったんだが…」

煎餅をかじりながら近藤は真顔でテーブルを見つめる。


『しかし、何でもう犯人決まってんのに見張りなどせにゃならんのかね』

『安東の一件に続いてまた身内から反逆者を出したんだ。上も慎重になるさ』

『そういえばあのカメラ映像、音声解析でちょっと難攻してるらしいな』

『難攻?ありゃ女隊士の声と一致したんだろ?』

『声は本人と全く一緒らしいんだが、なんつーかノイズ?みたいなのが混じってて不自然なんだと』

『ノイズって…あそこは貿易船が多く通る埠頭だぞ?何の音が混じってたっておかしくないじゃないか』

『詳しいことは分かんねーよ。ま、すぐにあの女隊士もムショ行きで処刑だろうな』


部屋で寝たふりをしていると、外にいる見張りの役人たちが小声で話しているのが聞こえたのだ。

「…なんか不自然なとこあったか?」

「さぁ…俺にはの声にしか聞こえませんでしたけど」

「……………」

近藤は顎に手を当て、難しい顔で唸り声を上げる。

「…俺たちの専門分野じゃないからな。でも本庁の人間にも任せておけん。

 上はを犯人と断定してるんだ、詳しい解析には回してくれんだろう」

「---------あ」

首を振る近藤の横で山崎が何か思いついたように声を出した。

だがすぐに慌てて自分の口を手で押さえる。

「どうした山崎」

「い、いえ…ちょっと心当たりがあったんですが無理でした。すいません」

「…多分俺も同じこと考えたぜ、山崎」

その横で総悟が煎餅を手に取りながら口を開く。

今度は3人の視線がいっきに総悟に向けられた。



「万事屋んとこにいるカラクリ娘」



「機械のことは機械に訊けばいいんです」


バキッ、と煎餅をかじって涼しい顔でそう言った総悟だったが、

土方の表情はみるみるうちに曇って行く。

「馬鹿言うな。あいつらにこの一件バラすことになるじゃねーか。

 あいつらに弱み握られて口外されたらそれこそ一貫の終わり……」

そこで近藤にも同意を求めようとしたが、近藤は険しい表情のまま口を一文字に結んでいた。

「…トシ」

「俺は誰かに笑われようが、罵られようが、後ろ指差されようが、

 真選組局長として護らなきゃならねぇモンがある。

 戦場以外の場所でお前らを理不尽に死なせるわけにはいかない。

 増してや牢獄で汚名を着せられたまま死なせるなんて真似、絶対にさせられん」

膝の上に置いていた拳に血管が浮き出て、わなわなと小刻みに震えている。

…解っている。

この人は誰よりも、仲間に対して全力だって。

その手綱を握るのが自分の役目だということも、解っている。


の無実を証明できる可能性があるなら、俺は責任をとる覚悟も、頭を下げる覚悟も出来ている」


近藤はそう言って真剣な表情で3人を見た。

土方は間をおいて煙草を長く吸い込み、同じだけ時間をかけて煙を吐き出す。


「…アンタがそう言うんなら」




To be continued