彼女は今日も解体屋に振り回される









「…ちょっとオーナー、笑い事じゃありませんよ」

アメリカ・シカゴ

某レストラン厨房

は腕を組み、目の前で笑い転げている店のオーナーをじろりと睨んだ。

オーナーだけではない、若いコックも、ウエイトレス仲間も、みんな肩を震わせて笑っている。

「…く…っや、悪い悪い……だってまさか、なぁ、

 自分の店を告白の場所にされるとは思ってなくて…ハハハッ…!」

不機嫌なを見てなんとか笑いを堪えようとしているのだが、

堪えきれずにオーナーは再び笑い出す。

はだめだこりゃ、と深いため息をついた。



-------数十分前。



客室からグラスが割れる音が聞こえたので、慌てて厨房を出ると

中央の席の客がグラスを落として盛大に水を零していた。

は新しいナプキンを持ち、その席に駆け寄る。

こういったことはよくあることなので、冷静に対応していたのだが



『……惚れた!!!』




…その席の客にどういったわけか、突然すぎる告白を受けてしまったのだ。

もちろん、面識などない。

年は自分と同じぐらいで真っ青な作業着に身を包んだ、奇妙な男。

長めの艶やかな金髪に碧い瞳は一見すると整った顔立ちだったが、

彼が発する言葉の全てがそれを台無しにした。



『俺は今まで何度か一目惚れというものを経験してきたが、

 今日以上に目の前が薔薇のフレームで囲まれた日はない!!

 とりあえず今の気持ちをストレートに表現してみた次第だがいかがなものか!!』



これまでも何度か酔っ払った客に似たようなことを言われてきたが、

聞けばこの男は酒を一滴も飲んでいないという。

…シラフだからこそタチが悪い。

故郷・日本ではまずあり得ないことなので、はこの場を早々に切り上げることにした。




『おととい来やがって下さい』




彼らには分からないであろう日本語でそう吐いて。




呆れて厨房に戻ってきてみれば、どうやら男の声は店中に響き渡っていたらしく、

オーナーやコックは爆笑していた、という始末だ。

(笑い事じゃないっつの…)

は壁に寄りかかり、深いため息をついた。

「その人だけど…この辺りの愚連隊の人よね?」

ウエイトレス仲間の1人が口を開く。

「愚連隊?」

は目を細めた。

「この辺りの不良グループを仕切ってる総元締め、ぐらいの若い男がやってるって聞いたことがあるわ。

 多分…あの青い作業着の人がそうだったんだと思うけど」

ウエイトレスはそう言って思いだすように顎に手を当てる。

「でも別に無意味に暴れるとかっていうんじゃないし…

 食事に来ても金はちゃんと払っていくし、特に迷惑はしてないよ。

 まぁたまにそこらのマフィアやチンピラと抗争したっていうのは聞くけどね」

ウエイトレスの言葉にようやく笑うことをやめた店主が続く。

「……なんだって不良集団の元締めが…」

頭が痛くなる。

は額を押さえ、再びハーッと長い溜息をついた。

「も、いいです。忘れることにします」

そう言って壁から離れ、仕事を上がろうとエプロンの結び目を解く。

「え、返事は?」

「一目惚れなんか宛てになりませんよ。

 次の日我に返ってもう忘れてるってのがオチです。

 ったく、アメリカンジョークも大概にして欲しいですよね」

あの告白を本気で受け止めていないは、全く興味なさそうにそう答えて厨房を後にした。

…そう、あれはあの客の一時のテンションで、そのテンションに惑わされることなんかない。

そう思っていたはずなのに。





翌日


「………………」

夜も更けた午後7時過ぎ。

の営業スマイルは店内の真ん中で凍りつくことになった。

昨日と同じテーブルに座る、青い男。

は凍りついた笑顔を再びつくり、マニュアル通りの接客を始める。

「お客さまご注文はお決まりでしょうか?」

「昨日の返事を聞きに来た」

男は真顔でを見て、言う。

折角つくった笑顔を崩さぬよう、はにこにこと笑ったまま。

「メニューはこちらでございます」

男の言葉を無視してメニューを差し出す。

「あれ?俺ひょっとして忘れられてる?

 昨日の告白ではインパクトが足りなかったのか?

 では仕方ない、今日再びこの場所で俺はこのウエイトレスに愛を叫ぶことにする!!

 昨日よりインパクト大な過激なやつを一発!!」

「心の底からお願いします。やめて下さい。

 っていうか知らないフリされてるだけっすよ。あんなの誰しも記憶から抹消したいでしょ」

昨日と変わらぬテンションの男に、昨日もいた彼の仲間が突っ込んだ。




そんなことが次の日も続き、

また次の日も

そのまた次の日も男は店にやってきた。




オーナーに言ったら「金払って食事していくんだから立派なお客様だよ」と言われてしまった。

(…っ確かにそうだけど…!!)

だいたい男の名前も知らないし、こっちも名乗っていないし、

本当にお互い知らないことだらけなのに返事もクソもあったもんじゃない。

他の従業員は他人事だと思って楽しんでいるが、当のは仕事に集中できなかった。

はぁっと短く溜息をつき、客席から下げた食器を洗い場に置く。

「また来てるよ、彼」

コックの1人がそう言って勝手口の窓を顎でしゃくった。

は窓の方へ目をやる。

ぱっと見ただけですぐに分かる青い全身。

加えて鮮やかな金髪がとても目立つ男が、店の外を歩いていた。

だが店の中に入ってくる様子はない。

「…訴えてもいいんですかね」

テーブルに並べられた新しい料理を持ち、何度目か分からないため息をつく。

「でも彼らが来るようになってから、迷惑客減ったよね」

コックはそう言って料理を皿へ盛った。

はそんなコックを横目で見る。

…確かに、彼らがくる前までは別のチンピラ客がよく出入りしており、

酔っ払ってはウエイトレスに絡んだり他の客と揉めたりしてかなり迷惑していた。

だがあの作業着の男達が出入りするようになってからはそれを恐れてか、チンピラたちは寄ってこない。

「……それは、そうですけど…」

は腑に落ちない顔で唇を尖らせる。

コックはそんなを見て薄く笑った。

「話ぐらい聞いてあげればいいのに。

 相手を知らないことには、何も始まらないよ?」





(-----------そんなこと言ったって)





閉店後、は厨房から出たゴミを外のゴミ置き場に捨てにきていた。

…コックはああ言ったが、相手を知ろうにも初めて会った途端に「惚れた」なんて言われたら

相手の何から知っていいのか分からなくなる。

(確か仲間の男が…「グラハム」って呼んでたような)

おぼろげな記憶を手繰りよせ、店の勝手口前で空を仰いだ。

すると



「-----------あ」




路地の向こうから男の声。

振り返ると、夜でも街灯に照らされてよく映える青い作業着と金髪。

そして腰のベルトにささった大きなレンチ。

「…あ」

も思わず声を漏らす。

------あの男だ。

いつもの仲間を多数連れて。

「…やべえ。今日はあのウエイトレスに会う目的でこの路地を通ったんじゃないのに、

 偶然にも惚れた女と出くわしてしまった…これは運命なのか?運命と呼んでいいのか?

 そもそも運命って何だ?あの女が俺にナプキンを差し出したのも運命、俺があの女に一目惚れしたのも運命…

 だとすれば世の中運命だらけってことにならないか?それって楽しくねェ?やべぇ楽しくなってきた!!」

「それで振られたのも運命っすけどね」

相変わらずの言葉の羅列に呆気にとられながら、は1人ハイテンションの男を見つめる。

…言っていることこそ支離滅裂だが悪意があるわけではないらしく、こちらをからかっている様子もない。

どうやら愚連隊と言っても根っからの悪人というわけではないようだ。

「………あのさ」

が口を開くと、男はピタリと言葉を中断させた。

「あたし「ウエイトレス」でも「あの女」でもなくてって名前あるの。

 グラハムさん?」

腕を組み、初めて男の名前を呼ぶ。

「何てことだ…!俺はまだ名乗っていないのにアンタは俺の名前を知っていた…!!

 これは何だ?つまりはあれか?返事はYesでいいって意味なのか!?

 だったらどうしよう!この場合俺とアンタは恋人同士ってことになるのか!?」

「や、横の人が「グラハムさん」って言ってたの覚えてただけ。

 まだYesとか言ってないから。職業柄人の名前と顔覚えんの得意だし」

横の人・シャフトの突っ込みが入る前には冷静な言葉を返した。

一方シャフトは「グラハムさんの講釈に真っ向からぶつかっていける人初めて見た…」と関心している。

はふぅと溜息をつき、更に1歩グラハムに近づく。

「…あたしは。日本人。YesとかNoの前にとりあえず、アンタと「知り合い」になってみようと思うんだけど…

 どう?」

長い前髪に隠れる碧い目を見ながら、は毅然とした態度でそう言った。

グラハムはしばらく目を丸くしてを見下ろす。

漆黒の髪に色白な肌。

華奢な体に凛々しい顔つき。

アメリカ美女のシックルとはまた違う、端麗な東洋美女。

確かにグラハムでなくても一目惚れしそうな井出達ではあるが、

惚れた瞬間にそれを口にするのは後にも先にもこの男ぐらいだろう。

グラハムは口元に笑みを浮かべ、碧い瞳を前髪で隠したまま頷く。

「どうと聞かれたら俺は迷わず「Yes!」と答える。

 恋人というものは元を辿れば赤の他人だ。赤の他人が知り合って、愛を知り愛を囁き合って恋人になる!

 つまり「知り合い」にならなければ恋人になる経緯はあり得ねェってわけだ!!」

「…どうでもいいからアンタの名前もう1回教えてくんない?」

は眉をひそめて問いかけた。

「グラハム・スペクターだ」

心底嬉しそうに笑い、珍しく短い言葉を吐くグラハム。

はそこで初めて、彼につられるように呆れ笑いを零した。










----------半年後




「その後どうなったの?」





「は?」

閉店後、後片付けを済ませて落ち着いた雰囲気の店内。

はウエイトレス仲間に話しかけられて、食器を棚に戻す手を止めた。

「あの人と。それなりに仲良くなったんでしょ?」

ウエイトレスはそう言ってからかうように笑う。

「……どう、って…別に何も…」

「そういえば今日は来なかったわよね。ご飯食べに来ない日でも、いつも店の前を通るのに」

の反応をよそにウエイトレスはとても楽しそう。

は勝手口の窓を見て、今日はいつもある青い影がないことに納得した。

「…さぁ。またどっかで喧嘩でもしてんじゃないの。

 不良の行動なんかいちいち把握してないよ」

「あれ、随分親しくなったっぽいね?」

ウエイトレスの言葉には墓穴を掘った、と後悔する。

それを誤魔化すように、は踵を返して奥の休憩室へ向かった。

「お先しまーす」



-----親しくなったか聞かれたら、半年前よりはそれなりの仲になったとは思う。



どうやら彼らのアジトがの住むアパートの近くらしく、

日々の文句を言いにアジトである廃工場にも何度か足を運んだことがあった。

そしてグラハムは毎日のようにレストランへ食事をしに来て、来ない日は店の周りをパトロールして帰っていく。

そんなことが毎日のように続いて、必然的に「仲の悪い友達のようなもの」という関係になった。

この半年で彼について分かったことはシカゴ出身だということと、元工場の作業員をしていたこと、

も名前だけはよく知っているルッソ・ファミリーと何やら縁があること。年は自分より2つほど下だということ。

…それぐらいだ。



コツ コツ コツ


私服に着替え、暗がりの道を自宅のアパートへと向かって歩く。

途中、裏路地へ抜ける1本の細い通路で立ち止まった。

「……………」

街灯の少ない裏路地を見て浅く溜息をつき、アパートへ真っ直ぐ帰らずに路地へ入った。

…廃工場の多く立ち並ぶ裏路地へ。

は歩きなれたその道の途中、一際大きな工場跡の前で立ち止まる。

(…開いてる)

その廃工場はシャッターが完全に開いていた。

は慣れた様子で中に入り、薄暗い工場内を見渡した。

するとわずかな灯りの灯る工場の奥に、複数の人影を見つける。

「シャフト」

は顔見知りの男の名前を呼ぶ。

その声に気づいた男、シャフトが振り返った。

さん。どうしたんすかこんな時間に。…ひょっとしてまたグラハムさんが迷惑かけました?」

「幸い今日は店に来てないよ。暇だったから帰り道ちょっと寄ってみただけ」

バッグを肩に掛け直し、呆れるように答える。

…いつも見る相手がいないと何となく気になって様子を見に来た、というのは敢えて言わなかった。

「そうすか。あー…でもグラハムさん今…」

シャフトは少し声を潜め、遠慮がちに奥をチラ見する。

は首をかしげて彼の横から奥を覗き込んだ。

開けた工場の奥。

大きな窓枠に納まるように器用な体勢で眠る男が1人。

組んだ足を壁に押し付け、レンチを持ったまま腕を組み、

首を垂れ下げて眠り込んでいるグラハムの姿があった。

「………寝てんの?」

はそんなグラハムを指差してシャフトを見る。

「はい。ジャグジーたちがちょっと厄介事に巻き込まれたみたいで…

 それを片付けに昨日の夜からちょっと出てたんです。

 戻ってきたのついさっきだったんで、それからずっと寝てるんですよ」

さすがに寝てる時は静かっすよね、と笑って付け加えて。

グラハムの弟分であるジャグジーという少年とは、も面識があった。

彼がグラハムを慕っているのも知っているし、グラハムが彼らの面倒をよく見ているのも分かっている。

「………コイツ、めっちゃ変人のくせに結構慕われてるよね」

寝ているグラハムを見ながら淡々と言葉を紡ぐ

シャフトはそんな彼女を横目で見て、少し考えながら頬を掻いた。

「あー…まぁ、滅茶苦茶でもあの通りバカ強いですから誰も反抗できないのもそうっすけど…

 意外に面倒見いいんすよ。グラハムさん」

静かに寝息を立てるグラハムには当然聞こえていない言葉。

「かなーり理不尽で暴力的ではありますけどね。

 一回懐に入れた人間は最後まで面倒みてくれるっていうか。

 それで自然と人が集まってくるっていうのもあると思います」

少し呆れるように、日々彼から受けている殺人未遂な行為を思い出しながら苦笑するシャフト。

「まぁ俺らもその一部なわけで」

そう言って他の仲間と顔を見合わせた。

も呆れ笑いを浮かべる。

「物好きだね、アンタたちも」

「自負してます」

本人が寝ているからこそ言える本音なんだろう。

は再び笑い、その寝ている本人を見下ろした。

「………そのアホにまんまと落とされたあたしもね」

「?何か言いました?」

ぼそりと呟くの声が聞こえなくて、シャフトは聞き返す。

「ううん、なんでも。んじゃいいや、文句言う相手もいないし帰る」

くるりと踵を返し、シャフトたちを追い越して再び工場の入り口へ向かって歩いた。

「え、いいんすか?起こさなくて。

 って無理矢理起こすと手がつけられないテンションなんでそれはお勧めできないですけど」

「いいよ。起きるとうるさいから寝せといて」

シャフトに背を向けたままひらひらと右手を振り、そのまま工場を出て行く。

少し肌寒いシカゴの空は、街灯りやネオンに負けじと星が輝いていた。

そんな空を仰ぎ、息を漏らすと白い靄が薄く立ち上がる。

「----------…綺麗な空だな…」




数日前、あの男が乏しいと嘆いていた言葉が自然と口から出た。

綺麗なものは綺麗としか言い様がない。

(表現力云々カンケーないじゃん)

トレンチコートの襟を寄せ、静かに家路へと向かう。





数時間後、起きたグラハムにが来たことを告げたシャフトが何故かレンチでボディーブローを食らい、

家で静かに夕食を食べていたのもとへ青い作業着の男が乗り込んできて、アパート中から苦情が殺到する。






-----彼女は今日も、最高にネガティブでハイテンションな解体屋に振り回されている。









前回のヒロイン目線。
ハム夢は書くの体力いるけど楽しいです。
最近この人好き過ぎすぎて困ります。

今まで好きになったことのないタイプのキャラだ。
シャフトも好きです。遠慮しないよね。