「あれは何としても俺が壊す」
信女の前に立ち刀を構える近藤に続き、土方や総悟も横に並んだ。
しかし
「それじゃ困る」
「何がンミぅッ」
信女は振り返った近藤の顔面に鞘を叩きつけた。
「何すんのおお!!!一応こっちの加勢しに来たんでしょ!?」
「言ったでしょ。報酬分の仕事をするだけだって。
あの子から「ゴリラに怪我させないで」って言われてる」
「いや今ので思っクソ怪我したけど!?見てこの鼻血!!」
鼻頭を強打されたので大量の鼻血が止まらない。
しかし信女はそんな近藤を無視して刀を構え直した。
「第一そんなこと言ってる場合じゃ、」
次の瞬間、廊下側の壁が外から爆破され、コンクリート片やガラスが勢いよく会議室の中に飛んできた。
穴のあいた壁の向こうにずらりと並んでいたのは、
会議室にいる隊士たちと同じ人数の「」だった。
「ほらね」
「彼女もそう言ってる」
狗吠-14-
同時刻・江戸城
「本当なのか片栗虎。あの者が敵に拉致されたというのは」
江戸を治める征夷大将軍・徳川茂茂は、前方を歩く松平を追い足早に廊下を歩いていた。
「ああ。さっき連絡ついたらしくてな。無事っちゃー無事らしいんだが…
奴のことは心配すんな、汚名晴らすまでは死なねーからよ。
それより今は自分のこと心配しろ。ったく…あのゴリラいーっつも大事な報告おっせーんだもんなー…」
松平は後ろを振り返りながらぶちぶちと愚痴をこぼした。
いつものように将軍を誘ってキャバクラへ繰り出そうとしていたのだが、
「将軍を保護してくれ」と電話があったのはつい1時間ほど前のことだ。
聞けばとは連絡がとれたらしいが何故か屯所には戻らず、近藤や土方も自体を飲み込めていないらしい。
「ったくよぉ、阿音ちゃんにまたごめんねの電話しなきゃならね…っと、」
廊下の曲がり角、松平は向かって左からやってきた小柄な影にぶつかって少しよろめいた。
「なん……、」
小柄な少女の体が自分の懐にすっぽりを収まり、脇差を腹に突き刺しながらにこりと微笑んだのを見て
松平はそのままがくりと廊下に倒れこむ。
「片栗虎!!」
松平から離れた真選組女隊士は血のついた脇差を捨て、腰の刀を抜いて将軍に近づいた。
「…真選組一番隊。約束通り、ご恩を働きにてお返しに参りました」
「何なんだもぉぉおおおおお!!!!」
その頃、隊士と同じ人数の「」を相手に戦う真選組は未だ本庁会議室で足止めをくらっていた。
「いくらガキの頃から可愛がってるっつったってな!こんなにいらないよ!?
は一人でいいんだよ!?オンリーワンだよ!?」
「今はンなこと言ってる場合じゃねェだろ近藤さん!つーかコイツ本物より動き良くないか!?」
人を斬るようにはいかず苦戦している近藤や土方を見て、既に何体か破壊した総悟はが電話で言っていたことを思い出した。
『あのカラクリは人に触れて記憶を読み取れる上に、あたしの記憶を雛形にして作られてるらしい。
あたしが出会った人、戦った奴の姿形と戦い方をコピーしてあるんだって。
ただまァ所詮物覚えの悪いあたしの記憶だから本物に勝るってことはないだろうけど』
(つまりありゃあの皮被ってはいるが、中身はアイツが戦ったことのある連中の寄せ集めみたいなもんだろ)
「アイツより強いアイツを斬れるなんて戦り甲斐があるってモンだ」
口端からぺろりと舌を出し、6人目の「」に斬りかかる。
その瞬間、薄暗い会議室の奥にあるスクリーンが突然明るくなった。
広い会議室に散らばってカラクリと対峙していた隊士たちは一斉にスクリーンを見る。
映し出されたのは照明の反射が眩いほど磨きぬかれた長い廊下。
次に映し出された2人の影を見て一同の顔色が変わった。
「上様…!!」
先に映ったのは廊下の突き当たりに追い詰められた将軍。
そしてその将軍に迫る、刀を持った「」の姿。
「…やはり彼女を使うか…!」
傍で座り込んでいた酒井が顔をしかめる。
「とっつァんは間に合わなかったのか!?こんなことしてる場合じゃねェぞ!!」
「土方さん!あれ!」
破壊したカラクリを蹴飛ばし、会議室を飛び出そうとした土方を総悟が呼び止める。
スクリーンには将軍に刃を向ける「」の背後にもう一つ影が映し出された。
「上様と鬼ごっこなんて、楽しそうなことしてるじゃないの」
「」の背後に立つ、白い隊服の少女。
腰の刀は抜かず、長い黒髪を邪魔そうに掻き上げて2人を見た。
一方の「」は刀を構えたままじっと少女を見つめる。
「…声紋を照合中。人相、身長、歩幅、共にと99.8%一致。
姿を変えたところで無駄だ。来る途中一人殺した。この城の監視カメラは我々が乗っ取った。
お前はどこへ行っても殺人犯だ」
同じ顔だが無表情の「」はそう言って既に血に汚れた右手を見せる。
だがもう一人のは頭を掻き、その手を隊服のポケットに突っ込んだ。
「そんなにあたしに上様を殺させたいなら」
「殺るけど」
ズドン、と江戸城に響き渡る銃声。
スクリーン越しに一部始終を見ていた隊士たちはあんぐりと口を開け、近藤は刀をその場に落として膝を着いてしまった。
「」の真横を抜けた縦断は追い詰められた将軍の額を打ち抜き、貫通して壁にめり込む。
将軍の体はぐらりと傾き「」の足元に倒れた。
「おぉ、さすがとっつァんの落し物。威力も違うわ」
「…将軍を殺した自分の罪を他人に着せるのか?どのみち真選組は…」
何が起こったのか分からない様子でと倒れた将軍を見る「」。
だがはにやりと笑って手に持った拳銃を「」に向ける。
「誰が、誰を殺した罪を、誰に着せるって?」
そう言って反対の手で、刀ではなく長髪の鬘をがしりと掴んだ。
「人に化けんならせめて血くらい出るように作れよポンコツ」
長い黒髪の鬘を剥ぎ取った女隊士は見慣れたサイドテールではなく
辛うじて肩につく程に髪が短くなっていた。
それを見て初めて「」は後ろで倒れている将軍の違和感に気づく。
この至近距離で撃たれたにも関わらず血は一滴も出ていない。
それどころか自分たちを同じ、微かな機械音と配線の焦げる臭いを漂わせていた。
「偽物とはいえ将軍のドタマ躊躇なくブチ抜くとかすげーなお前…」
そして複数の足音が近づいてくる。
「スピード違反で走る。道に落ちてる100円ネコババする。上司のドタマぶち抜く。
警察がやってみたいことベスト3ですよ」
「実際やったら俺はお前をクビにせにゃならんのだがな」
のそりと現れた万事屋の3人の横に、刺されたはずの松平と撃たれたはずの将軍が並んだ。
「そよちゃんがいい血の見せ方知ってるっつぅからよ。でもこれクリーニングで落ちっかな」
松平はそう言って血糊をたっぷり仕込んだビニール袋を脇腹から引っ張り出し、
その下に着ていた防弾チョッキを「」に見せる。
「…何故だ…将軍の退路は7分34秒前に全機器へ通達済のはず…
プログラムが上書きされない限りこの一機だけが異常行動を起こすなど…!」
「じゃあ誰かが上書きしたんじゃね」
焦りの色を見せる「」にはそう言って銃口を向けた。
「誰かは、あたしも知らねーけどさ」
ズドン、と響き渡る2度目の銃声。
は間髪入れず2発、3発と発砲し、弾がなくなると銃を捨てて腰の刀を抜いた。
「バイバイ。プロトタイプのあたし」
薙ぎ払った刀は「」の首を刎ね、重厚感のある頭が物凄い音を立てて床に落ちた。
伝達神経の途切れた胴体は首から配線を剥き出しにしたままその場に倒れ込む。
同時に、少し離れた本庁にいた数十体の「」もスイッチが切れたように突然動きを止め、次々とその場に倒れ込んでいく。
はふうっと息を吐いて刀を鞘に戻し、廊下に取り付けられていた監視カメラに目を向けた。
「近藤さーん!ご無事ですかー!?将軍は無事です!こっちの後片付けに何人か寄越して下さいー!」
本庁の会議室でその映像を見ていた近藤は刀を収め、周囲を見渡す。
「山崎、酒井殿を頼む。トシ、総悟、行くぞ!」
怪我をしている酒井を山崎に任せ、3人は会議室を飛び出した。
信女は会議室のあちこちに倒れている「」をじっと見つめている。
「…化けた相手が悪かったわね」
物言わぬカラクリの残骸に向かってそう呟き、3人を追って会議室を出た。
To be continued