きれいだけどもさ





踏んで

濡れて

汚れてこびりついて





ああそれでもきっと

君は「きれいだね」って言うんだろうな







すてざくら









「…暇だなぁ」



言葉通り、することがない。

港を往来する地球人や天人の波を観察するのも5秒で飽きた。


母船が停泊する港が一望できるこの高台は周囲に倉庫がいくつもあって、

大きな荷物を抱えた商人たちが忙しなく出入りしているのが見える。

その中のいくつかが母船に運ばれていくが、荷物の中身も使用目的も全く興味がなかった。


(つまらなくてもついて行けばよかった)


阿伏兎は上から命じられた仕事で港を離れている。

幕府中央暗部のダレだかと何だかの取引をしに行ったみたいで、つまらなそうだから残ると言ったけどやっぱりついて行けばよかった。

少なくとも人間観察以上の暇つぶしは見つけられただろうに。


港を見下ろせる錆びたフェンスに腰を掛け、宙ぶらりんになった両足をバタバタと動かす。

あー阿伏兎早く戻ってこないかな。

別に戻ってきたからって暇が潰れるわけじゃないけど。


ふと傘を傾けて下を見下ろすと、この高台から少しだけ下がった集落に影を1つ見つけた。

女物の着物が何もない倉庫の合間で立ち止まってじっとしている。


「…………?」


じっとしていたかと思うと集落に向かって歩き出したが、数歩歩いたところで再びもとの位置まで戻ってきた。

同じところを行ったり来たりウロウロして、上から見ていてもかなり目立つ。



(…あそこは、確か)



ここに上ってくるまでに通った道のことを思い出した。

薄暗い倉庫の合間に段ボールが1つ不自然に置かれていたあの場所。

女は段ボールの前にしゃがむと中に入っているモノに両手を伸ばした。


女が抱えたのは不自然にピンク色のウサギ。


恐らく元々は白かったのだろうが悪趣味な地球人が売り物用に色を着けたのだろう。

ところどころ色が落ちて白とピンクの斑模様になっている。

こんなところに捨てられているということは、色につられて買った商人が手に余って捨てていったということだ。

実際は着色されたただのウサギなのだから当然だろう。

ここらには生き物以外にもそういう理由で投棄されたモノが溢れている。

…あのまま処分されなかっただけあのウサギは運がいい。



「ウサギ…昔家にもいたなぁ」



名前、なんだっけ。

気付いたらいなくなってたから、多分神楽が力加減間違って死なせちゃったんだろうけど。



さて女はどんな行動に出るだろうと見守っていると、抱えていたウサギを再び段ボールの中に戻した。

だがその場にしゃがんだまま動こうとしない。

一度立ちあがって立ち去ろうとしたが、すぐに段ボールの前まで戻ってきてウロウロしている。


…ここから見ているとかなり怪しい。


だがそこらの人間観察より面白いと思って眺めていると女は再びウサギを抱き上げた。

ウサギは大人しく女の腕に抱かれているが、多分弱っていて抵抗する力もないんだと思う。



「それ、どうするの?」



その動作の繰り返しが続くんだと思うとじれったくなって、とうとう声をかけた。

まさか上から声が降ってくるとは思っていなかったのか女は慌てて視線を上げる。

抱かれているウサギがひくひくと鼻を動かして女を見上げていた。

女はしばらく俺を見て目を丸くしていたが、ウサギを見下ろして小首をかしげると再び俺を見上げた。



「…食べるように見える?」



予想外の返答に俺は思わず吹きだした。


「見えない」


なんか面白そうだ。

そう思ってフェンスの網を蹴りながら飛び降り、女の横に着地する。

晴天の傘が気になるのか髪色が珍しいのか、女はじっと俺を見つめたがすぐに腕の中のウサギに目を向けた。


「…どうしようかなと思って。連れて帰りたいけど…私一人暮らしで働いてるから昼間面倒見る人がいないんだよね」

「じゃあ諦めればいいじゃない」

「だってこのままじゃ」


死んじゃう、そう言いたかったのだろうが女は言わなかった。

自分のしようとしていることがいかに無責任か自覚はあるらしい。


「お兄さん連れて帰れない?」


案の定というべきか、火の粉が飛んできた。


「無理だよ」



「殺しちゃうもん」




いつもの調子で言ったら、女は再び目を丸くした。

少し眉をひそめて首をかしげると正面に抱いていたウサギをさっと横に隠す。


「…猫とか犬見ると無意味に殺したくなっちゃう人?」

「はは、そんな趣味も暇もないよ」


ついさっきで暇だったのだが。

だが暇だから殺す、という考えを持っている時点で暇じゃないだろ。と俺は思う。

殺すという目的を持った瞬間から暇じゃなくなっているんだから。


初めて地球に来て少し経った頃、地球人が数人がかりで一匹の猫を蹴飛ばしているのを見た。


地球人はまだあどけない子供だったと思う。

俺は特に手も口も出さず遠くでぼんやり見つめていたが、子供たちが飽きてその場を離れた後猫を見に行ってみた。

猫は当然死んでいた。(と思う確認してないけど)

蹴飛ばす子供たちの表情が楽しそうだったから楽しんでやったことなのだろうが、

地球人は随分つまらない遊びに興じているんだなと思った。


弱いものは強いものに抗って初めて弱いと認定されるのであって、抗いもしないものに強さを叩きつけることに何の意味があるのだろうと。


夜兎は戦うことが好きなのであって別に殺すことが好きなわけじゃない。

戦えば必然的に殺してしまうというだけの話だ。

この時点で戦うことと殺すことがイコールになってるから、殺しが楽しいと思われても否定はしない。

そんな夜兎の血に美意識持ってないし。



「ちょっと力加減が難しくてね。地球の動物は華奢だから、俺には向かないや」



俺はそう言って左手をウサギの頭に乗せた。

柔らかい毛並みと触れた瞬間に伝わる温かさ

ぴくぴくと小刻みに震える小さな鼓動が手の平いっぱいに感じられる。

ほら、抗いやしないじゃないか。


「…お兄さん天人?」


女は首をかしげて俺を見上げる。

あれ、気付いてなかったの?


「うん。見えないでしょ」

「うん、見えない。肌白いなーって、髪の色キレイだなーって思ってた」


それ地毛?女はそう言って反対側に首をかしげた。

だが次の瞬間には俺から目を逸らして、俺が下りてきた金網の向こうを見上げる。

外見の割に落ち着きがない子だな。


「ほら同じ」

「なにが?」


今度は俺が首をかしげる。

女はウサギを抱いたまま高台を顎でしゃくって「あれ」と言った。

傘ごと後ろを振り返ると、先ほどまで俺が座っていた金網の向こうに大きなピンク色の木が立っている。

いやもう何十年も前から立っていたのだろうが俺が気付かなかっただけだ。

太い幹から細かく何百本と伸びた枝のところどころに小さな花がついているのが見える。


「他の星じゃ咲かないでしょ。あと一週間もすれば見ごろだよ」


女は何故か自慢げにそう言って自分の着物の袖を見る。

そういえばこの子の着物の柄もあの花と同じだ。

この色、鏡見れば毎日視界に入るから別に珍しくもなんともにないんだよな。


「残念、明日には地球を発つんだよね」

「あ、勿体ないね」


全く残念ではないのだが俺がそう答えると女も残念そうに肩を落とす。

女は再び両腕に抱いた斑模様のウザギを見下ろし、頭をくしゃくしゃと撫でた。


「私、この子連れて帰って知り合いをあたってみる。

 多分ずっとここに置いておくよりはマシだと思うし」

「そうしなよ」


ウサギを抱き直して女は「そうする」と頷く。


「もし明日ここにウサギがまだいたら、お兄さん貰ってくれる?」


俺は思わず目を丸くした。

まだ火の粉飛んでくるのか。


「その可能性ってどれぐらい?」

「うーん…五分五分?」


問いかけると女は眉間にシワを寄せて首をかしげながら答えた。

五分五分って結構な確立だと思うよ。

だが女はすぐに笑って「そうならないようにする」と言い加えた。

俺は再び大きな木を振り返り、未だ蕾のままじっと耐えている小さな花を見上げる。


「…また来年来てみるよ。満開、見てみたい」

「その可能性ってどれぐらい?」


女は抱えたウサギの右手首を持ってぷらぷらと動かし、ウサギごと体を傾けて笑った。


「五分五分?」


俺も傘を傾けて女とその腕の中のウサギを見下ろす。

女はふふ、と笑って「そう」と頷いた。

ウサギを抱え直し「じゃあ」と言って集落の方へ歩いて行く。

撫で肩気味なピンク色の影が斑模様のピンクウサギを大事そうに抱えて廃れた集落へと消えていった。

海風に乗ってきた船の油臭さがそんな淡い景色を台無しにしたが、

むしろそんな彼女の淡い存在が廃れた景色を台無しにしたのだと思う。





「…阿伏兎そろそろ戻ってきたかな」






ピンクの髪のお兄さんへ


無事にウサギを飼ってくれる人が見つかりました。

手紙読んでくれてありがとう






翌日段ボールの中に入っていたのはピンクのウサギではなくピンクの便箋だった。

綺麗な字で簡潔に描かれた文に3秒で目を通し、その便箋で紙飛行機を折って油の浮いた海へと勢いよく飛ばした。

背中の大きな木にぽつりぽつりとついた小さな花は、まだ開花しそうにない。










今年の目標は「神威でラブアンドピース」です。
去年のアンケートで「普通の人間を気にいる神威」というネタを頂いたので意識して書いたんですが
神威に負けない図太い子を書こうとしたら何か会話成立しない子になりました(笑)
昔よく祭りの出店で着色したウサギが売られてた、なんつーのを聞いたことがあったのでそこを引っ張って。
見たことないけどあったんですかね。今は動物愛護法に違反するのからないのかな?