狗吠-12-






「…例のカラクリは全てさんのデータを元に…成程、これで一連の謎が…」


「解けるわけねーでしょ何ですかその長編スペクタクルSF映画みたいな流れは!!!

 触れた人の記憶をコピーとかもう次元が違うでしょう!!どーすんですかこれから!!」


に一連の経緯を聞いた新八は、半壊した戸棚と寝室の襖を交互に見て大声を出す。

お通のライブが終わり高揚した気分でスナックから階段を上ってくると、2階から銃声が聞こえるではないか。

しかも5発。

慌てて階段を駆け上り、草履を脱ぎ捨て家に上がると中は荒れ果てていた。

客間のソファーはひっくり返り、客人用のお茶やお菓子をしまっている戸棚は壊れ、床にはなにやら血のようなももが飛び散っている。

客間と隣接した銀時の寝室の襖は枠ごと折れて倒れているし、部屋中に火薬の匂いが漂っていた。

そして壊れた戸棚にもたれ掛かる傷だらけのと、疲れた様子で救急箱を持っている銀時が座っていた。

それだけで十分何事かと思ったが、客間に倒れている「もう一人」を見て更に驚愕する。

これでもかと銃弾を打ち込まれ木刀で上顎を吹き飛ばされた原型の分からない首が、銀時と同じ格好の胴体にくっついた身体。

あちこちに部品と思しき螺子やバネ、金属破片を撒き散らして何も言わず寝室に倒れていた。


「うるさいな…若いうちからそんなツッコミ慣れてると山崎みたいになるよ。

 黙って納得しな。こっちだって全部把握できてるわけじゃないんだから」

「山崎さんみたいにって何ですか!黙って納得するのは重たすぎますよ!?」

倒れていない方のソファーに座り、神楽に手当を受けながらは面倒くさそうにそう言った。

「そうアル新八。あそこに転がってる銀ちゃんが何よりの証拠ネ。

 ほらなんか足も臭そうだし、の記憶に忠実そうアル」

「え、お前に足の臭い嗅がせたことなんかあったっけ」

「オッサンの足なんてみんな臭いと思ってますから、もしかしたら近藤さんと混ざっちゃったのかもしんないですね」

「おいやめろよゴリラの体臭と一緒にすんな。確かに素足にブーツって危険だけどもだ、」

「そうじゃねぇだろうがああああ!!!これからどうすんのって話ですよ!!完全に万事屋もターゲットにされてるじゃないですか!!」

いつの間にか体臭の話に逸れてしまったので新八が再び大声を出す。

「しょうがねーだろうが。たまに聞こうとしたらあいつババァのお使い行ってるって言うしよ。

 あんなモン下手に外に持ち出したりしたらそれこそ大事になんぞ」

自分の椅子に座りぐるぐると回って鼻をほじりながら銀時が言う。

「このことゴリラたちに教えなくていいアルか」

「うーん…あ、ありがと。これで大丈夫」

の肩口で包帯を結ぶ神楽に礼を言ってワイシャツを羽織る。


「記憶に残らないように報告する方法って、あると思う?」


机に足を乗せる銀時と救急箱をしまう神楽、の前に立つ新八は顔を見合わせた。

「そうか…相手は記憶をコピーするからさんが報告したことを近藤さんからコピーされたら
 
 先手を打たれてしまうわけですね」

「そう。わかりやすい説明をありがとう」

はボロボロの隊服に袖を通し、内ボタンを留めてため息をつく。


「最悪先手打たれてもうちの隊士なら全員ブン殴って確認するからいいんだけど…

 一般人や閣僚となるとそうはいかないから厄介なんだよね」

「私たちは大丈夫アル。なっ新八!」


神楽はそう言って右手で新八をぶん殴り、左手の人差し指と中指を自分の鼻に突っ込んで

わざわざ二人分の血をお披露目してくれた。

もっと他の確かめ方あるだろォォォ!?と鼻血を出す新八には苦笑しながらティッシュを渡す。


「…ありがと。アンタらのコピーとは二度と戦りたくないしね」


神楽にもティッシュを渡し、見通しのよくなった寝室に転がる人型を見る。

すると表のインターホンが鳴った。

「はぁーい」

新八は受け取ったティッシュで鼻血を拭きながらぱたぱたと玄関に走っていく。

草履をつっかけて戸を開けるとたまが立っていた。

「たまさん!待ってたんですよ!」

「お登勢様から銀時様が私を探しているとお聞きしたので参りました」

「どうぞどうぞ、今ちょっと散らかってますけど」

本当に散らかっているので謙遜でもなんでもない。

下駄を脱いだたまは客間まで歩いてくると真っ先にを見た。

様、先程町で山崎さんにお会いしました」

「山崎?」

「はい。様の行方を知らないかと尋ねられたのですが…ここにいらっしゃったのですね。

 引き返して知らせてきます」

「あーいやいや!いいよ!放っておいて!」

くるりと踵を返すたまの腕をはがしりと掴む。


「ですがとても心配していらっしゃいましたよ。丸2日も屯所に戻ってないと…」


そうか、拉致られてもう2日も経ったのか。

船の中はほとんど窓がなかったから時間感覚が狂っていたし、自分がどの位気を失っていたのかも分からない。

事件は何か進展があったのだろうか。

「ちょっと今は組の連中に会えない理由があるんだ。座って、ちょっと話聞いてくれる?」

が苦笑しながらそう言うと、たまは無表情のままきょとんと首を傾げた。




同時刻・真選組屯所


「山崎戻りました」


聞き込みから戻った山崎は締め切られた広間の前にしゃがみ、中に向かって声をかける。

しばらくして障子が開いたと思いきや、中の近藤がようやく片目と鼻が見える程度に顔を覗かせた。

「…戻ったか。本庁の見張りは?」

「今は正門と裏門のみです」

「よし、入れ」

大きく障子を開け、山崎が中に入ったのを確認すると周囲を見渡して再び障子を閉めた。

広間は明かりが消され、山崎と同じ監察方の隊士がパソコンを数台起動させている。

松平や土方がその画面を覗き込んでただならぬ空気が立ち込めていた。

「山崎、どうだった聞き込みの方は」

入ってきた山崎に気づき、土方が顔を上げる。

「駄目です。かぶき町に絞って聞き込みましたが、ちゃんの目撃情報はありませんでした」

「ちッ…次から次へと面倒なことが増えんな…」

「そっちはどうですか。携帯のGPSで位置割り出せました?」

山崎はパソコンに向かう隊士の横に正座し、画面を覗き込む。

「さっき漸く探知し始めたところだ。さっきまで全く電波拾えなくてな。

 天人に連れ去られたんなら上空にいたっつーことも考えられるだろうが」

そう言って土方が吐き出した煙草の煙が締め切った部屋に充満する。

「だが探知し始めたってことはあいつが携帯を持って動けてるということだ」

「無事かどうかはさておき、とりあえず生きてるっつーことですね」

傍にいた近藤と総悟もそう言ってパソコンの前に腰を下ろした。


「探知完了しました!座標送ります」


後ろにいた監察方の声と同時に4人が見ていたパソコンにも江戸の航空写真が送られてきた。

4人は身を乗り出し、徐々に絞られていく範囲を見つめて同時「ん?」と眉をひそめる。


「…ここかぶき町じゃねぇのか」

「しかもこの辺りって確か…」



「事の経緯は全て把握しました。やはり人のデータを記憶することのできるカラクリだったのですね」

の説明を一通り聞いたたまは寝室に転がるカラクリをまじまじと見つめながらそう言った。

「私もここまで精密なカラクリを見るのは初めてです。

 増して触れるだけで直接人の記憶をコピー出来るなんて聞いたことがありません」

「いや、たまさんアンタもただのお掃除ロボットにしては十分精密だと思うけどね。

 どう?パッと見てなんか分かりそう?」

は客間のソファーの座ったままたまの後ろ姿に向かって声をかける。

「残念ですがこのカラクリは既にメインシステムがダウンしています。一度源がモガ」

「ぼ、僕たち知り合いに心当たりがあるのでこれお借りしてもいいですかね!?」

指名手配中である源外の名前を出しかけたたまの口を銀時が慌てて塞ぎ、

お茶を淹れていた新八が走ってきて口を挟む。

「一応重要証拠…っつってもあたしが今警察として動けないから何とも言えないけど…信用出来んの?」

「オイオイ勝手に姿借りられて家ぶっ壊されて変なことの巻き込まれてその言い草ねーだろ。

 こっちは別にバラして不燃ゴミの日に出したっていいんだぞ」

「前回のカラクリのクーデター以降取締が強化してんのアンタも知ってるでしょ。

 そんなことしても逆に幕府からどこで作ったモンだ、使用目的は何だって聞かれてたまさんの存在も危うくなりますよ」

カラクリの足元で胡座をかく銀時と、ソファーで足を組むは数秒睨み合う。

最初にため息をついて視線を逸らしたのはの方だった。


「…疑ったのは謝ります。けど何度も言った通り、奴らは人に触ることでその人の記憶を読み取ります。

 旦那、アンタもこいつと戦り合ってる最中こいつに触りましたよね?」

「それが何だっつーんだよ。こいつもうブッ壊れてんだろ?」

「全部で何体いるのか知りませんが、こいつらは全体で読み取った情報を共有できるんだと思います」


そう言ったは総悟と別れた後、拉致られる前に出会った「近藤」のことを思い出した。

あの「近藤」は山崎が国道沿いの定食屋から聞いたことを知っていた。

今になって思えばその話を聞いた定食屋の店主が既に「本物」ではなかったのかもしれない。


「複数いるんなら個々が読み取った情報を全体に広めるシステムがないと記憶の辻褄合わなくなりますからね。

 幸い、あたしが旦那に情報を教えたのはあいつを壊した後です。今の段階で先手を打たれることはありません」

「銀ちゃんの記憶なんて大したモンじゃないアル。今朝のうんこの形とか、さっきトイレでかましたゲロの色とか、なんかそんなんヨ」

「どうでしょうねぇ」


神楽の言葉を否定し、はもう一度銀時を見る。


「旦那の記憶引っ張り出してきたらちょっと今相手にしたくない危な〜い奴ら、出てきませんか?」


寝室に転がっている「銀時」を運ぶ準備をしていた銀時はを振り返って目を細めた。

「…それどういう…」

銀時が反論しかけたその時、の携帯の着信音が鳴った。

がポケットから携帯を引っ張り出すと案の定、画面には見慣れた番号が映し出されている。

「…まいったな」

「近藤さんですか?」

「うん。どうしよう、まだどう説明するか考えてないんだけど」

「と、とりあえず出た方がいいんじゃないですか…?たまさんの言った通り、きっと皆さん心配してますよ」

新八に促され、う〜んと渋りながらもは通話ボタンを押した。


「はい、もしも『何で連絡をよこさねぇんだ!!』


懐かしい声がこれまでにない大声で電話越しに怒鳴る。

思わず携帯を耳から離し、こめかみを押さえた。

それは音漏れしてその場にいる万事屋の連中にも聞こえたらしく、

銀時と神楽はざまぁみろと言わんばかりに口を押さえてこちらを指差してきた。

「…近藤さん、連絡しなかったのはその、…すいません。ちょっと出来る状況じゃなくて…」

『怪我は!?誰に拉致られた!奴らは!?傍にいるのか!?』

「いっぺんに言わないで下さい。怪我はしてますが元気です。今は…」

『万事屋にいんだろ』

うわ。と思わず声が出そうになった。

話は通じやすいが融通の利かない相手に変わってしまった。

「…ひ、土方さん」

『こっちの電話に出ねーで何でそんなとこいんだ。随分余裕だな?テメーがいなくなって

 こっちがどんだけ大変だったか知ってんのか?あ?』

元々声の低いこの男が終始一定のトーンでこう言う時は相当御冠の時だ。

『こっちはな、あの官僚に嫌味言われるわ将軍に申し訳が立たねーって松平の親父に怒られるわで散々だったんだよ。

 総悟と分かれて一回も連絡寄越さなかったのにはそれなりの理由があるんだろうな?

 なかったらマジでオメーブタ箱逆戻りだぞ。その辺分かってんのか?あ?』

「…あの、はい。戻ったら始末書なり減給なり拳骨なりなんでも受けるんで…ちょっとあたしの話を……」

は頭を押さえながらそう言いかけたところでふと思いとどまった。


「すいません、総悟に代わって下さい」

『あ!?テメー人の話聞いてんのか!?そもそも何で万事』


ブチッ


要領を得なくなってきては土方の説教を聞かずに通話を切る。

そしてすかさず総悟の携帯番号を呼び出した。


「…何してんだお前。土方さん相当ご立腹だぞ。帰ってきたら覚悟…」

『あたしが今から言うこと、全部「うん」とか「へー」で受け流して聞いて』


土方の怒鳴り声を背に電話にでた総悟はの言葉を聞いて眉をひそめる。


『近藤さんと土方さんには直接話せない。大事になるとまずいし、最悪アンタならどうにかなりそう』


物凄い形相でこちらに歩いてくる土方を躱し、聞き耳を立てる近藤を押さえながら総悟は「続けろ」と言った。

広間の隊士が全員注目する中、総悟はの言葉通り「うん」とか「へぇ〜」と適当な相槌を打って通話を続けている。

携帯を奪い取ろうとする土方に鼻フックをかまし、耳と肩で携帯を押さえたまま卍固めを仕掛けた。

携帯越しのも土方の怒鳴り声を近くに聞きながら完結に現状を説明する。


「-----分かった。そう伝えとく」


時間にして3分少々だろうか。

総悟はそう言ってあっさりと通話を切った。

「うおおおい何で切るんだ総悟!!は!?あいつ何て言ってたんだ!?」

「これから戻るんで心配しないで下さいって。あと酒井に連絡つけといて下さいとのことです」

「あァ!?何だって今更あの役人に会わなきゃなんねーんだよ!!」

に途中で電話を切られた土方はいつもに増して大きな声で怒鳴りながら総悟に詰め寄る。

「あのバカなりに考えた結果でしょう。どう転ぶか分かりやせんが、今のこの状況じゃそのバカの話に乗るしかなさそうだ」

総悟はそう言って閉じた携帯をスラックスのポケットに押し込む。


「待ち合わせ場所は、江戸城だそうですよ」


近藤と土方はしかめた顔を見合わせ、パソコンの画面に映っているかぶき町の航空写真を見つめた。



「どうして沖田さんにだけ話したんですか?」

通話を切ったに新八が問いかける。

「一番顔に出ないし、あいつ頭空だから。記憶コピーされたところであんま支障ないかなって」

「いや沖田さんに化けられたらそれこそ厄介なんじゃないんですか!?」

「それなんだけどさ」

ソファーに座っていたはすっくと立ち上がり、寝室に転がっている「銀時」を見下ろした。

「コレがコピーできるのはあくまで人の脳の記憶なんだ。対象が寝てたり、気を失ってる時はコピー出来ないって聞いたから。

 眼鏡くんは戦う時「あ、これ道場で習ったやつだ」とか「こいつこないだ戦った奴と戦い方が似てるからあの戦法でいこう」とか考えてる?」

「いえ、僕は正直全く…あ」

そう答えたところで新八はの言わんとしていることに気づく。

「何代も続く伝統道場とか軍隊でもない限り、戦い方なんて肉体の記憶だからね。

 例え脳が記憶してても体は動いてくれないし、逆に脳が記憶してないことも体は覚えてたりする」

「だからこいつもあくまであたしが記憶している旦那の戦い方をコピーしただけで本物とは程遠い。

 まァ鉄の塊なんで肉弾戦に持ち込まれると厄介だけど、猿真似するだけの機械と思えばさほど驚異にはならない。

 要するに頭で考えて戦ってねー奴ほどコピー出来ないってことです」

はそう言って床に散らばっている螺子を一つ手に取る。

「…なんかすげー馬鹿にされた気分なんだけど」

「最初に幕吏を殺したカラクリは恐らく、隊士の誰かの記憶からあたしの戦い方を真似たんでしょう。

 身内が見てもあたしだって分かるようにわざわざ癖を見せびらかして。ご苦労なこった」

怪訝な顔をする銀時を無視して螺子をぽいっと放り投げ、カラクリに背を向けて大袈裟にため息をついた。

「そいつのことはアンタらに任せます。くれぐれも他の人間の目に留まらないようにして下さい」

「あ、もう行くんですか…?」

「うん。すぐ戻るって行っちゃったし、他にもちょっと声掛けたい所あるからのんびりしてらんないや」

ソファーの背もたれに立てかけていた刀を腰に差しらはそう言って銀時を振り返る。


「旦那。最後に一個だけ、頼まれてくれませんか?」

 


To be continued