校舎の中と外はバリアか何かを隔てた異空間同士なんじゃないか。

…と最近思う。


穏やかな春の風

すっかり緑の割合が多くなってしまった桜の木を揺らして、

まだ散るものかと頑張って枝にしがみついている桜の花弁を生殺しのように散らせていく。

ゆっくりと流れる春の景色。ぽかぽか陽気の昼下がり。


ああ…今年も花見をする前に葉桜になっちゃったなー…


「先生」


はらはらと散っていく桜をぼんやり眺めていると首筋に冷たい手の感触がして、

グキッという音と共に無理やり正面を向かされた。

強制的に教卓の前に立つ男子生徒と顔を合わせることになる。

…数秒前まで見ていた花弁と同じ髪色だが、生憎こっちは見慣れてしまってキレイとも何とも思わなくなってしまった。

「……グキッて鳴ったよグキッて…」

「さぁ俺には聞こえなかった。3回も呼んだのに気付かない先生が悪い」

「なにこの理不尽な感じ…あと寝違えたみたいな微妙な痛みが…」

授業合間の休憩時間くらいぼんやりしてたっていいじゃないか。

外の穏やかな景色から一転、校舎の中は荒くれ共が巣食う歓楽街のようだ。

塗装の剥げた壁、意味不明なラッカースプレーの落書き、

食い散らかしたパンやお菓子の残骸、用途不明の武器

そして強面の生徒たち。

その中で唯一強面とは正反対の位置にいる男子生徒は、人の首をグキッとやっておきながらニコニコと笑ってこちらを見ている。

「…何かな、神威くん」

「お腹すいた」

「………………」

いくら呆けていたとはいえ今は何時限目の休憩時間なのかくらいは分かっている。

5時限目が終わった後の10分休憩だ。

昼食を食べて、すぐの5時限目の後だ。

「…お昼、食べたよね?」

「うん。今日はエビフライ定食」

「学食のおばちゃん、お米足りないって慌ててたよ」

「道理で5合しか食べられなかったわけだ。だからお腹すいてるんだよ」


………で?っていう。


「…私にどうしろと?」

「次の授業先生でしょ?退屈だから外に出ようかなぁと思って」

「それ堂々と私に言う!?」

いいんだか悪いんだか。

黙って出ていかれてまた探しに行くよりいいか、と一瞬思ったあたり自分は大分この生活に慣れてしまったらしい。

「だ、だめに決まってんでしょ!6時限目はちゃんと現国の授業をするの!

 そうじゃなくてもうちのクラスかなり遅れてるんだか……」

「外出ていいってさー行こう」

立ち上がって声を荒げたところで神威は事実無根のことを言いながら教卓を離れた。

おい誰かこいつに正しい日本語教えてやれ。

他の生徒も席を立ってぞろぞろと教室を出ていく。


「……ッちょっと!!待てコラ!!!」





いくさばバンビ-花見編-





「ビックマックと、ダブルチーズバーガーと、てりやきバーガー。全部10個ずつ。持ち帰りで」


都内某所マク●ナルド

ガラの悪い集団を仕事のために笑顔で出迎えたレジの店員に笑顔で注文する男。

きっと全員分の注文なんだな。高校生は育ちざかりだし。

…と店員は思ったに違いない。


「あ、支払いはこの人が」

「しないよ!?」

「教え子が無銭飲食で捕まるよ?」

「畜生ォォォォォ!!!!」


店を出て街を練り歩く不良集団。

その先頭を歩く男は満足そうにハンバーガーを頬張っている。

片手に残りのハンバーガーを全て抱えて。

「おい、何であの先公も連れてきたんだよ」

神威の横を歩く阿伏兎が怪訝そうに親指で後ろを指して言った。

列の一番後ろを隠れるようにして歩く

だが学ラン姿の学生に交じるリクルートの女は嫌でも目立っていた。

「面白そうだから」

「なんかアイツ来てから面倒事増えた気がすんだよな…」

「それが楽しいんじゃないか。後処理は校長に任せればいいし、俺は喧嘩が出来ればそれでいいよ」

神威は口にケチャップを付けて嬉しそうに笑う。

阿伏兎はやれやれとため息をついて頭を掻いた。


「…私は担任じゃない私は担任じゃない私は担任じゃない私は担任じゃない…」


は大男たちの背中に身を隠しながら自分に言い聞かせるようにブツブツと呟いている。


(くそぉ…ハゲ…じゃなく星海坊主先生まで口裏合わせやがって…)


『課外授業ってことにすればいいんじゃないか?先生が一緒なら』


小学生かよ!と心で思い切りツッコむ。

職場見学ならまだしも思い切り客として大量のハンバーガーを買ってきただけだ。

売上には相当貢献したんじゃなかろうか。


「…あたまいたい…」


額を押さえてヨロけると、都立公園の一角にある桜の木が目に入った。

他はもう散り始めているのに一本だけ満開の枝垂れ桜がある。

「まだ咲いてる木もあるんだ…」

ああ、のんびりお花見したいな。

お酒とまで行かなくても、缶コーヒーとコンビニのお団子でいいからさ。

そんな平和なことを考えていると


「何見てるの先生」


またも現実に引き戻すムカつくほど柔和な声。

「今年はお花見してないなぁって」

溜息をつきながら桜を指差すと、神威は木を見て首をかしげた。

「毎年咲くのに毎年わざわざ見る必要ある?」

「子供にはまだ風流っつーのが分からないかもね」

半ばヤケになって答えると神威は「ふーん」と言って風にそよぐ枝垂れ桜を見上げる。


「じゃあ、お花見しよう」

「え?」


言うが早いかが神威を見ると既に公園の中に歩きだしていた。

も慌ててそれについて行く。

「お花見って何するの?」

「何もしないよ。ただ桜を眺めるの」

「それじゃつまらないな」

幹の前に立ち、長ランのポケットに両手を突っ込んで桜を見上げる。

真下から見ると放射状に広がった枝にそれぞれ沢山の花が咲いていて、

晴天の空と濃いピンク色のコントラストがとても綺麗だ。

はそれを眺めているだけで満足できる。

「戦場に咲く桜はそこで死んだ奴の魂吸ってるって聞いたことがあるな」

「へぇ、じゃあ掘ってみようか」

「掘るな!!!!」

阿伏兎の言葉を真に受けて腕まくりをした神威を全力で止める。

「だってただ花を見るだけじゃつまんないよ」

「だから花見ってのはそういうものなんだってば…」

花見しようって言ったのお前だろうが。

こっちはせっかく花見が出来そうで浮かれていたのに。

は深い溜息をつき、自分で買った(というか全部買わされた)マックのコーヒーを取り出して芝生に腰を下ろす。

「桜を見ながら、のんびりハンバーガーを食べればいいの。

 私はここで教科書を読むから、それを黙って聞いてて。

 そうすりゃとりあえず教科書進んだことになるから」

「それ授業の進め方としてあってんのか?」

既に寝そべっている阿伏兎からツッコミを受けたがどうでもいい。

とりあえず今期終わらせなければならない範囲を片づけなければ。

コーヒーを勢いよくすすって足元に置き、バッグから現国の教科書を取り出す。

「じゃあ前回の続きから」

「前回なんかあったっけ」

「あったの!私が初めて来た日ちょっとやったの!」

言った通りハンバーグを食べながら芝生に座って桜の木に寄りかかる神威。

地面につきそうなほど垂れた枝についた花と髪の毛が同化しそうだ。

「ねぇ先生」

「何」

続き、と言ったがどこからだっけと教科書をめくりながら返事する。


「銀魂高校って知ってる?」


ページをめくる手がぴたりと止まった。

顔を上げて声の主を見る。

ちょっと嫌な予感がした。

「…そりゃ隣町の高校だから知ってるけど…何で?」

「あそこに面白い奴がいるんだ。眼帯の奴と、銀髪の教師」

眼帯の奴というのは分からないが、銀髪の教師というのは間違いなく大学時代の先輩教師だ。

銀髪なんてめったにいるものじゃないし、なんとなくあのフラフラした性格が

こういう輩に興味を持たれそうだなというのも分かる。

「銀魂高校に行ったことがあるの?」

「うん。殴り込みに」

満面の笑みを浮かべて頷く神威を見て眩暈がした。

『くれぐれもこっちに殴りこみとか来させんなよな』

前に電話した時、銀時はそんなことを言っていたがまさか事後だったとは。


(先輩ごめんなさい…!)


今度菓子折り持って謝りに行こう。

パフェも奢ってあげよう。

あとこないだ電話越しに黒板ひっかいてごめんなさい。

「まぁそう落ち込まないで。今度行く時は先生も連れてってあげるから」

「君のせいだよ!?」

頭痛い。

額を押さえたところで腕時計の時刻が目に入った。

遠くで我が校の終業チャイムが聞こえる。

…結局ただお花見に出てきただけになってしまった。

生徒たちが立ち上がってぞろぞろと帰り仕度を始めたので、も仕方なく教科書を仕舞ってぬるくなったコーヒーをすする。

なんか、疲れたらお腹空いちゃった…


「先生、手出して」


涙目で振りかえると

「ハイあげる」

「………………」

手に乗せられたのはハンバーガーの間に挟まっていたピクルスと、桜の花。

桜は一輪がきれいに残ってそのまま地面に落ちたらしい。

いや桜はいいとしてピクルスって…

いるよなーピクルス苦手だからって省いて他の人にあげる奴…


「……どうも…」


自分は特にピクルス嫌いというわけでもなかったので、ささやかな好意をありがたく受け取って輪切りのピクルスを口に運んだ。

ピクルスの酸味とケチャップの酸味が唾液を余計に分泌させる。

そして手のひらに残った桜の花を摘まんでくるくると回してみた。

くれた本人は「ゲーセン行こー」と先頭切って公園を出て行ってしまった。


「…押し花にして栞でも作るか…」


再び教科書を取り出し、真ん中あたりを開いて桜を挟む。

なんとなく、次に開くのが楽しみになったような気がした。






何気に好きだと言って頂けている先生ヒロインです。
3Z本編にも出たことだし…と思ったんですが、
あの本編にヒロインを捻じ込むと大変なことになりそうだったので
冷血硬派事後ということにさせていただきました。
もっと銀八先生と絡む機会をつくりたいですー