狗吠-11-






数十時間ぶりに江戸の地を踏むは、人目を裂けて歩きながらこれからどうしたものか考えていた。

肩の銃槍は痛いし頭の擦過傷も地味に大きい。

本来ならすぐに屯所に戻るべきなのだろうが…


(…それは多分、まずい)


隊服のポケットから携帯を取り出し、着信履歴を見る。

近藤や山崎から30分置きに着信が入っていた。

恐らくまだ自分を探しているだろう。


(もしまた奴らが隊の誰かに化けて潜り込んでいたとしたら、今ここであたしが戻って

 真相をあれこれ漏らすのはまずい)


神威から聞いたカラクリの性質

そのプログラムの雛形が自分であること

それらをいち早く近藤たちに報せなくてはならないのだが、それが奴らの耳に入れば先手を打たれてしまう。


「…どうしたもんか」


ターミナルを抜けて何となくかぶき町までやってきた。

ここはいつでも人通りが多いし、毎日なにかしら騒動が起きているから隠れて歩きやすい。


(…ここまで来たらやっぱり)


目指すは一箇所。

準備中のスナックを横目に鉄階段を登って玄関の前に立つ。

チャイムを押す前に上から周囲を見渡したが真選組隊士の姿は見つからなかった。

チャイムを押し、家主が出てくるのを待つ。

押して10秒ほどしたところで奥から足音が聞こえてきて、戸が開けられた。


「…何だお前。何しに来たの」


頭を掻きながら明らかに寝起きという顔でを見下ろす銀時。

「お邪魔します」

「あ、ちょっ…何だっつーの!」

はその横をすり抜けて中に入り、玄関でブーツを脱ぐ。

銀時は舌打ちをしながら戸を閉めた。

部屋の奥まで行くといつもいるはずの新八と神楽の姿がない。

「他の2人は?」

「新八はライプ。神楽はお妙とどっか行った」

「ちッ…呑気なもんだな…旦那、サラシか包帯あります?できたら消毒液的なものも」

は客間のソファーに腰をかけ、隊服を脱いでワイシャツ姿になった。

「…どうしたその傷」

「一悶着ありまして。ついさっきまで江戸上空にいたんです」

シャツの下もキャミソールだから別にいいか、と血まみれのシャツを脱いで銀時から救急箱を受け取った。

肩の傷に消毒液をぶっかけると流石に沁みて顔をしかめる。

「手当したらとっとと帰れよ。自分で何とかするっつってただろうが」

「まぁそう言わずに。下のスナック、人います?たまさんに聞きたいことがあるんですけど」

一緒に入っていたガーゼを適当に何枚かとって傷口に当て、包帯の端を口で咥えて肩に巻き始めた。

「さぁ、今日はまだ外出てねーからな」

「じゃあ勝手口教えて下さい。今は人目につくとまずいんで」

頭の傷には絆創膏を貼り、かなり大雑把な応急処置をして救急箱を閉める。

「悶着あったってことは何か分かったのか?」

救急箱を棚に戻しながら銀時が口を開いた。

「ええ。そのせいでちょっと屯所に戻りにくくなっちゃって。早く戻って報告したいのは山々なんですけど」

「なんだそれ面倒くせーな…やっぱお前、」



「ここで死ねよ」




完全に気を抜いていた背後から物凄い勢いで木刀が飛んできて、

は咄嗟にソファーの下にしゃがみ込んだ。

「…ちッ!」

そのままの姿勢でソファーの足を思い切り蹴飛ばし、相手に当てようとするが飛び越えられてしまう。

ソファーがぶつかった棚から物が落ちてきて床に散乱し、

軽々とソファーを飛び越えた「銀時」は木刀を拾って再びの前に立った。


「…なるほどね…今度はこっちか」


立ち上がり、刀を抜くの額に冷や汗が滲む。

「人間不信になるぞ、これ」

構えたはいいが相手には刀も爆薬も通用しないことは分かっている。

春雨の戦艦に潜入して様々な情報を得られたのはよかったが、肝心な破壊の方法を入手できなかった。

考える暇もなく「銀時」は両手で振りかぶった木刀を勢いよく振り下ろしてきた。

しゃがんだの真上を通過した木刀は後ろのソファーと棚を粉砕する。

は床にしゃがんだまま右足を振り上げ、「銀時」の顎下に膝蹴りを叩き込んだ。

ゴッ、と物凄い音が響いたが、手応えはない。

「…ですよね」

苦笑いを浮かべるをよそに銀時は顔面に叩き込まれた足を掴み、小柄な体を廊下の方へ放り投げた。

受身をとりながら廊下に転がったが再び構えようとするが遅い。

「っ」

素晴く距離を縮められ馬乗りにされてしまった。

間髪入れず顔面に木刀が迫る。

「こッ…の…!」

なんとか両手で掴んだが長くは持たない。

この状況を打破する方法を考えながら、はふと神威の言っていたことを思い出した。


『対象物の記憶をコピーしてそいつの知り合いや今まで会ったことのある奴に化けることが出来る』


(…つまり、この旦那もあたしの記憶の中の旦那だってことだ)


記憶を元に作られたのなら、その記憶が曖昧ならば実物とも誤差が生じるということ。

万事屋の連中とはなんやかんやで顔を合わせる機会が多いから外見は間違いないのだろうが、

戦闘力という点ではそうはいかない。


(旦那が戦ってんの見たのって…あたしが喧嘩ふっかけた時と…前回の安東の一件くらいだし…)


つまり


「うィー今帰ったぞぉー」


結論を出しかけたその時、廊下の先の戸が開いて、家主が入ってきた。

「…んだ誰もいねーのか…出かける時は戸締りしろってあれほ…ど……」

二日酔いなのか少しふらふらしながら玄関の壁に手をかけ、ブーツを脱いだ銀時はそこで硬直する。

廊下の真ん中に住人ではない男女が2人。

キャミソール姿のを押し倒して木刀を振りかざしているのは、自分だった。



「何してんだ俺ええええええええええ!!!!」



「駄目だよ!!いくら最近ご無沙汰だからって警察で未成年は駄目だよ!!!転落人生だよ!?」

玄関に上がってきた銀時はブーツを片方引きずりながらと「銀時」を指差す。

「言ってる場合ですか旦那!」

の怒鳴り声で我に返った銀時は舌打ちをしながら腰の木刀を抜く。

「俺の顔して好き勝手やってんじゃねーよ!!」

抜いた木刀をブーメランのように投げ飛ばし、「銀時」はそれを避けながら後ろに飛び退いた。

はすかさず起き上がって自分の刀と銀時の木刀を拾う。

「つーか何でお前ここにいんの!?」

「説明は後です。あたしじゃあいつに対処出来ない。何とかしてください」

「丸投げすんな。おめーらの方が詳しいんだろうがおめーが何とかしろ」

は「銀時」に注意を払いながらもう一方の銀時に木刀を渡し、肩の傷を押さえる。


「あの旦那は、あたしの記憶の中の旦那です」

「は?」


「あたしの記憶を元に作られた坂田銀時ですから、あたしの記憶以下にも以上にもなりません。

 つまり、あたしが常にアンタには勝てないと思ってる以上あたしはあいつを壊すことは出来ないんです」


「銀時」を睨みながら難しいことを言うを見下ろし、銀時も難しい顔になる。

「…言ってる意味が分からないんですが」

「今は分からなくていいです。今のアレを壊せるのはあんただけだってだけ分かって貰えれば」

なぜか敬語になる銀時には目もくれず、剣術では勝てないと判断したは刀をその場に突き立てる。

銀時は「おい床に刀刺すな」と眉をひそめながらその横顔を見下ろし、悠長にも左手で後頭部を掻いた。

「なんだその「お前なら既に過去の自分を越えて新しい自分になっているはずだ!」的な少年漫画の成長録は」

「旦那ジャンプ読者なんだから、そういう展開好きでしょ?」

いい加減黙って会話を聞いていることに痺れを切らした「銀時」は床を蹴って2人に向かってくる。

銀時も木刀を左腰に構え、重心を低くして右足の踵を浮かせた。


「違ぇねぇ」


小さな木片が飛ぶほどの木刀同士の衝突。

「つってもなァ、この年になるとあらゆる面で成長もクソもねーよ…!」

「機械は正直ですから、大丈夫です!」

は木刀を押し合う二人の間に潜り込み、床に両手を着いて飛び上がりながら相手の顔面に足を叩き込む。

直撃はしたがやはり手応えがない。

だが力が緩んだ隙に銀時がすかさず相手の腹を蹴飛ばし、も刀を抜いて2人同時に突っ込む。

客間横の襖を倒しそのまま押さえ込もうとしたのだが、

倒れながら脚を曲げていた「銀時」はに押さえられる前にその腹を思い切り蹴飛ばした。

は客間の半壊した棚に突っ込む。

「、おい…!」

思わずを振り返った銀時に「銀時」の右拳が迫る。

咄嗟に木刀で防いだが、剛鉄の拳を押さえる木刀はめきめきと音を立てて今にも折れてしまいそうだ。

「…っとに…自分の面とこんなに顔合わせてんのがしんどいとは思わなかったな…!

 オイ!ホントにこれ俺が壊せんのかよ!?」

拳を押さえながら銀時は後ろで倒れているに向かって声をかける。

「…大丈夫ですよ」

はむくりと顔を上げ、口を開く。


「少なくともあたしは、同じ相手に2回もやられてあげる程優しくないので」


木刀を掴みながら起き上がろうとした「銀時」はそこで初めて自分の足の異変に気づいた。

左足の脛がいつの間にか刀で床と串刺しにされている。

「旦那、伏せて下さい」

「は?…っうぉッ!!!」

背中に手を回しショートパンツのウエストに引っ掛けていた銃を取り出したは、

銀時が完全に伏せるのを待たずに「銀時」の顔面目掛けて発砲した。

弾丸は銀髪をかすって「銀時」の額に命中する。

二発、三発、四発と間髪入れず連射していくうちに皮が破れ、中の機械が剥き出しになって煙が上がってきた。

「何ぼさっとしてるんですか!早くトドメ刺してください!」

「…顔面撃たれて死にたくはねぇなぁ…おい」

火花を散らしながら異常な機械音を出す「銀時」に苦笑しながら、銀時はその顔面に木刀を勢いよく振り下ろす。

ゴギン、と鈍い音がして、焦げ付いた顔面は上顎と下顎で完全に真っ二つになった。

瞳の人工的な赤い光が消えると、既に「銀時」とは言えないその機械は動かなくなってしまった。

「…いやまじ…なんなの。自分の顔こんなメタメタにして…気持ち悪いんだけど…

 せめて俺じゃない顔で死んでほしかったんだけど」

鋼の歯のようなものが床に散らばり、上顎や耳の付け根から飛び出る配線は人の臓器でないにしても気味が悪い。

銀時は立ち上がって客間に歩いてくると座り込んでいるに手を貸した。

「結果オーライです。あれをたまさんに見せればまた何か分かるかもしれないし。あー…また余計な怪我増やした…」

「つーかその銃ありゃ最初からそれで壊せただろ」

「銃だけじゃ無理です。それにこれさっきまでいた船からパクってきたやつなんで。

 さすが天人製は威力が違いますね」

弾がなくなった銃をその場に捨て、銀時の手を借りてなんとか立ち上がる。

もう肋骨なのか鎖骨なのかどこが折れているのか砕けているのか分からなくなってきた。


「とりあえず、もっかい救急箱貸してくれませんか?」



To be continued