「あァ?何だって俺が幕府の人間のためにそこまでしてやらなきゃならねぇんだよ。

 第一俺はまだ指名手配中だ。ヘタなことして余計に目ぇ付けられんのは御免だぜ」


源外の工場を訪れた万事屋とたまは、中で何やら作業中の源外に事の経緯を説明した。

案の定、源外は作業しながらきっぱりとそう言い切ってそれ以上話を聞こうとしない。

「お願いします源外さん。これ以上このカラクリがやばいことになるとたまさんも危なくなるんです。

 そりゃ結果的には幕府を助けることになりますけど、僕らにとってはそれよりたまさんの方が…」

「たまがいなくなってもいいアルかジジイ!」

機械音に負けない声量で怒鳴る神楽の言葉に源外は手を休め、肩で息を吐く。

「…勝手いいやがる」

「心配しなくてもサツの連中にゃアンタの名前は出してねーよ。あっちもそれどことじゃねぇみたいだしな。

 早いとこ見てくれ。気色悪くて持って帰りたくねーからよ」

銀時はそう言って定春の背中に乗せていた風呂敷包みを地面に下ろす。

大きな風呂敷に包まれていたものを見た源外の表情が歪んだ。

「…こいつァ…」

「銀さんに化けて暴れたカラクリです。なんでも人の記憶を読み取れるみたいで…」

「…たま、あっちの作業台に運ぶの手伝ってくれ」

源外がそう言うとたまは「はい」と返事をして100kg以上ある鉄の塊を軽々と持ち上げた。

作業台に乗っていたレンチやドリルを無造作に避け、作業台に乗せられたカラクリをまじまじを見つめる。

「…気持ち悪いくらいよく出来たカラクリだ。特にこの足の臭そうな感じとか」

「さすがジジイよく分かってるアル!」

「そこじゃねぇだろ見るなら脱がしてちゃんと比較して下さい汚名着せられたままじゃ嫌だから!!」

「そこでもねーだろーが!!つーかさんの記憶だっていったでしょアンタの粗末なモン記憶してるわけないでしょうが!!」





狗吠-13-





一方、万事屋を出たは携帯を片手に江戸城を目指して歩いていた。

これまで一度も呼び出したことのない、逆になぜ携帯に入っているのかすら分からない連絡先。

コールを7回聞いたところでようやく持ち主が電話に出る。

『…何の用』

抑揚のない細い声。

「ひっさしぶりじゃ〜ん元気してたぁ〜?」

親友のお妙と話す時でも出さないような声で応答するとその瞬間に通話を切られた。

はすかさず履歴から同じ番号を呼び出す。

今度はコール3回で繋がった。

「切んじゃねーよ根暗。用事がねーなら電話なんかするわけないでしょうが」

『…何してるの単細胞。幕吏殺してブタ箱入れられて、将軍のお情けで釈放されたのに逃亡したって聞いたけど』

「随分尾ヒレついてんな…相変わらず嗅ぎつけんの早いね。局長殿はお元気ですか?」

『元気もなにも、アナタがそんな騒ぎ起こしたせいでこっちも面倒なことになってる。

 そのまま処刑された方が楽だったんじゃないの』

「生憎そういうわけにもいかなくてね。ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」

『嫌』

「ドーナッツ50個+1年間全品100円クーポン」

『乗った』

「流石話早い。じゃあ今からそっち行くから」

携帯を閉じたは屯所に抜ける路地を通り過ぎ、江戸城を目指して走り始めた。




二時間後・真選組屯所

から連絡を受けた一同は煮え切らない様子で同じく江戸城へ向かう準備をしていた。


「…おかしいな」


広間では小一時間ほど前から近藤が同じ番号に何度も電話を掛けている。

しかし一度も繋がらず、近藤は頭を掻きながら通話を切った。

「酒井と連絡とれねぇのか?」

「ああ。さっき見張りの役人にも電話して貰ったんだが繋がらん」

「それこそどっかの偽物に斬られてんじゃねーですか?」

「縁起でもないこと言うなよ…」

これ以上に汚名を着せられては困る。

近藤は渋い顔をしながら携帯を隊服のポケットに押し込んだ。

「さて、じゃあ俺らも江戸城に…」

そう言って広間を出た瞬間


「ただいまぁ」


玄関から懐かしい声。

各部屋や中庭にいた隊士たちがいっせいに顔を上げる。

!!」

真っ先に広間を飛び出し、玄関に向かって走っていったのは近藤。

!帰っ……」

玄関にスライディングをかましながら女隊士を出迎えた近藤はそのまま硬直する。

一緒に出迎えた土方、山崎たちも玄関を見て固まった。

確かに玄関に立っているには「」の格好をした女性隊士だった。

平隊士と同じジャケットに専用のハーフパンツとエンジニアブーツ。

トレードマークの右サイドテール。


…本人より胸の膨らみがあることと、長い睫毛の奥の瞳が澱んでいることを除けば。


隊士たちは一斉に抜刀して女性隊士に刃を向ける。

「…ど、どちらさまですか…っていうかカラクリにコピーされたにしては劣化というか

 いやむしろ実物より綺麗になってるけど」
 
「本人に頼まれた」

隊士の地声を聞いて一同はぎょっとする。

そういえば見廻組のあの女隊士は声帯模写が出来たのだと思い出した。

「エリート様がこんな小汚ぇ場所に何の用でィ」

遅れて歩いてきた総悟は両手をポケットに入れたまま別の女隊士・今井信女を睨みつける。

「私は報酬に見合った仕事をしただけ。江戸城待ち合わせ、でしょ。早く行かないと本当にあの子が将軍殺しになる。

 この場で全員黙らせていいんならそうするけど」

に頼まれたって…じゃあは…」



「うぉっ、頭重ッ」



生まれて18年、肩より長く髪を伸ばしたことのないは背中を越える黒髪の鬘と奮闘していた。

「こんな髪でよくあんな動きできんなー…さすがエリート様」

「…あのね、うちののぶめさんの格好でそういう品のない言葉遣いやめてもらえますか」

その横では見廻組局長・佐々木が目を細めている。

「あと胡座もかかない。全く…育ちが知れますね。これだから凡人は…

 しかしよくもまぁ近藤局長の許可なくこんな真似が出来ましたね。

 ドーナッツ50個程度でであっさり買収されたあの子もあの子ですけど」

「うち基本放任主義なんで。それに将軍暗殺容疑が誰にかかるか分からないこの状況じゃ、

 身の振りかまってなんかいられないでしょ。アナタにかかるかもしれないッスよ〜佐々木局長殿」

江戸城に向かう車の中、は後部座席に悠々を胡座をかいて座っていた。

助手席に座る佐々木は浅くため息をつきながら片眼鏡を指で上げる。

「成程、殿中守護をお役御免にされた私が将軍暗殺ですか。動機としてはおかしくないですし立場も利用しやすい。

 凡人のアナタを使うよりずっと動きやすそうですね」

「…隊服にめっさ手垢つけて返すぞコラ」

ようやく着替えを終えたはニーハイの紐を結んで胡座を崩し、足を組んで座席に深く座り込む。

「しかし随分回りくどいことをする。誰が使われるのか分からないのだから下手な小細工は無意味だと思いますよ。

 近藤局長はいいとして、鬼の副長が黙っていないでしょう」

「少しでも選択肢を狭めるためです。うちも他に女隊士っていないし、一般人の友達巻き込むわけにもいかないんで」

「…相変わらず甘いのか粗暴なのか方々だ。そんなんだから天人にも利用されるんですよ。

 近藤局長の磊落ぶりもここまで来ると組織というより動物園に近い」

その瞬間、携帯を弄る佐々木と運転席の間を白いブーツが遮る。

カーナビをへし追った右足は運転手のハンドルをとるには十分だったが、助手席の佐々木は微動だにしない。



「動物園大いに結構。うちに統率はいりません」



「…アナタのそういう所、本当に副長殿や隊長さんとそっくりですよ」

野蛮で、己の学の無さを豪語するところ。

佐々木は携帯から目を逸らし、少しだけ首を捻ってそう言った。

「勿体無いお言葉で。不名誉なことに似るんですよ、10年も一緒にいると」

はそう言って足を引っ込めて座り直す。

「全く…のぶめさんさえ釣られなければアナタがどうなろうが知ったこっちゃないんですけどね。

 まぁ貴重な情報を提供してくれたので運賃ぐらいにはなりましたが」

佐々木は首を振りながら携帯を閉じ、再び溜息をついて腕を組む。

「信用して頂けたのは大変光栄なんですが私達2人が偽物かも、とは考えなかったんですか?」

「可能性を考えたらキリがないでしょ。ここに来てあんたらに声をかけることは誰にも言ってないし、ここに来る途中は誰にも触られなかった。

 それにアンタらエリート様の吐く理屈くせー言葉なんかいちいち覚えてないんで。あたしの記憶を頼りに作られたモンではないなって」

「成程。凡人にしては賢い見解だ。ところで私にもメアド教えてくれませんか?

 江戸で人気の女性隊士とメル友なのって自慢になりますし、のぶめさんだけメル友なの羨ましいので」

「いいですけどあたし不精なんで週に1回くらいしか返信しませんよ」




同時刻

江戸城を眼前に臨む警視庁ではの予想を遥かに上回る事態となっていた。


「……っハ…はぁッ……はぁっ…」


締め切られた会議室の壁一面を染める血飛沫

通路やデスクの間、椅子の下に倒れる多数の役人たち

その中で唯一まだ息のある酒井は部屋の奥に追い詰められ、この惨劇の首謀者である「自分」と対峙していた。

「…成程な」

辛うじて急所が外れた腹の傷を押さえ、刀を持つ「自分」を見上げて呟く。

「「本番でも彼女を使う」私はそう言った…この事件に関わった役人、真選組も…の偽物を探すことに躍起だ。

 お前たちの捕らえたがこれからどうしようとしているのか…私はおろかお前たちも分からんのだからな。

 これ以上彼女にこだわる理由もないということか…」

諦めにも似た苦笑を浮かべ、「自分」に殺されることを覚悟した。

「…ふん…一瞬でも邪魔な女隊士を排除する口実になると思った罰か…相応だな」

血まみれの酒井の前に立つ「酒井」は右手の刀を振りかぶる。

斬られることを覚悟した酒井は目を瞑った。



「まだ早い」



突如飛び込んできた酒井以外の女の声。

驚いた酒井が目を開けるのと、天井から真選組女隊士が飛び降りてくるのは同時だった。

女隊士が「酒井」の首を薙ぎ払い、酒井の足元に蹴破られた天井板が床に落ちる。

薙ぎ払った刀は「酒井」の首筋に半分ほど減り込んだが切断は出来なかった。

女隊士は着地しながら減り込んだ刀を抜き、再び斬り込もうとするがよけられてしまう。

「……ッ……いや…?貴様見廻組か…!」

服装や髪型は真選組の女隊士だったが体格や表情が違う。

より少し身長があって色も白い。

その表情に喜怒哀楽はなく、長い睫毛の向こうに見える大きな瞳は澱んでいた。

すると少し遅れて他の隊士たちが前後のドアを蹴破って入ってくる。


「ご無事でしたか!酒井殿」

「近藤局長…これは一体…」

「残念ながら我々もまだ把握出来ていませんで…もここに来るはずなんですが」


首が半分千切れ鈍色の配線を剥き出しにした「酒井」の皮膚は、

バチバチを火花を散らしながら徐々に再生していく。

カラクリと初めて対峙する隊士たちはその様子を見て表情を歪めた。

「まどろっこしいのは嫌い。全員斬って確認すれば早い」

「だからそれじゃ駄目だって言ってんじゃんもぉぉ早く戻ってきてくんねーかな!?」

「いや、あいつも似たようなこと言うだろ」

再び刀を構え淡々と言う信女に頭を抱える近藤。

その横で土方は「大して変わんねーよ」と鼻で笑った。





そこで初めて「酒井」が口を開く。

羽織を着た肩がゴキン、と変形し首筋から後頭部が膨れ上がって形を変えていった。

隊士の全員が抜刀して身構える。

体格や髪型をあまり変化させることなく落ち着いた形状に目を剥いたのは、近藤と土方だった。



「…その姿で…を斬ったのか……!」



奥歯を噛み締め、刀を握る右手が震えるほど怒りを露わにした近藤が絞り出すように言った。

土方の少し後ろに立つ総悟は眉をひそめる。

「誰ですかィ、ありゃ」

土方は咥えていた煙草をギチ、と噛み潰し、会ったことはないが見たことのある目の前の男を睨みつけながら口を開いた。


「…の親父だ」


折れた煙草を吐き捨てて足で踏み付ける。

総悟だけでなく、他の隊士たちの顔色も変わった。

「あいつが武州で近藤さんに拾われた時、木刀の他に持ってた唯一の私物が親父と写った写真だったからな。

 顔だけは覚えてる」

その写真を今も彼女が持ち歩いているかは分からない。

増して直接会ったことも話したこともないその男の人柄など全く知らないが、

今一番怒りを感じているであろう目の前の男と似ているのだろうかと思ったら

やはり湧き上がるのは不快感以外のなにものでもなかった。

「…退いていろ見廻組」

近藤はそう言って信女の前に立った。



「あれは何としても俺が壊す」




To be continued