だれも知らないことば






「…あつい」


暑い暑いと言うと更に暑く感じるから、

こういう時は逆に「涼しい」と言うといいかもよ。

…という馬鹿げた言葉がある。


「暑い暑い言ってるから暑いアル。逆に涼しいって言ってれば少しは気持ちが楽ね」

「……………」


独り言のつもりだったのに、横に座っていた部員からまさかその馬鹿げた言葉をお見舞いされるとは。


「…劉くん、「涼しいアル〜」って言ってみ?」

「涼しいアル〜」

「…涼しい?」

「暑いアル」


・・・・・・


「…暑いね」

「うん」


こうして黙って座っているだけなのに額に滲む汗が前髪をベタつかせる。

数分前に汗拭きシートでちゃんと拭いてすっきりしたと思ったんだけどな…

「中国って、夏涼しい?」

「暑いアルよ。ここより湿気もあるし」

「マジか。秋田も結構湿気ある方だと思うんだけど」

「冬もここよりクソ寒いアル。雪はここほど降らないけど」

「雪はまぁ…しょうがないよ。ここ雪国だし」

暑さでぼーっとしていたが、そういえばメンバーのシュート数と成功率計算してたんだった。

見逃していたけど、横から劉くんが「さっきアツシ1点入れたアル」と言ってくれたので

紫原くんの名前のチェックを入れた。

ボールペンを持つ手が汗ばんでいてぬるぬるする。

あー早く帰ってシャワー浴びたい。


「…身長が高いと、普通の人より太陽に近いから暑そう」


コートを見ながらぼそりと呟くと、隣の劉くんは切れ長の目を丸くしてこっちを見た。

「そういう言い方されたの初めてアル」

「そう?私割と昔から思ってた」

劉くんの顔を見上げているうちに今度は福井くんがシュートを入れた。

ボールペンを握り直してまたチェックを入れる。

「んで、うちらはその陰に入って歩いてれば涼しそう」

「人を日除けに使うなアル。デカイのも楽じゃないアルよ。

 日本の服も靴もサイズが合わない、建物はどこもかしこも入り口に頭ぶつかるし」

「日本は嫌い?」

「嫌いだったらこんな田舎でバスケしてねーアル」

タオルで汗を拭きながらぶっきらぼうに言うから、「そっか」と笑うと「そうアル」と念を押された。


「わっだりかだいいなぁ」

「わったりかたい?」

「先輩たちに聞いてごらん」

「…秋田弁は未知の世界の言語アル」

「秋田馬鹿にすんな。列記とした日本語だぞ」


その訛りが可愛いって最近方言女子とか言うしね?

「万里の長城何回行った?」

「…サン中国人はみんな万里の長城行ったことあると思ってるアルか?」

「え、違うの?」

「違げーアル!日本人がみんな富士山登ったことあると思ってるくらい有り得ねーアル!」

「それは有り得ねーアルな」

しまった口癖移った。

「いいなー中国。行きたい。本場の中華料理食いたい。

 っていうか劉くんの家で中華料理ごちそうになりたい」

頬杖をついて再びコートに目を向けながら言うと、

またもや劉くんが目を丸くして今度はややオーバーにこっちを見てきた。


「なに?」

「…それは困るアル」

「何で?ご両親日本人嫌い?」

「いや、そういう意味じゃなく…」


あれ、急に家に行ってみたいとか言ったから引かれたか?

確かに中国は近くて遠い国とか言われるくらい文化違うらしいけど。


「…女子連れていくと…情人だと思われて家族に紹介しなきゃならないから…」

「なに?ちゅんれん?」


彼は日本語が上手だけど、あまり日常で使わない単語はところどころ中国語になる。

そして中国語だけやたら発音がいいから(当然だ)聞きとるのも一苦労だ。

首を傾げたところで横に椅子の横に立っていた監督がゲーム終了の笛を吹いた。

「劉、氷室と交代だ。入れ」

「はい」

「あ、ちゅんれんって何!」

「デケー声出すなアル!」

立ち上がってそのままコートに行ってしまいそうになったから慌てて聞き直したら、

いつもの切れ長の目を更に吊り上げて怒られたから渋々黙った。

耳真っ赤にするほど恥ずかしい言葉を私に浴びせかけたのかこの毒舌留学生は。

岡村くんと福井くんの監督不行届だぞ。

入れ替わりで氷室くんが戻ってきて私の隣に腰を下ろす。

「お疲れ」と言って新しいタオルと彼のスクイズボトルを手渡した。


「ねぇねぇ氷室くん、中国語でちゅんれんってどういう意味?」

「ちゅんれん?ゲームのキャラクターじゃないんですか?」

「氷室くんそれチュンリーだ」


英語なら得意なんですけど、と苦笑氷室くんに「そりゃそうだよねー」と返した。

秋田弁に中国語に英語が飛び交うチームなんてグローバルでインターナショナル過ぎるだろう。


「ねーねー、秋田弁でわったりかたいなってどういう意味アルか?」

「割ったり硬いな?何じゃそれは」

「そんな方言ねーよ。オメー秋田馬鹿にすんのもいい加減にしろ」

「してねーアルサンがそう言ったアル!」

「いいから劉ちんさっさとポジションついてくんない」




ああもう何が何だか

どうにもこうにも伝わらない





猛烈に唐突に書きたくなった劉くん。
言葉の壁っておいしい。
わっだりかだい=すげー格好いい
情人=恋人
中国は恋愛も割とオープンで家族ぐるみでヒャハーするってのを見たので。