犯行動機はあみだで決める









忍び込むのは案外簡単だった。



入口には一応申し訳程度に鍵がかかっていたけど、多分それは対夜兎用の防犯機能はついてないんだと思う。

戸に軽く手をかけてちょっと力を入れれば鍵ごと戸が外れてハイ無意味。

この音で起こしたかな、と思ったけど消灯してある室内は静かなものだった。

外した戸を外の手摺に立て掛け、靴のまま玄関に上がる。

足音を消そうとかいう気はない。

起きるなら起きてくればいい。

その方がきっと楽しい。あ、いや嘘。やっぱり面倒だから起きてこないで。



短い廊下を歩くと居間に着き、テーブルとソファー、窓際に一人掛けの机と椅子が並べられていた。

襖を隔てて隣接した部屋からイビキが聞こえる。

不用心だな、泥棒がみんな夜兎だったらこの家破綻だよ。

そう思いながら襖を開けるとその考えは改められた。



…泥棒入らなくてもお金持ってなさそうだな。



金に興味はないけどそう思ってしまう。

畳の部屋の真ん中に敷いた布団で寝ている男は長い足の片方を布団から放り出し、半分出た腹を右手で掻きながら涎を垂らしている。

…阿伏兎の寝方に似てる。あ、つまりオッサンってことか。


「…萎えるなぁ…」


ぼそりと呟き、土足のまま部屋に上がり込んでよいしょと男を跨いだ。少し酒臭い。

腹の辺りに体重をかけると「う、」と短い呻き声が聞こえて眉がひそめられる。

吉原で聞いた情報じゃ銀髪、って話だったけど暗いから白髪に見えるな。

まぁどっちでもいいか。


「…んだ…神楽……重…寝ぼけてんじゃ……

 ……あれ…そういえばお前…昨日は新八と道場行ったんじゃなかったっけ……」


寝ぼけ眼をようやく開くと、右の視界がなぜだか黒い。

左の視界に映る見覚えのない女。

次の瞬間右の視界を遮っていた黒いモノから何かが飛び出してきて、顔の真横を熱風が物凄い勢いで通過していった。

同時にドン、という衝撃音が鼓膜を破りそうな距離で聞こえて耳鳴りを引き起こす。


「……………ッ」


咄嗟に首を捻ったことにより回避された銃弾。

黒い視界は自分に跨っている女が持つ傘の先端を眼球に突きつけていたからだと気付いたのは3秒後。

瞬きするのも躊躇われるほど傘の先端からは硝煙が上がっている。


「…あれ、はずれた。お兄さん寝起きいいね」

「………何、これ…?アレ?チャイナ服の女が夜這いに来たように見えるのは二日酔いのせい?」

「残念だけど二日酔いは関係ないよ坂田銀時さん」


女はそう言って傘を両手で持ち直し、振りかぶって再び顔面に近づけてきた。

馬乗りにされている男・坂田銀時の顔面にぶわっと嫌な汗を滲んでくる。


「…っなんだァァァァ!!!!ベロンベロンに酔ってたけどなァ!チャイナ服の女に暗殺されるようなことをした覚えはねーぞ!!

 ちゃんと自分の足で歩いて帰ってきたもん!ちゃんと自分で布団敷いて寝たもん!!」


慌てて上半身を起こし傘を振りかぶる女の手をがしりと掴んだ。

本当はそのまま勢いよく起き上がって突き飛ばすつもりだったのだが、

女は細い両足でしっかりと腰骨を挟んでいて抜け出すことが出来ない。


「触るな蛮族。腕へし折るよ」

「何この子ォォォォ!!!」


持っていた傘を離し、銀時の手を掴み返して力を入れる。

白く細い指は太い男の腕に食いこんでミシッと音を立てた。


「私、春雨団員のっていいます。よしなにー」


へらっと笑って首を傾けると色素の薄いショートヘアが垂直に流れた。

暗闇に目が慣れてきた頃、銀時は女のいくつかの特徴から一つの結論を導き出す。


チャイナ服



白い肌

宇宙海賊春雨の船員


「……お前…夜兎か……?」


違うと言ってくれ、という希望も儚く散り、と名乗った女は再びにっこりと微笑んだ。

「だったらどうする?」

「…ッ冗談じゃねぇ何しにきやがった…!吉原での恨みでも晴らしに来たか…!?」

「半分当たりで半分ハズレ。あなたのことは吉原に聞いてきたけど、

 私あの一件関係ないから。いや関係なくはないんだけど…私の上司、人に殺しを頼む人じゃないし」

一連の話を聞いていた銀時は彼女の立ち位置と目的がなんとなく読めてきた。

吉原の一件に関わっている夜兎で、春雨の団員。

名前を出されたわけではないが彼女が「上司」と呼ぶ男の顔が浮かんでくる。

「…で?頼まれなかったから代わりに侍殺しを買って出たのか…?」

「まさか。逆にこれバレたら殺されちゃうから命がけなんだよ」

はは、と笑うと下腹部が揺れて体勢的に卑猥だったが、寝込みを襲われ殺されかけている状況では全く目がいかない。


「なんかムシャクシャしちゃってさぁ」


そう言って笑いながら銀時の手を押し返す。

夜兎となれば女であろうと神楽同等、年齢的にそれ以上の力がある。

下から上に押す力よりも上から下に押す力の方が強いのは明らかだ。


「戻ってくるなりすんごい楽しそうにあなたのこと話すもんだから、羨ましくてついカッとなって」

「……どこの少年犯罪だよ…」


テレビでよく聞く犯行動機のようで呆れたが力を抜くことは出来ない。


「上司の楽しみ奪うのも部下の役目かなって」

「それは地球語では部下とは呼ばないジャイアンと呼ぶ。

 可愛い顔して性格最悪だなお前…恋人の携帯に女の名前見つけてその女に迷惑電話する以上に悪質だぞ」

「いい例えだけど私あの上司大っ嫌いだから。性格の悪い夜兎ほどタチの悪いものはないよー」


貶したつもりだったのにけらけらと笑われた。

そういうとこ上司に似てるぞ、と言おうと思ったが逆上されそうなのでやめる。


「チャイナ服着た女に押し倒されんのはスゲー燃えるんだけどよ…

 正直チャイナ服見飽きたし俺ナース派だからナース服に着替えてきてくれっと助かるわ」

「ナースでも何でもいいよ。この傘を巨大注射器に持ち替えてやろうか?」

妖しげに笑って口端から舌をちろりと覗かせる様は妖艶だったが見惚れている暇はない。

既に背中は冷や汗だか脂汗だか解らないものでぐっしょりだ。

すると


「うるさいよ!!何時だと思ってんだい!女連れ込むならもっと早い時間にしな!!」


下にスナックを構えるお登勢の声。

ドン、という音がして僅かに床が揺れた。

ホウキの柄か何かで天井を突いたせいだろう。

「ババァァ!!どんな女連れ込んだら銃声がするんだよ!!助けてぇぇ!!」

下の階に向かって懇願するが聞こえるはずもない。

「…うるさいなぁ」

は銀時の手をぱっと離して横に置いていた傘を持ち直し、その先端を銀時の腹につきつけた。


「このまま撃てばあなたと床を貫通してババァに当たるかな?」


悪びれる様子もなく言うものだからさすがの銀時も頭に血が上ってくる。

「てめ……」

「お兄さん、私交渉しに来たんじゃないの。5秒でいいから大人しくしててくれないかな。

 腕っ節には自信あるんだけど狙撃は苦手なんだ。またはずしちゃう」

痛いぐらい腹に減り込ませていた傘の先端をそっと浮かせて再び顔面に向ける。

窓から差し込む月明かりに照らされて青白い顔が更に発光したように映って見えた。


「…嬢ちゃん、俺の足の長さをナメちゃいけねー」


そう言われたは咄嗟に背後に注意を払った。

折り曲げられた右足の膝がガラ開きの背中に勢いよく迫る。

左手を背中に回して直撃しそうだった膝蹴りを手の平で受け止めたが、銀時は腰回りが緩んだ隙に飛び起きた。

は舌打ちをしながら後ろに退いて傘を持ち直す。

銀時は箪笥に立てかけていた木刀を握って構えた。


「…お前、本当は何しに来たんだ?俺殺しに来ただけじゃねぇだろう?」

「いいや?あなた坂田銀時さんでしょ?銀髪天然パーマ、死んだ魚みたいな目、夜王鳳仙を倒した男、吉原の救世主。

 うちの上司が侍侍ってうっさいからさっさと死んで下さいお願いします」


そう言って傘を銀時に向け、にこやかに笑う。


「嫉妬にとりつかれる姿は男も女も醜いもんだ」

「誰が?誰に?」

「手前で分かってんだろ?」


一瞬、銀時の視線がから逸れた。

は首をかしげる。


空の押し入れ


は居間を通った際それを目にしている。




"-----------弱い奴に用はないよ"





""






眉がぴくりと動き笑みが消えると、同時に頭に痛みが走って古傷が痛んだような感覚に襲われた。

すぐに傷の塞がる夜兎にとって、古傷なんてものは存在しないのに。




…ああいっそ、どでかく残ってくれていれば



取ってつけでも理由になったかもしれない





「…………………」


次の瞬間、銀時へ向けられていた傘の先端が真上に向けられた。

ドン、と二度目の銃声が響いて傘の先端から発砲された銃弾は天井に撃ち込まれる。



「……飽きた」



楽しそうな笑顔が一転、ひどく冷めた目付き。

帰る。と即座に踵を返す。

「…あ、布団土足で上がってごめんね。クリーニング代の領収書、"宇宙海賊春雨提督 神威様"にしといて」

銃口にふぅっと息を吹きかけると立ち上る硝煙が揺らめいた。

ごめんね、とは言ったが今更靴を脱ぐつもりはないらしく、

そのまま土足で部屋を出て廊下を歩き、何事もなかったかのように万事屋を出て行った。

銀時は部屋中に立ちこめる焦げくさい臭いに顔をしかめ、天井に減り込んだ銃弾を見てチッと舌打ちする。




ムシャクシャしてやった。

反省はしてない。





「どこ行ってたの?」


不完全燃焼で母船に戻ったら案の定、上司に捕まった。

「…私の個人行動をいちいちあんたに報告する必要が?」

「ありゃ、ご機嫌ナナメだね?」

「月に一度の乙女の日なんで」

「そりゃ大変だ」

嘘ですついこないだ終わりました。

でも本当のことなんか言ってやるもんかとそっぽを向くと上司は既にその話題に興味をなくしたようだった。

(言ってやるもんかというより言ったらこの場で串刺しだな)

あぁ、その仕草に腹が立つんだよ解ってよ。

「まぁいいや。そろそろ出航だよ」

「…怒らないの?」

「部下の躾に興味はないよ。そんなものが必要なほど馬鹿な部下だとも思ってないしね」

「……勿体ないお言葉ですこと」

唇を尖らせてが言うと神威はハハ、と笑って踵を返し、廊下を歩いていく。

難を逃れた、と思ったが上司の背中が見えなくなった途端背後からのっそりした声が聞こえた。


「で?どこ行ってたんだ?」


は振り返りながらじろりと男を睨みつける。

「告げ口カッコ悪い」

「するかよ。どうせ都合悪いことなんだ、巻き添えはゴメンだぜ」

背後に立つ男、阿伏兎はそう言って頭を掻きながらの横に並んだ。

彼も自分の不利益になることはしないだろうし、と考え、は素直に自分の行動を話すことにした。
 

「かぶき町」

「かぶき町?吉原の上の?何しに?」




「夜這い」




並んで廊下を歩いていたが、阿伏兎は思わず立ち止まって眉をひそめる。

数歩前に出てしまったも立ち止まって「どうかした?」と首をかしげた。


「…お前夜這いの意味分かってんのか?」

「失礼だな。いくつだと思ってんの、エロ本だって堂々と買えるよ」


も眉をひそめて阿伏兎を見上げる。

阿伏兎は再び歩き始めながら額を押さえてハーッと深いため息をつく。

小声で頭が痛ぇ、と聞こえた気がした。


「…言っとくけどな。寝てる男に跨って眼球に傘突き付けるのは夜這いとは言わねーぞ」

「え、うそ。じゃあ違うや。なんていうの?」

「ただの奇襲だ!昔俺にもやったろ!」

「惜しいね。片腕と片耳、片目もなくなってたらバランスよかったのに」


横でだらんと垂れ下ったチャイナ服の袖を見てあからさまな侮辱を言い放つ。


「…お前マジで機嫌悪いな」

「……私、好物のオカズは最初にさっさと食べちゃうタイプなんだよね」

「は?」


せっかちで短気だからさ、と自虐的に笑う横顔を見た阿伏兎は首をかしげたが、

その言葉の意味はとうとう分からなかった。




…ねぇ、お侍さん



お願いだから、もう一度あの人と会う前に死んでちょうだい。




私がもう一度会いに行くよ。






理由は これから考えるけどさ。










物凄くウケが悪そうなヒロインだったので上げるのを迷いました(笑)
管理人自身は書いてて楽しいキャラなんですけどね。
神威が好きすぎて非常にキてるヒロイン。
神威夢だと言い張りますが9割銀さんなので御判断はお任せします(笑)