今日は土曜日

学校は休み。

だがはいつものスーツ姿で隣町の高校まで来ていた。

菓子折を抱え、不安げに校舎を見上げる。


(…きれいな校舎)


実際は創立何十年も経っている学校なのだろうが、自分の勤める学校と比べると

まるで新築の建物のようにぴかぴか輝いて見える。

ラッカースプレーの落書きも、タイヤの跡も、割れた窓ガラスも見当たらない。

昇降口前にはバイクも停まっていないし、周りに変な血の跡とかもない。

から見れば泣けるほど羨ましい、至って普通の綺麗な校舎だ。

両腕に抱えた菓子折りをぎゅっと握りしめ、職員出入り口から校舎に入った。





いくさばバンビ-休日編-





事前にアポはとっていたので、事務室で話をするとすぐ職員室に案内された。

休日の学校はとても静かで、校舎の裏にあるであろう校庭から部活中の生徒の声が聞こえてくる。

夜兎高にも一応部活動というものがあるが、誰も部活動をしないので

校舎から元気な運動部の声なんかは聞こえてこない。

階段を上りながら踊り場で校庭を眺め、ははーっと深い溜息をつく。

「…いいなぁ…私も部活の顧問とかしてみたい」

大学時代はテニスサークルに入っていたから、教師になったら女子生徒にテニスを教えたいなぁ…

なんてぼんやり思っていた。だがそれも夢のまた夢。

「うちのクラスにテニスとか教えたら殺人競技になるな…」

ぼそりと呟いて2階に上がり、職員室の前に立った。

一度深呼吸をして、ドアをノックする。

返事はなかったが休日出勤している教師が少ないということだろう。

は構わず「失礼します」とドアを開けた。

広く綺麗な職員室。天井からぶら下がったプレートで1年から3年の机が分けられている。

一番奥の3年生の机に、こちらに背を向けて座っている銀髪頭が見えた。

はもう一度「失礼します」と一礼して中に入り、先輩教師の机に近づく。


「銀八先輩」


声をかけると、白衣姿の男性教師は椅子ごとぐるりと振り返った。

「ああ、来たか。菓子折りちゃんと持ってきただろうな?」

「…はい…」

先輩教師は相変わらず覇気のない顔で後輩を出迎えた。

机には採点途中のテスト用紙が見えたのでどうやら休日返上でテストの採点をしていたらしい。

まぁ座れよ、と隣の机の椅子を引かれたのではバッグを下ろして彼の隣に座る。

「あの…ほんとすみませんでした」

座ったまま頭を下げると同時に持ってきた菓子折りを差しだす。

有名な某デパートの高級プリン。

本当なら自分への御褒美として買いたかったのだが、

自分の教え子が先輩教師の教え子に喧嘩を売り、更に仲裁に入った先輩に怪我までさせてしまっては

高級プリンで許しを請うしかない。

「歯ァ折れるまではいかなかったけどよーお前んとこマジどうにかした方いいんじゃね?」

「すみません…あの、うちの生徒が喧嘩売ったっていうこちらの生徒は…」

「あいつはどうでもいいよ。楽しそうだったし」

銀八はそう言って頭を掻き、再び机に向かう。

としては全くどうでも良くないのだが、今校内にその生徒がいないのだから謝罪のしようがない。

「まぁうちの高杉もアレだからな。オメーも大変だな。

 赴任早々あんな問題校たァ」

同情するよ、と早速持ってきたプリンを箱から出してラベルを剥がし始める。

備え付けのプラスチックスプーンを破りながら、6個入りのプリンの1つを差し出してくれた。

「…最近は慣れてきちゃいました」

自分も食べたかったので遠慮せず受け取る。

スプーンで一口すくって、銀時は怪訝な顔でこちらを見てきた。

「…慣れてきたってお前…」

「赴任早々教室に石が飛んできたり、生徒に生姜焼き定食奢ったり、

 他校との喧嘩に巻き込まれたり、生徒にAランチ奢ったり、

 授業が花見になったり、生徒にマック奢ったり」

「…奢ってばっかじゃね?お前それ完璧ナメられてんじゃね?」

「背に腹は変えられません」

はそう答えてプリンを口に運ぶ。

生徒にご飯を奢って危険を回避できるなら安いものだと割り切ってしまった。

「郷に入っては郷に従えって言いますし」

「いや従ったらマズイだろ。何だ?ヤ●クミ目指すつもりか?」

もプリンのラベルを剥がしながら「まさか」と苦笑する。

「私はどう足掻いても普通の教師なので…やっぱり普通に彼らと接するのが一番かなって」

「…ごめん日本語がよく分からないんだけど」

既にプリンを完食した銀八は更に怪訝な顔でこちらを見てくる。

どこまでも普通を愛し、普通の学校生活を夢見る普通の教師は、

赴任早々普通の枠から外れてしまったために今の壮絶な学校生活が「普通」になりつつある。

銀八は呆れを通り越して憐れみの目を向けてきた。

「言われてみりゃなんかお前、貧相になった気がする。

 いや昔から貧相な体だったけど、更に貧相になった気がする」

椅子に座るの足元から頭まで満遍なく見て、可哀相なものを見るような目でそう言った。

暗に「痩せた」と言ってくれているらしい。

「最近お昼は学食奢りすぎて自分は豆パン1個だったりするんで…

 夜は遅いし疲れてご飯作る気力もないから食べないで寝ちゃったり…

 職員室でおやつ食べてると生徒が入ってきて盗られちゃったり…」

「もういい…なんか泣けてきた…」

最近の悲惨な食生活を淡々と語っていると銀八は目頭を押さえて頭を下げる。

「何だこれ…俺お前説教するために呼んだんだけど…?

 何でお前の苦労話聞かされて泣かなきゃならないのこれ…」

「先輩、泣かないで下さい」

泣きたいのはこっちです、と隣の机からティッシュを取って差し出す。

「…お前、この先やっていけんの?」

ティッシュを受け取って鼻をかみながら横目でを見る。

「やっていくしかないですよ。教師って職に夢見過ぎてたんでちょっと本腰入れないと。

 割と命懸けだし」

「いや、普通にやってりゃ命張ることもそうそう無い……まぁいいか…」

何はともあれやる気になっているのはいい事だ。

水を差すのはよそうと銀八は頭を掻く。

「俺このテスト採点したら帰るから、飯でも食いに行くか」

「ほんとですか!?やった!」

はぴょんと姿勢を正し「手伝います」と言ってテストの答案用紙を半分持っていった。

まぁ彼女も一応現国の教員免許を持っているわけだし、手伝わせておけばいいかと

銀八も赤ペンを持って机に向かった。

「…お前さぁ、授業どこまで進んでんの?テストは?」

軽快なリズムで赤ペンを走らせながら銀八が口を開く。

「まだ予定の半分くらい…授業っていうか、私が教科書読んで勝手に進めてるだけなんで。

 テストは形だけしましたけど、全員白紙だったから採点する手間省けました」

「そりゃいいな。楽そうで」

「楽ですけど、学年主任から地味に圧力かけられて面倒ですよ。

 とりあえず全員留年だけは避けないと…」

おぉー90点、凄い。と採点を終えた答案用紙を眺めて一息つく。

そういえば正式に教師になってから真面目にテストの採点するのは初めてだ。

白紙の答案用紙はチェックが楽だが、全員の答案用紙に「0点」と書かなければならないのが面倒だ。

「うちのクラスも馬鹿ばっかだけど平和だしな…

 事件っつったら女子のリコーダーが盗まれたことぐらい」

「平和ですねーうちのクラス女子いないしな…女の子と喋りたーい」

最近最後に喋った同姓といったら食堂のおばちゃんだ。

夜兎高は男子高というわけではないのだが、女子生徒が極端に少ないので

校舎を歩いていても遭遇する確立自体がかなり低い。

「さて、と…じゃあ行くか」

赤ペンのキャップを閉め、投げるようにペン立てに戻して大きく伸びをする。

「はいはい!私行ってみたいお店が!」

「ラーメン蕎麦うどん、どれがいいか決めとけ」

立ち上がって挙手するを無視し、銀八は散らかった机から原付の鍵を探し出して職員室を出て行った。

「………全部麺類」

雑誌で見たランチが美味しそうなお店、行ってみたかったのに。

自分でお金払って食べるにはちょっと高かったからこの機会にと思ったのに。

…恋人でも上司でもない男にそこまで求めるのはやめよう。

奢ってもらえるだけで万々歳だ。

は浅く溜息をついて職員室を出る。


「…あれ、奢ってくれるんだよな?奢るって聞いてないけど」


そんなことをぼやきながら職員用玄関を出ると、少し冷たい秋風が心地よかった。






「…こんなところにラーメン屋さんあったんだ」


連れてこられたのは駅前の大通りから一本裏に入った商店街の一角にある店だった。

古めかしい店構えは本当に大丈夫か?と不安になったが、

入ってみると美人な女店主が出迎えてくれて、客もそこそこ入っているようだった。

カウンターに座ると銀八はメニューも見ずに「中華そば」と女店主に注文する。

メニューを見ていると自然とお腹も空いてくるものだ。


「「すいませーん」」


天ぷら蕎麦にしよう、と注文を決めて手を上げたところで他の客と声が被ってしまった。

反射的に声のした後ろを振り返る。

挙げた右手がびしりと固まった。


ピンク色の三つ編み

羨ましいことこの上無い色白の肌

そして何度見てもムカつく柔和な笑顔


「あれっ、先生」

「………何でいんの…」


休日まで見たくない今最大の悩みの種である教え子の姿。

同じテーブルには当然のように阿伏兎と云業が座っている。

「暇だから隣町に遊びに来たんだ。そしたらお腹が減ったから」

相変わらずの笑みを張りつけたまま教え子は答えた。

硬直した右手が震えてくる。

神威はすぐにの横に座る銀八に目を向けた。


「…久しぶり。まさかこんなところでアンタに会えるとは思ってなかったよ」


その声に銀八も気だるそうに振り返る。

小さなラーメン屋にぴりりと張りつめた空気。

「まさかお前がこいつの教え子だったとはな。担任のツラが見てみてぇと思ってたら…世間狭いな」

「俺もまさかアンタと先生が知り合いだとは思わなかったよ。

 なんだ先生、知ってるなら教えてくれればいいのに」

神威はそう言ってを見た。

「教えたらまた殴りこみに行くでしょ…」

「銀魂高校は面白い奴が多いからなァ。また遊びに行きたいとは思ってるよ」

「来なくていい。ほんっとマジで来なくていい」

銀八は出された中華そばをすすりながら面倒くさそうに答えた。

「今度は高杉って奴抜きでさ、一対一で遊ぼうよ」

「駄目に決まってるでしょ!」

銀八の代わりに怒鳴りながら立ち上がった

周囲の客の視線がいっせいに集まる。

「これ以上他校とトラブルなんか起こしたら冗談じゃなくみんな退学になるよ!?

 あたしはあんたたちの担任として全員を卒業させるって使命が…」

「…うるさいなぁ」

再びその場の空気が変わる。

「俺さ、結構先生のこと気に入ってるんだよね。

 口煩いけど割と適当だし、なんやかんやで先生自体がトラブルメーカーだったりするし。

 けど俺が楽しんでやってることに口出しされるのは鬱陶しいし、邪魔されるのはもっと腹が立つんだ」

座ったままを見上げ、細めらていた目が開いて鋭い碧眼がを捕える。



「女を殴る趣味はないけど、邪魔するなら先生だって容赦しないよ」



碧眼に捕えられた両目が逸らせない。

春雨高校の連中に拉致られた時に感じた恐怖とはまったく違う。

背筋に冷たいものが走って、本能が体に危険を知らせるってこういうことなんだと実感した。

…でも、


「…な、殴るなら殴りなさいよ!!その代わり二度と学食奢ってあげないんだから…!

 お、大人をナメるなよ!!」


案の定声が震えてしまった。

足も震えている。


私は教師だ。

例え素直な良い生徒に囲まれていなくとも、

校舎は落書きだらけで汚くとも、

教え子に学食を奢らなきゃ命の危機に晒される羽目になろうとも、


(私は教師だ…!!)


自分を見上げる神威はきょとんとした顔をしている。

すると


「ちょっと」


思いがけず第三者の声が入ってきた。

カウンターの向こうにいる女店主だ。

「あんたら、注文まだだろ。喧嘩なら外でやっとくれ。他の客の迷惑になるじゃないか」

「あっ!す、すいません…!私、天ぷら蕎麦で…!」

慌てて店主に謝り、改めて料理を注文する。

隣の銀八は既に中華そばを食べ終えていた。

「じゃあ俺も天ぷら蕎麦。大盛りで」

店主は「はいよ」と返事をして蕎麦を茹で始める。


「…それは困るな」


一人立っているのが恥ずかしくなって座り直すと背後から再び声がした。

「先生が学食奢ってくれないと、どこかで無銭飲食しちゃうかもしれないしね」

「これ以上問題増やさないでくれる!?」

「残念だけど、今日は学食に免じてご飯食べたら大人しく帰るよ」

「え、なにそれ。俺学食で危機逃れたの?いやいいんだけど、学食>喧嘩なの?」

銀八はと神威を交互に見ながら目を細める。

は「全く…」とぶつぶつ文句を言いながらバッグの中をまさぐり、ポケットティッシュを取り出した。

その拍子にバッグから何かが飛び出して床に落ちる。


「落としたよ先生」


神威は自分の足元に落ちた薄いカードのようなものを取り上げ、に差し出した。

ピンク色の細長い栞。

右上に季節はずれな桜の花が飾られていた。

振り返ったは慌てて神威の手から栞を奪い取る。

「…それって、前に俺がピクルスと一緒にあげたやつ?捨ててなかったんだ?」

「形がきれいに残ってたから作っただけだよ。丁度いいサイズの栞持ってなかったし」

「ふぅん、先生ってやっぱり変わってるね」

「うるさい!」

手造りの栞をバッグに放り込み、は出された蕎麦を勢いよくすすり始めた。

銀八はその横で煙草を銜えながら含み笑いを浮かべる。

「…何笑ってるんですか先輩」

「別に。ちょっとは教師らしくなってて、安心した」

カチ、とライターの音がして煙草の煙が流れてくる。

は蕎麦をちゅるりと啜って少し顔をしかめた。

嫌味なのか本心から言ってくれているのか分からない。

意外にも蕎麦は美味しかった。

…後ろでじっくり味わうこともせず2杯目を注文している教え子を無視すれば。




「あ、お代は後ろの大人にツケといて下さい」

「何でだぁぁああああああ!!!!」





銀八先生との絡みを書きたかったので。
銀さんじゃなく銀八先生ってむずかしい。
3Zは神威と神楽の兄妹設定はないんですかねー(´・ω・)
幾松さんって3Zのポジションなんだろ…銀魂高校の学食のおばs否、お姉さんとかだったらごめんなさい。