「氷室くんの彼女がバスケットボールだとして」

「は?」




洗濯を終えたTシャツをパン、と広げ、その白さを満足気に見つめながら彼女は言った。

「ボールの雄雌ってどこで見分けるのかな」

「…ごめん、言っている意味が分からないんだけど」


あくまで真顔でこちらを向いて訪ねてくるものだから、

こっちも真顔で答えたつもりだったが苦笑してしまったかもしれない。

「氷室くんは今まで告白してきた女の子に「今はバスケが一番だから」って答えてきたんでしょ?

 じゃあ「わたし氷室くんのボールになる…!」って言い出す子もいるんじゃないかと思って」

「一概にそう答えてきたわけじゃないけど…さすがにそういう子はいなかったよ」


「ほんと?」と顔をしかめて聞き直されたから「本当だよ」と頷いておいた。

バスケが一番でいい、二番目でもいいからと何だか別の展開を思わせることを言ってきた子はいるけれど

物事に順位をつけてそれぞれを満足にこなせる程器用な人間ではない。


「んー…じゃああれかな。ボールが男で女はゴールなのかな?」

「今度は何を言ってるの?」

「いや、女がゴールなら「君のリングに僕のボールを入れてみせる」とかそういう」

「なんか下品に聞こえるんだけど」


思わず吹き出すように笑ってしまった。

彼女は少し不機嫌そうに「至って真面目な話をしてるんだけど」と唇を尖らせ、広げたシャツを干し始める。

真面目な話だったのか。

ならばこちらも真面目に聞かなければならないなと思い、「ごめん」と謝って続きを聞くことにした。


「じゃあ…何ならいいんだろ。バッシュ…は踏まれるし、

 タオルも…いくらでも替えが効くって点では微妙だよね?」

「バッシュの紐は?」

「切れたら縁起悪い」

「そうそう切れるものでもないけど…あとは…そうだな、ユニフォームは?」

「あー惜しい。試合の時しか着ないっていう特別感は合格だけど、

 あれって先輩たちの代からずっと受け継いでるものでしょ?

 氷室くんの他にもあの12番ユニフォーム着てた人いるってことでしょ?」

「あぁ確かに…」

「じゃあダメだ」


バスケをするにあたって必要なものを一通り挙げてみたけど、

どれもしっくりこないらしく彼女はまた「う〜ん」と唸り出す。

一緒になって顎に手を当てて考えたけど、そもそもどうしてこんなこと考えてるんだっけ?

「無理して物に例えなくてもいいんじゃないかな」

「それじゃ本末転倒だよ」

むぅ、と唇をへの字にして空になった籠を片付ける。

次は何するんだっけ…とポケットからメモ帳を取り出して、ボールペンの頭を顎でノックした。



「もしが男で俺が女性なら、そのボールペンでもいいと思うよ」

「え?これ?」



彼女が持っていたのはなんてことはないごく普通のボールペンだ。

秀でている点を上げるとすれば黒・赤・青の3色備えというところだろうか。

文字を書く事に加えて重要な部分を色で囲うことも出来るし、

陣形を描いた時に分かりやすく色分けすることも出来る。

どこにでも売っているけれど高機能なボールペンだ。


「…これ100均で買ったやつだよ」

「値段は関係ないんじゃない?大事に使ってるなら」

「うーん…でも、安いやつだからインクなくなっても替えられないし」

「でも買い換えたらまた大事に使うだろ?」

「うん…うん…?…いや、ボールペンのことはどうでもいいんだよ?

 氷室くんの何になりたいかっていう話だよ?」


堪えていたけど再び笑ってしまった。

悩んでいたみたいだったから分かりやすそうな例えを出したつもりだったのに、

結局更に悩ませてしまったみたいだ。

「俺はその子の一番なら何でもいいけど」

「だから氷室くんにとってそれがバスケならもうボールになるしかないじゃん!?」

「それもそうだね」

こうして話は振り出しに戻ってしまった。

「…そうだなぁ」

彼女は下唇でかちりともう一度ボールペンをノックして、ふっきれたように顔を上げる。



「一周回って、やっぱ氷室くんの彼女になりたいかなぁ」



終始真顔で言うものだから、こちらも一瞬固まって真顔で彼女の横顔を見た。

視線に気づいた彼女は「だってそういうことだよね?」とまた真顔で聞いてくる。

無意識にふ、と吐息が溢れて緩んだ口元を指で隠した。


「うん、いいんじゃないかな。そっちの方がストレートで、俺も好きだよ」

「ね。あっでもどうしよう、うち仏教徒なんだけど…」

「俺も別に家がカトリックってわけじゃないよ。

 今は教会に何回か通えば宗教に関係なく教会で式挙げられるっていうし」

「そうなんだ!じゃあ仏教徒でもチャペルのヴァージンロード歩けるね!」


和気あいあいと新婚夫婦のような会話をする二人。

少し離れたところでそれを眺めていた三年生二人は怪訝な顔だ。


「…何なんじゃアイツら結婚でもするんか…?」

「さぁ…はともかく、氷室は来年にならないと無理だよな」

「あぁそうじゃな…ってそこじゃなくね?」



3回まわって「好きだ!」





陽泉企画第一弾は氷室!
氷室は割とヒロインの性格を選ばないので書きやすかったです。
心身共にイケメンってのは相手がどんなんでも適応できるんだなぁ(遠い目)