Blue Blue Blue












「ふあぁー…」

良く晴れた昼下がり

はようやく部屋のベッドから起き上がった。

真っ先にカーテンを開けると、眩しい光が差し込んでくる。

今日は店が定休日なので仕事は休み。

久しぶりに気の済むまで眠っていたら午後になってしまった。

(天気もいいし…久々に街に買い物に行こうかな)

ベッドを出て伸びをして、着替えようとシャツのボタンに手をかけたところで



ビーッ



「っ」

玄関のチャイム。

は手を止めてドアを見る。

(…誰だろ。新聞の勧誘かな?)



ビーッ



再び鳴らされるチャイム。

…どんだけせっかちなんだ。

「はーい」

は返事をしながらとり急ぎ髪を手ぐしで整え、

寝間着の上からカーディガンを羽織って玄関に向かう。


ガチャ


「新聞なら間に合って…」

「…ああ悲しい…悲しい話だ…」


ガチャン


ドアを開けて目の前にいた真っ青な男を見るなり、は再びノブを引いてドアを閉めた。

「あぁ!悲しい!悲しい話の連続だ!!

 をデートに誘いにきたのに新聞勧誘に間違われた挙句、

 話を最後まで聞いてもらえず締め出しまで食らう!悲しすぎるッ!!」

「いいからちょっと黙れ近所迷惑でしょ!!」

ドアの向こうで喚く男に、はドアを閉めたまま怒鳴る。

「悲しさついでに俺との間に憚るこの分厚いドアを壊ーす!

 このドアを壊せば俺の悲しい気分も晴れ、の手を煩わせることなく隔たりは消える!」

「壊すな!!!」

男が腰からレンチを抜いた姿を想像し、は慌てて再びドアを開けた。

すると案の定、男は右手に持った巨大なモンキーレンチを振りかぶっている。

は額を押さえ、ハーッと深いため息をついてドアの縁に寄りかかった。

寝起きだってのにこんな大声を出して、血圧が高くなったらどうしてくれる。

「……何、何で今日あたしが休みだって知ってんの」

家の前に立つ青い作業着の男・グラハムを訝しげに見つめ、冷静さを保って問いかけた。

「店に行ったら定休日の看板が立ってたんだ。

 店が休みなのにが働く理由がないだろう?」

振り上げていたレンチを下ろし、肩で上下させながら自慢げに笑うグラハム。

正論なのだが、は呆れ顔で深いため息をつく。

「まぁ1つ嬉しい話を紡ぎ出すとすれば、が寝間着姿で髪も下ろして完全に寝起きルックで

 無防備に出てきたってとこだな」

「………最悪だ…」

は手の平で顔を覆って項垂れる。

「…?そういえばデートって…?」

彼の言葉の一部を思い出し、顔を上げて首をかしげる。

するとグラハムは右手のレンチでびしっと階段の下を指してみせた。

は玄関を離れ通路に出て、アパート前の路地を見下ろす。

通路に停められた1台のフォード車。

「・・・・・・」









1時間後

私服に着替えて身支度を整えたは、シカゴ中枢の公園に来ていた。

勿論、ここまでの運転手兼誘ってきた張本人も一緒に。

(…何で誘われてそのままOKしちゃったんだあたし)

折角の休日をのんびり過ごすはずだったのに、結局これじゃあいつもと変わらないじゃないか。

晴天のおかげで公園はいつもより人が多く、子供達は広場で追いかけっこをして遊んでいる。

大きな噴水前では多数のカップルが談話を楽しんでいるのも見られた。

隣を歩くグラハムはいつもの調子で、鼻歌交じりに右手のレンチを放ったり受け止めたりしている。

「…何で急にドライブなんか」

「特に意味はない。退屈を持て余していたのでシャフトに何か案はないかと聞いたところ…」


『シャフト!なんか面白くなる話をしろ!!』

『あー…面白いかどうかは分かりませんけど…

 さっき来る途中さんの店に行ったら定休日だったじゃないですか。

 さんも休みなんじゃないですか?だったらデートに誘うとか』


「…とシャフトが珍しく良案を出したわけだ!」

シャフトとしてはこれ以上退屈が理由で暴れられては敵わなかったので、

デートを口実に大人しくしていてもらおうと思っていたらしい。

(……シャフト後でシメる)

はそんなシャフトに軽く殺意を抱きながら溜息をついた。

すると



こつん



「ん?」

の横を歩いていたグラハムの靴の踵に、何かが軽くぶつかった。

2人が立ち止まって振り返ると、足元には子供が投げて遊ぶゴムボールが転がっている。

「ごめんなさい!」

顔を上げるとそのボールの持ち主と思われる少年が走ってくるのが見えた。

はその場にしゃがみ、ボールを拾ってそのままの姿勢で少年の前に差し出す。

「はい。人に当たらないように気をつけるんだよ」

「うん!ありがとう!」

少年は笑ってに礼を言うと、ボールと抱えて再び走っていく。

もつられるように柔らかい笑みを浮かべたままそれを見送った。

グラハムはレンチの先を肩に乗せたまま、そんなの顔を横目で見つめる。

「……子供は罪だ」

「は?」

頓狂なことを言い出すグラハムを見て、は怪訝な顔をしながら立ち上がった。

「子供は天使だと抜かす奴がいるが、あのガキは今無意味にを笑顔にさせた。

 この俺でさえ滅多にを笑顔に出来ないのにこんな理不尽な話があるか?

 ボールを落として拾ってもらっておきながら逆に拾った側の人間を笑顔にさせるとは…

 子供は罪だ!!無駄に罪だ!!」

「大人気ないなぁ…」

子供相手に何を、とは呆れるようにため息をつき

ふと目に止まった手近なベンチに座った。

「俺はもう成長するつもりはないから大人も子供も関係ない」

「とっくに成人してんでしょ。現実を見ろ現実を」

グラハムはそんなを追い、ムチャクチャなことを言いながらの隣に腰を下ろす。

は膝の上で頬杖をついて当たり前のツッコミを入れた。

「…………いい天気」

仰ぐ空は雲ひとつない晴天。

遠くに聞こえる子供の笑い声。

隣で血まみれのレンチを持っている男がいることを覗けば、なんて平和的な光景だろう。

(…カップル多いなー…)

目の前を通り過ぎるのは腕を組んで歩くカップルが多い。

はそのまま横目で隣の男を見る。

グラハムは曲げた右足を左足の腿に乗せ、手では相変わらず大きなレンチを放って弄んでいた。

それを見たはハーッと深いため息をついて前髪を掻き上げる。

(名目がデートならせめてレンチぐらい置いてこいっつーの…)

真っ青な作業着は彼のトレードマークだから別にいいとして、(むしろ作業着以外の姿が想像できないし)

ドライブに来るだけならレンチは必要ないと思うのだが。

(……こいつにムードを求めるのが無理な話だ)

出会って1年に満たないが、ある意味単純で破天荒彼の性格は彼の手下以上に分かりつつあった。

(未だ返事が出来るにいるのはそのせいだと思うんだけど)

何度目か分からない溜息をつき、とりあえず背もたれに深く寄りかかった。



「ん?」

隣のグラハムが口を開く。

は額に手を当てながら横を向いた。

「シャーネという女を知っているか?」

唐突なことを言い出すグラハムの言葉には一瞬目を丸くする。

「…シャーネ?」

「ジャグジーたちと一緒にいる黒髪黒服のナイフ使いだ」

「……黒髪…」

は首をかしげ、おぼろげな記憶の中からNYにいるジャグジーたちのことを思い浮かべた。

そうは言っても前に一度だけ顔を合わせて一言二言話しただけなので記憶は薄い。

顔に剣の刺青がある泣き虫や眼帯の上から眼鏡をしている少女などインパクトが強い面々だったが、

その中でも一際目を引く、黒髪の美女がいたのを思い出した。

「あぁ、あの無口だけどめっちゃ美人の子?」

「そう!無口な黒髪の美少女!いや、お前も同じ黒髪だが匹敵する美女だから安心しろ!!」

「いやいいからそういう補則。

 で?そのシャーネって子がどうかしたの?」

は冷静にグラハムの言葉を流し、再び首をかしげる。

「俺はそのシャーネって奴が今の婚約者にプロポーズされる現場に居合わせたことがある」

「…そうなの?」

「まぁ俺たちがイブ=ジェノアードとシャーネを間違えて誘拐したことから

 その場に居合わせることとなったんだが…その婚約者というのが実に不快な野郎でな」

組んだ足の上で頬杖をつき、グラハムは溜息混じりで首を横に振った。

「誘拐…?まぁその辺はいいや…何が不快なの?」

マフィアの下働き・列車強盗・大手企業ネブラに乗り込むなど様々なことをやらかしてきている彼なので、

も今更誘拐ではいちいち驚かない。

「話を聞けばそいつはシャーネとは過去1度しか会ったことがないのに

 本気で奴に惚れていたらしい。しかもその場で結婚しようと言って、ドレスまでプレゼントしてたんだぞ!?

 その場にいた俺たちをないがしろにした挙句、極めつけはFPF号でラッドの兄貴を落としたのは奴だったってことだ!!

 不快に不快を重ねすぎてもう奴を殺すしかないと思ったが、それはラッドの兄貴に任せることにした。

 俺だって仮にもジャグジーの仲間の関係者を殺すのは後味が悪いしな…」

「…会ったその日に告白してきたアンタが文句言える立場じゃないけど、

 さすがにアンタは「結婚しよう」は言わなかったもんね」

半年前のことを思い出し、は僅かに目を細めながら呆れるように言った。

確かに、話だけを聞いていればそのシャーネの婚約者というのは相当破天荒な性格をしているようだ。

「俺だってそこまで節操がないわけじゃない。

 俺には結婚がどういうものなのか想像はつかないが、とにかくあの赤毛野郎よりは

 モラルを理解しているつもりだ」

「………それはどうだろう」

真顔で主張するグラハムに小声で突っ込む

とりあえず誘拐をしている時点でモラル云々はアウトだし、

公園に散歩に来ているのに腰に巨大なレンチがささっているのも異様だ。

「…だが」

グラハムは深く背もたれに寄りかかり、長い前髪から覗く碧眼で空を仰ぐ。


「愛する女を想うって点では、正直俺の域を超えてるんだ」


珍しく一定のテンションで、グラハムは自虐的に笑った。

前置きが長かったが、ようはそれが言いたかったらしい。

はそんな彼の言い草にきょとんと目を丸くする。

それからしばらく考えるように自分の膝を見つめ、覚悟を決めたように深呼吸して再び隣のグラハムを見た。

「……あの、さ」

が口を開いたので、グラハムは姿勢を直しての方を向く。

反対には顔を逸らして指を組んだ。

「あたし結局、半年前の返事…保留にしたままだったよね?」

その言葉に今度はグラハムの方が目を丸くして数秒考える。

「…そうだな…そういえばそうだった。

 つまり俺は半年の間片思いだったということになるな!?

 いや正確にはまだ返事をもらっていないからまだ片思いだってことだな!?」

本人も忘れている始末。

それは無理もない。

返事こそしていないものの、キスもしたし(されたし)、こうして一緒に歩くことも最近増えた。

今一番親しい異性と言ってもいい。

事情を知らない人が見れば完全に恋人同士に見えるだろう。

「……ぶっちゃけ、あたしアンタのこと絶対好きにならないと思ってた。

 愚連隊とかそのレンチとか関係なく、単純にソリが合わそうだなって。

 でも結局断りもしないで半年間ズルズル来てて…そのくせアンタとこうしてる時間は増えて…」

グラハムは珍しく真剣にの話を聞いている。

「いつからだったか忘れたけど…それが楽しいって、

 なんか姿見えないとモヤモヤするって、思うようになった」

そこでは顔を上げ、隣のグラハムを見上げた。





「------あたしも、アンタのことが好きなんだと思う。

 …多分」






まだ曖昧だけど


言葉に出して漸く









自分でも気づいた気がする。









「……………」

それまで黙っての話を聞いていたグラハムは、

目を見開いて2、3回瞬きをするといきなりすっくと立ち上がった。

は突然ベンチを離れたグラハムに驚いて彼を目で追う。

「な、何…?」

「…立ってくれ」

グラハムはの前に立ち、口を開いた。

は首をかしげるが、言われるまま立ち上がる。

の目線が彼の肩と同じ高さになった瞬間



がばっ!!!



「('Δ')ぅわっ!!」

そのまま自分の体に覆いかぶさってきた青い影。

は青い胸板に体を預けて、青い肩越しに彼の背中の風景を見ている。

「え…っ、ちょっ…!!」

真っ赤になって目を泳がせる

だが当の本人はそんなことはお構いなしに、を抱き締めたままいつもの調子で言葉を紡ぎだした。

「…こういう時俺がするべきは嬉しい話か…?それとも感動する話か…?

 どっちだと思う?」

相変わらずの声はいつもより近い位置で聞こえる。

「……っど、どっちでもいいんじゃない…」

「じゃあ嬉しくも感動する素晴らしい話にしよう!!

 俺は半年以上もに片思いをしてきたわけだが、今!この場所で!!

 ようやくの返事を聞くことができた!しかも返事はYesだYes!イエス!!!

 これほど嬉しい話があるか!?世界の人口約40億人に対して男女の比率は……あー…まぁ、

 よく知らないがその中で俺とが出会って、俺がに惚れて、そこでも俺に惚れてくれていて、

 そこでこう、世界が1つになったような一体感が生まれるわけだ!!

 そう!片思いが両思いに変わるということは世界平和の第一歩じゃないか!?

 愛は平和だ!!!愛し合うことは平和を作る!!!!」

言っていることが支離滅裂なのはいつものことだが、

今日のはいつもに増して意味が分からない。

(……やっぱ前言撤回しようかな)

は呆れた顔をしながらも彼の胸板に体を預けている。

(------------や)

(この状況で意外とガッチリしてんだなぁとか思ってる時点で…)


…あたしはやっぱりこの男に惚れている、らしい。


自分で整理して恥ずかしくなって、赤面した顔を手で覆った。

がそんなことを思っていると、グラハムはの両肩をぐっと掴んで距離をとる。

「っ」

だが顔の距離はかなり近い。


「…これはアレだ。このままキス出来る距離だと思わないか?」


長い金髪の合間から覗く碧眼。

距離のせいか、腰に響く低い声がの体温を上昇させる。

「…そういうことは口に出さないほうがいいと思うんだけど」

「だって口に出した方がも準備できるだろ?」

「ッ!」

思いがけない言葉には再び赤面して目を見開いた。

同時に、手袋を外した大きな手が黒髪を剥く。

前回は心の準備も覚悟もないままだったので、今はこの間が激しく心臓に悪い。

金髪が隠す碧眼が徐々に近づいてきて、は反射的に目を瞑る。



鼻頭を金髪が撫でる感触と同時に唇は緩い力で塞がれた。



ほんの数秒の、静寂。

ゆっくり離れていく唇と腕にの視界はしだいに明るくなっていく。

距離をとったグラハムがを見下ろすと

は赤面したまま顔を伏せ、その右手でグラハムの作業着の袖を摘むように掴んでいた。

「……やばい。今のは最上級に犯罪級にに可愛い。

 いやもともと可愛いが、今のこの表情は猛烈に強烈に可愛い。

 今この場にカメラがあったら迷わずシャッターを下ろしたくなる衝動にかられるが

 写真だと他の奴らにも見られてしまうから俺だけの心のフィルムに納めておくことにする。

 ヤバイ俺今もの凄く格好いいことを言ったか?惚れ直したか?惚れ直せ」

「いちいち言わなくていいからそういうこと!ちょっと黙れ!!」

顔を上げ、真っ赤になったままは乱暴に作業着を離す。

「何はともあれ、だ。俺たちはたった今世界平和に貢献したわけだ!

 愛は地球を救うとはどっかの国の人間もうまいことを言ったものだ…

 愛し合うことは地球を救う!これぞ正にラブ&ピース!!!」

腰のレンチを抜き、右手に持って高らかに掲げるグラハム。

周囲の人間は一緒にいる彼女があれで殴られるんじゃないかと心配した様子で見ているが、

彼女の方は呆れ顔を浮かべているので心配なさそうだと通り過ぎていく。

「…も、帰ろ。お腹すいた」

は溜息をつきながら前髪を掻き上げ、ベンチに置いていたバッグを持って再び歩き始める。

「ではさっさと帰ってシャフトに飯を奢らせるっていう案が浮かんだんだがどうだ?」

「あ、それいい。アンタにしては珍しくすっごくいい」

グラハムはに横に並び、レンチを放ってバトンのように受け止めて遊び出した。



………なんか



(なんも、変わってない気がする)

今日も空は晴天で

隣の男は相変わらずハイテンションで

相変わらずレンチを弄んでいて

あたしは今日もそれを呆れるように見つめて。





少し違うのは、いつもに増して 青が鮮やかだってこと。






青空

青い作業服

あたしの目に映る、青。






は顔を伏せ、隣の男に気づかれないように柔らかく笑った。









いつもの日常に、鮮やかな青が上塗りされる









久々ハム夢。
というのもまぁDVDで15話を見たからですが。
シャフトにも愛着が湧いてきましたよね。
そしてどんどん杉田ボイスがシンクロしていっているグラハムマジック!