ボールを着く音、羽根を打つ音、ラケットにボールが当たる音、筋トレの掛け声

広さの分だけさまざまな音が聞こえる体育館で

ふいに、その中の一部にだけ聴覚が敏感に反応することがある。

そうするともうその音しか聞こえなくなって、聴覚はどんどん研ぎ澄まされていって、

まるで広い体育館で音を出しているのがその人だけみたいに感じることがある。


「何見てんの?」

「ぅおわっふ!!!」


ボールを籠に戻す手が疎かになっていて一瞬先輩に怒られたのかと思った。

それ以上に声の主がまったく気配なく背後から声をかけてきたから持っていたボールを落としそうになってしまう。

「む、紫原くん…」

少し猫背気味に立ちながらまいう棒にかぶりつく超長身クラスメイト。

かなり首を傾けなければ目を見て話が出来ない。

「それ、女子のじゃなくこっちのボール」

「え…あ、ああ…ごめん転がってきたから…

 違うよ!?別にパクったんじゃないよ!?」

「何も言ってないし。そっちが片付けてくれんなら別にいいけど」

手に持っていたボールを慌てて返すとそれを人差し指に乗せてくるくると回し始めた。

「何見てたの?室ちん?」

「氷室先輩…?ああ…イケメンだよね。黒髪短髪美形の泣きボクロって最強装備だと思う」

自分の胸のあたりまで積み上げたボールの山に凭れかかり、ネットを挟んだ隣のコートに目を向ける。

褒めている割に興味のなさそうな言い方だ。



「…福井先輩って、彼女いるかな?」



なんだそっちか、と納得して紫原も先ほどまで自分がいたコートに目を向けた。

今はベンチを含んだメンバーが交代でコートに入っている所だ。

彼女が具体的に名前を出してきたものだから、目は無意識にその副主将に向いてしまう。

「さぁ。いないんじゃない?見たことないし聞いたこともない」

「そういう話しないんだ?」

「しないよ。興味もないし」

「…だろうなぁ」

くるくる回していたボールを止めて「片付けといて」と結局ボールをパスされた。

もともと片付けるつもりだったのでそのままボールを受け取り籠に放り入れる。

「本人に聞けば?」

「それが出来たら君が氷室先輩充ての手紙を預かることもないと思うよ」

「…あ、忘れてた。今日も預かってたんだ。どこやったっけ」

「…怒られるよ?」

ジャージのポケットをまさぐったが見つからなかったようで「まぁいいや」と直ぐに諦めた。

多分、というか絶対、その中の何通かはこの男宛てだろうに。

「別にーそういうところで他人に頼る奴がうまくいくはずないじゃん」

「耳が痛い…」

相変わらず覇気のない表情でさらりと正論アッパーカットを食らわしてくれる。

「…そんな重役お願いする気ないけどさ…

 まいう棒30本あげるから…彼女いるか聞いてきて…」

「いいけど、本数の割に見返り小さいね。メアド聞いてきてとは言わないんだ?」

「そんなんおこがましいわ」

ちんって積極的なのか消極的なのかわかんない」

「…自分でもそう思う」

はぁぁ、と深いため息が漏れた。

すると


「敦、交代!」


いつの間にか隣のコートでボールの音とバッシュの擦れる音が消えていて、

先ほどまで眼球だけ動かして追っていた姿がまっすぐこちらを向いていた。

凭れかかっていたボールの山をぶち撒けてしまいそうになる。


「今行くーあ、ねぇ福「ちょ、ちょちょちょ…!!」


気だるそうに返事をしながら更に話を続けようとするから、慌ててジャージの裾を引っ張ってしまった。

「今は聞かなくていいよ!?」

「何で?聞いて後から報告すんの面倒くさいんだけど」

「毎日教室で会うじゃん!?席前後じゃん!?お手を煩わせますけどお願いだから私のいない時にして!?」

必死に懇願すると「んー…」と面倒くさそうに頭を掻いて盛大なため息をつかれた。

ため息をつきたいのはこっちの方だ。

「…本人に言いたくないけど紫原くんって、こういう相談向かないよね」

「ならしないでよ」

俺も面倒くさいし、と言って食べきったお菓子の袋をぐしゃりと握り潰す。

「そう言わないで…まいう棒50本に増やすからさ…」

「だから本数と条件が釣り合ってないって。どうせフラれるならガッといけばいいのに。

 俺そういうまどろっこしいの嫌いー」

「うわああああ心の破壊神だよおおおおおお」

コート上の破壊神はハートを破壊するのも得意らしい。

頭を抱えて再びボールの山に凭れかかる。


「…甘酸っぺーなぁ…」


ちょっと本気で涙目になってぼそりと呟くと、破壊神は何を思ったか

先ほど手紙を探すためにまさぐったポケットから何かを取り出した。


「あげる」

「何…?」

「飴。すもも味」

「…確かに甘酸っぱいけど」


手のひらに乗せられたのは桃色のまぁるい飴。

そのポケットはどこまでも四次元だ。(残念なことに手紙は入ってないけど)

「じゃ俺行くから」

「うん…ありがとう」

彼がコートに戻っていくと同時に反対側でも号令がかかって、

慌てて籠を用具倉庫まで戻しに行った。



期待はしないでおこう。紫原くんにも、先輩の答えにも。



紫原はコートに戻り、コートの外で水分補給している問題の先輩の横に並ぶ。

問題の先輩・福井は頭にタオルを乗せたまま後輩を見上げた。

「彼女か?」

「んなわけないじゃん。同じクラスの子」

あーほら面倒くさいことになりそうだ。

ジャージを脱ぎながら浅くため息をつくと、福井は「あー」と頷く。

「女子部の。同じクラスだったのか」

「…知ってんの?」

「いや知ってるっつーか、何回か喋っただけだけど。

 前に用具倉庫の鍵俺が持ってたことあって、待ちぼうけ食らわせて超謝った記憶あるな」

それがきっかけなんだろうか。

そう思うと何とも気の抜けてしまう話だ。

恋とか愛とかよく分からないけど、火を点けるのは意外と些細なことだったりする。

「…福ちんって、彼女いたっけ?」

「何だ急に。いたらこんな毎日バスケばっかしてねーわ」

「年下の女の子って好き?」

「は?別に好きでも嫌いでも…ってだからどーした急に」

「何でもない。これあげる」

怪訝な顔をする福井に向かって何かを放り投げながら入れ替わりでコートに入る。

「…飴?しかもすもも味ってまた微妙だな」

「甘酸っぱいよ」

「…動いた後だから正直ただ甘いだけの方が嬉しいんだけど…まぁいいか。

 つーかお前が自分の菓子くれんの珍しいな」

どういう風の吹き回し?と首を捻りつつ、開封した桃色の飴を口に放り込む。


(…まだ室ちんの方がスムーズだなぁ)


ありがとう。でも俺は今バスケが一番大事だから。

あの紳士は笑顔でそう返すだろう。

でもこの人の場合、氷室含め他の部員のことをモテるとかモテないとか言っているくせに

いざ自分のこととなると案外周りが見えてないのかもしれない。




「…まーがんばれ」




名前を呼んでほしいだけの恋なのです。






テーマは「甘酸っぱく」。
…あれ…(^ω^)
これ…福井くん夢…ですよ
ムッくん夢じゃ…ない、よ…
福井くんに面倒みられるヒロインが書けなくてムッくんに助けてもらったというのが正解。
逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃd
ムッくんに対して寛大且つ叱るとこはちゃんと叱る3年生がだいすき。