なんか、思ってたのと違った。

1回戦2回戦で俺らに負けた奴らみたいに、試合終了と同時に泣き崩れて

選手同士で肩抱き合ったりとか、「もうこれで終わりなんだな」って黄昏たりするもんだと思ってた。


意外とあっけなく終わって、

特に後輩たちに残す言葉も見つからなくて、

難ある後輩の心配は少し残ったけど、まぁそれも後の奴らに任せときゃいいかと思えば気が楽だ。

そもそも最初から先輩の言うこと聞く奴じゃなかったし。


「…意外とボーッとしちまうもんだな」


喪失感ってこういうことなんだろうか。

入れ替わりで次の試合の学校が入って行くコートを客席から見下ろして柄にもなく独り言を呟いた。

さっきまで隣で岡村が吠えるように泣いていたけど、

うるせーし見るに堪えない顔だったから「とりあえず顔洗ってこい」と言って追い返したところだ。

多分しばらく戻ってこないだろう。

ふーっと長く息を吐いて伸びをする。



「ふ」


「く」


「い」



「くーん!!!!」

「ふ、おッ!!」


思い切り伸びていた背中にタックルをかまされて、

深呼吸を途中で邪魔され思わず吹きだした。

「な、何…っ」

「おつ!…あれ?ごめん泣いてた?」

「オメーがタックルかますから生理現象で出たんだよ!!」

「俺の福井くんの背筋がこんなにヤワなわけがない」

「どこのパロディ!?」

落ち着いていたところで急に怒鳴ったら頭に血が上って足元がふらついた。

そのままベンチにつっかかって崩れるように腰を下ろす。

「…勘弁してくれ…足腰ガタガタなんだよ」

「だろうねー」

こっちの気も知らないでハハ、と愉快そうに笑って言うから思わず怪訝な顔で横を見上げた。

「…見てたのか?」

「うん。ちゃんと最初から見てたよ」

「仕事は?」

「サボってきた!」

思わずぐるんと振り返って斜め後ろを睨みつける。

「うそうそ。ちゃんとお休みとってきましたー」

「…ここでその冗談いらなくね?」

「こういう時こそ必要な冗談もある!ほいタオル!」

そう言って小さなバッグからバスタオル大の白いタオルを取り出し投げつけてきた。

「…もう汗引けてるからいらねぇんだけど」

「引けてるからこそでしょ。体冷えるよー」

確かに、もともと暖房の効いていない会場だし汗が冷えてくると若干肌寒く感じるかもしれない。


「………………」


とりあえず、頭から大きなタオルをかぶったまま落ち着くことにした。

なぜか彼女は隣には腰を下ろさず、ベンチを跨いで後ろに回り背中に寄りかかるようにして膝を抱える。

…いやそっちの方が寒いだろ。

床コンクリートだし。

「うちわ」

「あ?」

「うちわ、作ってきたんだけどね。試合前に雅子ちゃんに会って見せびらかしたら怒られた」


『そのうちわを一瞬でも出したら会場から追い出すぞ』


(監督ありがとう…!!!)


拳を握りしめて心の底から監督に感謝した。


「健の字書き順多くて作るの面倒くさかったから「福井けん介」だったんだけど、いる?」

「いらんわ」

力作なのにーと後頭部で背中を数回頭突きしてくる。

ぼすん、と最後の一撃を決めて再び背中の寄りかかった。


「…惜しかったね」

「…ああ」

「でもまぁ、ケガがなくて何よりだ」

「おかんかお前」


それちょっと照れるね、と再び後頭部で頭突きをかましてくる。

そろそろ地味に痛いからやめてくれ。

「福井くん福井くん」

「…なに?」

とりあえず俺は前を向いたまま、彼女はおそらく背後を見たまま会話を始める。


「バスケ、楽しい?」


寄りかかってくる頭の重みが少し心地いいと感じてしまったらもうアウトだ。

僅かに首を傾けて背中を見ようとしたけど、向こうはこちらを振り向かない。

「…俺は、色々と並だから」

「うん」

「楽しくないとやってらんねぇ」

「うん」

楽しいとか楽しくないとかそういうのを抜きにして、

俺がバスケをやってる意味はあるんだろうかと考えたことならある。


去年の今ぐらいに副主将を任されて、柄じゃないけどまぁなるようになるだろうぐらいに考えてて。

そしたら新入生にあの「キセキの世代」がいるわ、そいつがめちゃくちゃデケーわ、言うこと聞かねーわ、

留学生と帰国子女も加わって何?平均身長194cm?ふざけんな。


「…まぁ何が楽しかったかって聞かれると一個も思い浮かばないけど」

「合宿できりたんぽ鍋作ったの楽しかったね!」

「アレお前卒業してから廃止になったぞ」

「えっなんで!?」

「部費かさむからだよ。オメーが無駄に比内地鶏とか使って贅沢に作るから」

「たんぽ鍋は比内地鶏じゃないと美味しくない!」

「黙って豚汁とかにしときゃよかったんだ」


もう一度食いたい味ではあったけど。

「…今度「突撃!出張きりたんぽ炊き出し隊!」やるか…」

「監督に怒られない程度にやれよ」

真面目な顔で顎に手を当てて「むぅ、」と考え込んだから、

火の粉が飛んでこない程度に釘を刺しておいた。


「…楽しいことってのは、案外覚えてないもんだよ」


そう言って再び背中に寄りかかる。

「あの合宿辛かったとか、あの試合しんどかったとか、

 そういうのは嫌ってくらい覚えてるのにね」

ふふ、と笑う声は穏やかで昔を懐かしんでいるようだ。

「楽しいことないかなって言ってるうちは、楽しいことなんかないから

 しんどかったことを思い出すのと同時に楽しいこともぽろっと思い出すんだよなぁ」


ふと

彼女の3年間を想った。


どうしてバスケの知識がない女子高生がマネージャーに抜擢されたのか、

その経緯は未だ知らないけれど

部員全員の名前と身長体重足のサイズを覚えて、その合間にバスケのルールを覚えて

(実際は覚えられなかったから今の彼女が形成されているんだけど)

洗濯して掃除して、合宿の度に人数分の飯作って、

ようやくその3年間から解放されると思いきや


(…俺みたいなのと一緒になって)


「アツシくんも、2年後にはそう思ってくれると思うよ」

「…どうだろうな」

きっとそうだよ。と笑われたから、つられて口元が綻んだ。


「福井くん」


背中の重みが急に軽くなったかと思ったら、

斜め上から腕が伸びてきて後ろからタオルごと抱きしめられた。

肩口に顔を埋められてすこしくすぐったい。

一瞬慌てそうになって、けれどまぁ周りにほとんど人もいないし慌てる方が逆に恥ずかしかったので

膝の上で頬杖をついた体勢で落ち着くことにした。


「…シャワーまだ浴びてねぇから、汗くせーぞ」

「高校男児ってそういうものでしょースタイリッシュにシャワー浴びた後だと逆に生意気」


浴びる暇がなかったわけではない。

なんとなく、流してしまいたくなかっただけだ。

別に汗を流したからといって終わりなわけではないけど

物凄く格好つけたクサいことを言ってみればこれが最後の未練の形のような気がして

流したら後は帰るか、って雰囲気がなんとなく嫌だっただけで


「福井くん」

「…何」



「3年間おつかれさま」



首のあたりで組まれた手に少し力が入ったのを感じた。


…あ。


なんか、ちょっとデジャブだ。

いつだったか同じようにされたことがある気がする。



『3年間がんばってね』



確か、彼女が引退する時に。



「…うん」



喉仏を締めるようでちょっと苦しい手に触ってみたら案の定冷たかった。


「うおぉぉおおおおぁぁぁぁあ!!!!」


トイレに続く下り階段の方から唸り声というか野太い叫び声。

あーうるせーのが戻ってきた。

「あ、岡村くんだ。おつー」

「あ、お、お疲れ様です…じゃなくて何してんじゃお前らァァァ!!!!」

「羨ましいかこの野郎」

「羨ましい!!物凄く羨ましい!!!」

「せっかく顔洗ったんだからもう泣くなよきたねーな…」

「これは敗北の涙とはまた別じゃん!?別の悔し涙じゃん!?」

「へへ、他のいけめんにはやらないのー」

「…それ暗に俺はイケメンじゃねぇっつってるんだよな?別にいいけど」

「福井くんは中の下だよ」

「うっせーわ!お前だって同レベルだろうが!」

「バカ言うな!私は下の最下層だ!!」

「そこまで謙れとは言ってねぇよ!?何でそこで怒んの!?」


いつの間にか

冷えて少し硬くなっていた体が温まって柔らかくなっていた。


「さて。じゃ一足先に秋田に帰っかな。岡村くんこれ、ドリンクとクエン酸顆粒と

 ブドウ糖とバナナとホッカイロ。多分人数分あるから使ってー」

客席からぴょんと降りて、差し入れがぎっしり詰まった袋を岡村に手渡す。

「…あー…

通路に出て階段を上がって行こうとするから、とりあえず呼びとめた。



「お前も、4年間お疲れ」



目を丸くして、こてんと首を傾げる。

「私、マネージャーやったの3年間だけど」

「…いや、そういう意味じゃなくて……うん…まぁ、いいや。帰れ」

「なんなのこの子ツンデレ?言われなくても帰りますよ」

あっち雪すげー降ったかんな!新幹線運休になったらざまーみろだな!

捨て台詞を吐いて唇を尖らせ、くるっと踵を返す。

最後の最後までやかましかった。

はーっと息を吐いて頭を掻くと、なぜか横で氷室が笑っていた。


「…何笑ってんだよ」

「いや、福井先輩らしいなぁって」

「何が」

「4年間っていうのは、マネージャーだった3年間とそれから1年間バスケをやってた先輩を

 見ててくれた時間ってことでしょう?」


氷室はそう言って笑いながら、階段を駆け上がっていく彼女の後ろ姿を見た。

つられてその後ろ姿を見上げる。


「…そーゆーの涼しい顔でサラッという所引くわ」

「ありがとうございます」

「褒めてねーよ」



(…そこはこれからもよろしくって続けて欲しいとこだったけど嬉しかったから許す!)



会場を出て軽くスキップすると自然と笑みが毀れた。

(2年前より、首回りも太くなったし肩幅も広くなったなぁ)



「まだまだ格好よくなってみせろよ青少年!」




ナントカジョーダンによろしく。





前回福井夢続き。
本誌で氷室さんがあんなことになるとは知らなかったので
普通にちゃっかり一緒にいますが目つぶって下さい。
陽泉おつかれ!!福井くん岡村くんほんとお疲れ!!