あたしも



たまに、見るよ。




でもそういうのに限って起きると覚えてなかったりするんだよね

続き見ようと思って二度寝してもてんで違うの見たりとか。

その違うのでさえ忘れちゃったりとか。



ひとの頭って、便利に、不便に、できてると思う。







バク







「あぁ、今日は無駄だと思うよ」


お登勢は煙草の煙と溜息を一緒に吐きながら首を横に振った。

は出されたウーロン茶を飲みきって早々に席を立つ。


「だいたいね、叩き起こしたところでアイツの財布からは埃とジャンプ買ったレシートぐらいしか出てきやしないって」

「大丈夫です。あたし通帳置いてる場所知ってるんで」

「マジデカ!サッサトソレ持ッテキテ家賃払ッテモライマショウオ登勢サン!!」

「財布にも入ってないんだから預金があるわけないだろ。諦めなよ」


短くなった煙草を灰皿に押しつけてもう一度深いため息をつく。

開店前のスナックには当然客はおらず、の後ろではたまがせっせと床をモップがけしていた。

はウーロン茶の代金をお登勢に払って店の戸を開ける。


「もう何回立て替えたと思ってんですか。あたしだってね、一人暮らしだからって余裕があるわけじゃないんですよ」


唇を尖らせてそう言うと戸を閉めて、すぐ傍の階段に足をかけた。

スチール製の安っぽい上り階段はさほど歩に力を入れなくてもカンカンと音が鳴る。

今は上る足取りに怒りが籠っているからいつもよりその音は大きいかもしれない。

十数段の階段を上りきるとインターホンも慣らさずに2階の戸を開けた。

玄関を見ると黒いブーツが一足。

男物の草履と二周り小さなブーツやチャイナ靴は見当たらなかった。

いつもなら戸を開けると奥から突進してくるこの家の愛犬もいない。


(…散歩に行ったのかな。2人は)


後ろ手で戸を閉め、草履を脱いで中に入る。

数メートルの廊下を歩いているうちに留守番人の鼾が聞こえてきた。

居間に出ると案の定、家の主がソファーにうつ伏せになっている。

長い腕を外に投げ出し、足を肘掛からはみ出して何とも言えない格好で眠っていた。

テーブルの上には水が半分ほど入ってコップが置いてある。



「…ざまーみろ」



ソファーの前に仁王立ちしてハン、と鼻で笑った。


昨夜一緒に酒を飲んだ結果がこれだ。

毎回毎回二日酔いで大変な思いをするんだからセーブしろ、

いい大人なんだから限度ってモンを覚えろ、

昨日何度もそう言ったはずなのだがやはり無駄だったようだ。


一方の自分は飲酒前にウ●ンの力を飲んだし、飲んでいる最中も同量の水を飲んでいたので全く二日酔いにはなっていない。

べろんべろんになった相手の分も代金を支払い、

1人でコイツを担いできて保護者である2人に預けた…というのがの今朝6時の記憶。

これまでにも同じようなことが多々あり、立て替えている飲み代もいい加減馬鹿にならなくなってきた。



「確か通帳はこの箪笥に…」



ソファーの後ろの箪笥の上から2番目の引き出し。

確かいつもここに入ってる。

はまるで自分の家のように箪笥の引き出しを開けた。


「…あれ、ない」


引き出しに入っていたのは数枚の明細書だけ。

1番目と3番目も続けて開けてみたが紙クズがごちゃごちゃ詰め込まれているだけで通帳は見当たらなかった。

傍から見れば空き巣のような怪しい光景だがは全く気にせず引き出しの中を隈なく漁る。


「ちッ…新八くんに預けたか…」


引き出しを全て締め、ぐるりと振り返ってソファーに突っ伏せている銀髪を睨む。

再びソファーの正面に回って鼾をかいている男を見下ろし、捲れ上がっている白い着物の袖に手を突っ込んでみた。

中をごそごそと探ってみるが財布の感触はない。

恐らく下敷きになっている右手側に入れているのだろう。


「……………………」


はその場にしゃがみ、ソファーから投げ出して床につきそうな腕の手首を掴む。

寝ているせいでかなりの重さがありなかなか持ち上がらない。


「おーい、冷蔵庫のいちご牛乳担保に持ってってもいいかなー?

 あとそこの棚に隠してあるチョコとかさーつーか食料という食料全部持ってくぞコラ」


半分だけ見えている左耳に向かって声をかけるが応答があるはずもない。

はぁと溜息をついて手を離すと、びたん、と音を立てて床に叩きつけられるはずの腕が宙に浮いて物凄い勢いで伸びてきた。


「、ぅわっ」


反対に手を掴まれてよろけるとソファーの肘掛の上に尻餅をついた。

銀色のもじゃもじゃはどっかのホラー映画のようにソファーの上を這いながら帯にしがみついてくる。


「酒くさっ!離せっつの!!水ぶっかけるよ!?」


時間の経った焼酎の臭いって嫌いだ。

左手で銀髪を押さえて右手に水の入ったコップを持つ。

その動作で腕は剥がれたが重い頭が下っ腹あたりに落ち着いてしまった。

出てるからか!下っ腹出てていいクッションになってるからか!!!

コップを持った右手を振りかぶったところで、真下から何かごにょごにょと聞き取りにくい声が聞こえてきた。



「……、…………」

「……は?」



眉をひそめて頭を傾け、声を聞き取ろうと耳を澄ます。






「……ぃ」




「………せんせい…」








鼾がぴたりと止み、静かな寝息が聞こえてくる。

は目を見開いたまま数秒硬直した。



「…………………」



右手に持っていたコップをゆっくりとテーブルに戻し、その手で再び床に投げ出された腕に触れる。

酒が抜けてきているのか少し冷たい。



「……早く起きてよ…」



急かすように長い中指を軽く引っ張った。




「…まだ連れてっちゃだめだよ…先生」




…まだ、だめ。



立て替えた金返してもらってないとか、

こないだそのお詫びに奢ってもらう約束したパフェまだだとか、

あ、デコレーションケーキの作り方まだ教えてもらってないとか、

随分前に壊された扇風機まだ買い換えてもらってないとか、

あとは…えぇと…思いつかないけど…とりあえず、まだだめ。



「…………ん…」



寝息が止んで低い呻き声が聞こえたかと思うと、突っ伏せていた銀色のもじゃもじゃが動いてゆっくり顔を上げた。

数回瞬きをした所で何でこんな体勢で寝てるんだということを整理することに始まり、

目の前にある女物の帯の持ち主を確認しようと首を傾ける。


「……泣いてんの…?」


その持ち主がここにいることはさほど驚かず、彼女の表情の方に驚いて眉間にシワを寄せた。


「ちょ…何、二日酔いで目が覚めたら女が泣いてるとか若干引くんですけど…

 何だ…?記憶すっぽ抜けてる間に危ない橋を渡ってしまったのか?いくら昔馴染みだからってお前…」


知らない間に自分が枕にしていた女が手の甲で目を覆っているから、

せっかく酔いも醒めてすっきりしてきたのに変な汗が出てきてしまった。

声をかけても顔を上げようとしないので、うつ伏せのまま少し上体を起こして白い手の甲に触れる。







そっと手を退かすと泣いているのか怒っているのか分からない微妙な表情でこちらを見下ろしていた。

目尻が僅かに赤いような…いやもともとこういう化粧をする子だったような…

目を細めて首をかしげると、はその手を握り返してソファーの外に投げ出していた右足をふわりと浮かせる。

そして





ゴッ!!!




伸びきっている左脇腹に強烈な膝蹴り。

衝撃で上半身が一瞬浮いた隙にソファーから立ち上がり、着物の裾を直して脱げたスリッパを拾った。

銀時は再びソファーに突っ伏せて脇腹を押さえながらぷるぷると小刻みに震えている。

一瞬相手が二日酔いだということを忘れていたが、感触的に肋骨に当たった気がするから多分リバースの心配はないだろう。


「帰る」

「お前何しに来たのォ!?」


スタスタと居間を出て行くの背中に悲痛の訴え。

「寝言で知らない女の名前言ってた」

「は…!?いや、お前それは誤解だって…茶屋の節子ちゃんとかさ…さっちゃんとか九ちゃんの聞き間違いじゃね…!?」

脇腹を押さえながら立ちあがってよろよろと廊下を追ってくるが知ったこっちゃない。

玄関で草履を履き、戸に手を掛けて首を4分の1だけ後ろに傾けた。


「…後でいいから」

「あ?」


睨むような視線に銀時は眉をひそめる。



「金もパフェもケーキも扇風機も、後でいいから。

 ちゃんと布団かけて寝ろよなバカヤロー」



そう言い捨てると力任せに戸を締めて出て行ってしまった。


「……何、ツンデレ?」


いや99%が「ツン」だったけど。


「…つーか扇風機って何だ」


二日酔いでぐらぐらする頭を掻き毟りながら、まだ痛みの残る左の脇腹を撫でる。

あの女思ックソ蹴りやがって…とぼやいてその足で台所に向かい、冷蔵庫からいちご牛乳のパックを取り出した。





「……何の夢見てたっけ」








久々銀さん。上●樹●ちゃんの某保険のCMを思いだして書いたものです。あまり意味はない(笑)
銀さん自体が飴と鞭の使い方が上手い人ですから、ヒロインもそんなだと銀さんの方が押され気味になります。
銀さんは細かい面で大人なので書きやすいかと思いきや結構ダークホースだったりします。
なんでも主役って難しいものですよね。
…頑張ってもっと書けるようになります。杉田。(違)