「誕生日おめでとう」




「え?何で知ってんだって?俺にそれ聞く?」


「はは、いいねぇその盛大な溜息。君のことだからどうせ忙しくて自分でも忘れて、

 一緒に祝ってくれる彼氏もいないからあっという間に今日が過ぎちゃうんだろうねぇ」


「怒鳴るなよ。ま、何にせよ年を取るのは生きてる証拠さ。知ってる?昔は誕生日なんかなくて、

 年が明けると皆いっせいに歳をとったらしいよ。まぁある意味理に適ってるけど、

 12月31日に生まれた人間が1月1日にまた歳をとるっておかしくない?

 そういう意味では誕生日って重要なんだろうけど、1年365日毎日必ず誰かの誕生日なわけで

 生まれたその日がまた廻ってきたから1つ成長したなんて、何が基準で誰が判断するんだろう?」



「話が長いって?いつものことじゃないか、聞き流してよ」





「何が言いたいのって、決まってるじゃん。祝福するよ。君の生まれた今日を」






折原臨也は電話を置いた。


「…誕生日祝いの電話なんて、あんたにそんな気遣いがあったのね」


秘書の波江がパソコンに向かいながら冷ややかな視線を送ってくる。

「俺は人間が好きだよ」

「だから365日、毎日誰かの誕生日だってんなら毎日祝福したいくらいさ。

 シズちゃんの誕生日には時限爆弾でも送ってやるかな。

 まぁ奴の誕生日なんて調べたくもないし、送料と手間が勿体ないからやらないけど」

窓際の立派な椅子に深く寄りかかり、目的を達成したような晴れ晴れした表情で天を仰いだ。

「彼氏」と言っていたから相手は女なのだろうが一体誰なんだろう、と波江は考えたが、

この男の交友関係にはさして興味もなかったので考えることをすぐに止めた。







声色バーレル


 






「…………………」


は自宅のポストの前で硬直していた。


「…なんだ、これ」


アパートの入口に備え付けられたステンレス製の共同ポスト。

自分の部屋番のポストの中に入っていたのは1つの白い封筒。

バイトに行く前にポストを確認するのが日課だが、いつもは大量のチラシとダイレクトメールが入っているぐらいなのに

今日はその中に明らかに不審な封筒が1つ入っていた。

住所も宛名もなく、切手も消印もない。

となると当然裏に差し出し人が書いてあるはずもなかった。


「……怪しいな…」


チラシとダイレクトメールは帰ってきてから取るとして、と封筒だけバッグに入れてポストを閉める。

本当に私宛てか?と思うとむやみに開封も出来ない。

今はほら、開けたらカミソリの刃が!とかいう時代じゃん。

バッグから取り出した封筒を睨みながら南池袋公園の前にさしかかると、

見慣れたモノトーンの人影が入口からのそりと出てきたのが見えた。


「あ」


鮮やかな金髪を掻きながら気だるそうに歩く長身の男。

「静雄!」

声をかけて駆け寄ると男は立ち止って振り返る。

「今から仕事?」

「ああ、一件終わってちょっと休憩してた。お前は?これからバイトか?」

「うん。あ、ねぇこれ何だと思う?」

この街中から恐れられる男もにとっては黙っていれば大人しい高校の同級生でしかない。

が封筒を見せると静雄はサングラスの向こうの瞳を細めて怪訝そうな顔をした。


「………手紙」


そして見たままの感想を述べてくる。

「宛名も差し出し人も書いてないんだよ?切手と消印もないから直接うちのポストに入れたと思うんだよね」

「だったらお前宛てなんだろ」

「だって怖くない?入れるところ間違えたのかもしれないし…

 開けた瞬間カミソリの刃がシャキーッとか最近は珍しくないでしょ。

 誰かにそんな恨み買ってる覚えもないんだけ……あ、ちょっと!危ないよ!」

が悩んでいると静雄はその手から封筒を取り上げ、素手で封を切り始めた。

危ないよ、と一応気遣ってみたが、彼なら万が一カミソリの刃が飛び出してきてもカミソリの方が折れるだろう。

…いやもし刺さって「いてぇだろうがぁぁぁ!!」とかキレられてとばっちり受けるのはヤダな。

今日はいつも一緒にいるドレッド頭の上司の人いないみたいだし。

静雄はビリビリと封筒の上の部分を切り離して切れっ端を捨て、開いた口を逆さにして振ってみる。

金属こそ落ちてこなかったが、静雄の手の平に2つ折りの紙が落ちてきた。

「ほら」

中身を見るつもりはないらしく、静雄はその紙をに差し出す。

考えすぎなんだよ、と言いながら煙草を取り出して口に銜えた。

は首をかしげながら2つ折りの紙を開く。


「………これなんの番号だろう?」


紙を開いて再び静雄に見せた。

白い紙に走り書きされた電話番号。

だが090も080もついていないから携帯ではないし、このあたりの市外局番でもない。

「掛けてみりゃいいじゃねーか」

「架空請求とかだったらどうする!?振り込め詐欺とか!」

「その時は俺が殴りに行く」


…わぁ頼もしい。


「…立て込むと嫌だからバイト終わってから掛けてみようかな」

「ヤバイ番号だったら俺に連絡しろよ。うちの会社で調べられるかもしれないし」

珍しく彼が仕事用の顔をしていたのでは少し驚いたが、ここは静雄を頼っておいた方が安全だと思った。

「うん、ありがとう」

「じゃあ俺行くな」

吸い終えた煙草を携帯灰皿に押し込み、軽く右手を上げて静雄はその場を離れて行く。

は手を振り返して後姿を見送り、はっと我に返って携帯の時計を確認した。

やばいバイト遅れちゃう。

封筒と紙を再びバッグに押し込み、近道の南池袋公園を通ってバイト先へ急いだ。




「怪しい番号?」




と別れて上司のトムと合流した静雄はすぐにあの番号のことを訪ねてみた。

「携帯でも自宅番号でもなかったみたいなんすけど…悪徳商法とか、そういうんだったらまずいなと思って」

「最近はそういう悪徳会社って増えてるからなぁ…番号覚えてねーのか?」

本気で友人を心配しているのか静雄がいつになく神妙な面持ちで訊ねてきたので、

トムも思い当たる節を考えながら聞き返した。

静雄はに一瞬見せられた番号を思い出そうと首をかしげる。

「…確か最初が……017……0…とかだったような…」

おぼろげな番号を口にするとトムが何かに気付いたようで「ん?」と僅かに眉をひそめた。


「それって伝言ダイヤルじゃね?」

「…なんすかそれ」


静雄には聞き慣れない言葉だ。

「電話会社がやってる公共の録音機能。ほら災害用伝言ダイヤルとかあるだろ?

 あれ普通に伝言として使えるサービスもあんだよ。

 録音して連絡番号を教えてもらって、そこにかけると録音した伝言聞けるってやつ」

「へぇ、じゃああいつに教えてやんねーと。昔から変なとこ心配性な奴だから…」

「まぁ用心するに越したことはねぇって。わざわざ手紙で送ってきたってことは緊急ではないだろ」

静雄は携帯を取り出してメールボックスを開いた。



 
「お?」




ファミレスでバイト中のは休憩時間に携帯を開いて目を丸くした。

新着メール1件。静雄からだった。

彼からメールが来ることは非常に珍しいことなのでびっくりした。

メールボックスを開くと簡潔な1行の本文。



"トムさんに聞いたら、あれ伝言ダイヤルじゃないかって。"



「……伝言ダイヤル…?」


は眉をひそめる。

あのN●Tがやってるやつ?

災害用とかはよく聞くけど普通の?

そう思って携帯のアドレス帳を開く。

一息ついたら電話をかけてみようと登録しておいたんだ。

あの静雄の上司が言うんだから間違いないだろう。

あいつの一般常識ってだいたいそのトムさんって人から吸収してるようなもんだし。

静雄に「ありがとう」と返事をして早速その番号を呼び出した。

数回のコールの後に女性の声でガイダンスが流れる。


"伝言を一件お預かりしております。このメッセージを再生する場合は、7#を押して下さい"


言われるまま携帯のキーを押すと、しばらくして録音メッセージが再生された。



『誕生日おめでとう』




「………は…?」


…この声。

聞き覚えのある同級生の声。

つい数年前までこの街に住んでいたので当時はよく会って話をしていたが、

彼が新宿に越してからは会うことも話をすることも少なくなっていた。

…なのに今更わざわざ公共の録音機能を使って何だってんだ?


「……臨也?なに…?つーか…何で私の誕生日知って…」

『え?何で知ってんだって?俺にそれ聞く?』


うぜぇぇぇええええ!!!!

腹立つ!!!こいつ腹立つ!!!

何だよこれ自動録音だろ!?

何であたしの言うこと全部予測して喋ってんだよ!!


何とか怒りを抑えると大きな溜息が洩れた。


『はは、いいねぇその盛大な溜息。君のことだからどうせ忙しくて自分でも忘れて、

 一緒に祝ってくれる彼氏もいないからあっという間に今日が過ぎちゃうんだろうねぇ』

「余計なお世話だ!!」


録音音声に向かって思わず怒鳴った。


『怒鳴るなよ』


……あ、だんだん気持ち悪くなってきたぞ。

どっかで見てんじゃないのこいつ。


辺りをきょろきょろ見渡していると涼しげな声が再び話を始めた。


『ま、何にせよ年を取るのは生きてる証拠さ。知ってる?昔は誕生日なんかなくて、

 年が明けると皆いっせいに歳をとったらしいよ。まぁある意味理に適ってるけど、

 12月31日に生まれた人間が1月1日にまた歳をとるっておかしくない?

 そういう意味では誕生日って重要なんだろうけど、1年365日毎日必ず誰かの誕生日なわけで

 生まれたその日がまた廻ってきたから1つ成長したなんて、何が基準で誰が判断するんだろう?』


…そんなこと言われても。

生まれて初めての誕生日、そう1歳の時には親がぬいぐるみ買ってお祝いしてくれて…

その日になると特別な楽しいことがあるんだなって幼心に認識して…

それが誕生日って無意識の認識だろ。ったく理屈くさいったらありゃしない。


「……話長いよ」

『話が長いって?いつものことじゃないか、聞き流してよ』

「何の為に電話したんだお前!何が言いたいんだコラ!」


これは自動録音だ。分かってる。

でも、もうここまでくると



こいつは言うんだ。間違いなく。




『決まってるじゃん。祝福するよ。君の生まれた今日を』




昔から


なんやかんやで一番人間くさいのはこいつだなって


思ってたんだ。




そこでメッセージは切れて、再びガイダンスが流れた。

メッセージは最大24時間保存されます。

保存時間は残り×時間です。

このメッセージを消去する場合は…



は迷わずガイダンスに従ってその伝言メッセージを消去した。

そしてすぐにアドレス帳を開いて「あ」行の名前欄を下にスクロールしていく。

番号変わってたら…いいや、そのまま放置しよう。

留守電になったら「ばーか」って一言で切ってやろうそうしよう。

そしたらもっかい静雄に連絡してなんか奢ってもらってもらおう。ザマーミロ。

繋がったらどうせ長話されるだろうけどまぁ許そう今日ぐらいは。





新宿の事務所で一人、窓際の立派なデスクに向かう男は手元の携帯が鳴っているのを笑ってずっと眺めていた。







120万ヒット企画でリクエストを頂いた臨也で誕生日夢です。
臨也はめんどうで手間のかかるまどろっこしいことに全力を込めてると思います。
その過程を楽しむ人だものね。あ、伝言ダイヤルは実際使ったことがないのでガイダンスは嘘っぱちです。
ヒロインが答える間の時間を考えて録音した臨也を想像して頂ければ(笑)
リクエスト下さった蹴鞠様ありがとうございました。そして誕生日おめでとうございます(^^)