人魚姫にトゥシューズを。









「………あ。」


静かな瀬戸内海沿いの海岸

三歩ほど後ろを歩いていたが短い声を発して立ち止まった。

一定の反復運動で白い砂浜に寄せては引いていく波は、

さらさらと足元をとられる砂をしっかりと固めて2人分の足跡を数秒だけ残していく。

の三歩前を歩いていた元親は立ち止まって振り返った。


「どした?」

「足、切った」


はそう言って片足立ちすると細い右足をひょいと前へ投げ出す。

「あぁ?」

「親指の裏…多分なんか尖ったの踏んだんだなぁ」

元親は眉をひそめ、引き返してきた。

はぱっくりと切れて血が溢れてきた足をぶらぶらと動かすと、

足の裏が砂につかないように足の側面を着地させる。


「だーから言っただろうが。ちゃんと足袋履けって」

「だってやっとあったかくなって海辺歩けるようになったんだよ?

 やっぱりいつも通り素足で歩きたいじゃんかー」


捲くっていた着物の裾を下ろしながらは軽く唇を尖らせた。

元親は浅くため息をつき、すぐ傍の岩場に目を向ける。

「そこ座れ」

軽く腕を引いて促されたのでは肩を借りながら岩場の上に腰を下ろした。

元親はその下にしゃがみ、足の甲を掴んで砂と血が混じった傷口を見る。

は不安定な左足をとりあえず海の中へ突っ込んでバシャバシャと飛沫を立て始めた。

「陶器の破片かなんか落ちてたんだろ。
 
 春先は色んなモン流れてきやがるからな」

そう言って口で自分の篭手を外し、「沁みるぞ」と前置きしてから海水で砂を洗い流す。

「例えば?」

は痛みに少しだけ顔を歪めながら首かしげる。

「時化で転覆した船の荷物とか…

 それで海に落ちた奴の骨とか」

ぅえええええ!!!!

顎に手を当て、これまで春先の海辺で見かけたものを思い出す元親。

は海水に浸けていた左足を慌ててズボッと引き抜いた。

「無理!!もうこれから砂浜歩けない!!

 夏もおちおち泳いでられない!!!」

「そう言うなって。稀だぜ?そんなモン流れてくんのは。

 つーかそんな時に素足で歩いてるオメーが悪い」

一旦は砂と共に洗い流された血だが、相当深く切っていたようですぐに指の付け根から血が出てきてしまった。

「だって」と口をへの字にするをよそに、

元親は腰に下げていた帯を取って足へと巻きつけていく。

一方のはいつもと違う角度から見る恋人の銀髪をまじまじと見つめた。


「……なんか」

「あ?」




「鬼だアニキだ言われてる人を跪かせるのってちょっと優越感」




元親は顔を上げ、無表情にそう言い放ったを怪訝な顔で見上げる。

こっちは手当てしてやってる身だってのに優越感だ?


「…お前そっちの趣味あったのかよ」


もともと鋭い右目が更に細くなって完全に呆れ顔。

は「目覚めたかも」と笑う。

元親はハーッとため息をついて頭を掻き、足首で帯を結んでやった。


「ほら」


そして彼女に背を向け、軽く屈む。

は一瞬戸惑ったが恐る恐るその広い背中に両手をついて体を預けた。

それを確認した元親は両手を後ろに回して立ち上がる。

ゴツゴツと角ばった肩に掴まったはいいが、何せこの男は紫色の羽織を本当に肩に羽織っているだけなので

肩に掴まっただけでは服ごとずり落ちてしまいそうだ。

両手を軽く首に回して落ちないよう鬼の背中にしがみつく。


「………


「ん?」

「…胸当たってる」

体勢的に密着しているから仕方ないのだが。

「うん、当ててる」

だがは開き直ってけろりと言って退けた。

「ほとんど真っ平らなんだから意地張るんじゃねーよ」



・・・・・・・・



は軽く首に回していた両腕を完全に交差させ、力を入れて思い切り後ろへ体重をかけた。


狽「でででででで!!!お、おまっ、締めんな!!冗談だから締めんな!!!!」


細腕でも体重をかけて締められたらいくら鍛えた体とはいえ死んでしまう。

首を絞める腕をひっ剥がしたいが、元親の両腕はの腰を支えているので

ここで両手を離したりしたら彼女が落ちる。

そして更に首に体重がかかって冗談じゃなく窒息死する。

「元親の冗談はつまらないよ」

はそう言って腕の力を緩めた。

元親は軽くムセ返りながら「悪かったな」と眉間に皺を刻む。


「……今度いつ海に出るの?」


再び背中に体を委ねながらは問いかけた。

「卯月に入ったばかりのうちは海も油断ならねぇからな…敵も船は出さねーだろうし…

 あと10日ってとこか」

「ふぅん」

は生返事をして広い背中にぴったりと右耳をくっつける。


「…じゃあまたしばらく帰ってこないね」


ゆっくりとした口調で紡がれた言葉を聞き、元親は横目で自分の肩に目をやった。

少し首を傾けただけでは彼女の指先しか見えないのだが。

「…まぁ、そういうこったな。

 土産に上等のマグロ持ってきてやるからよ」

「そうだなーそろそろメバチマグロは食べ飽きたからやっぱりカジキだよね」

「……贅沢言うなよテメー」

無茶振りを言うに眉をひそめてチッ、と舌打ちする。

カジキマグロなんてそう滅多に釣れるものじゃない。

はふふっと笑って肩を掴む手に力を入れた。

「漁師の帰りを待つ女って格好いいよね」

「オイ俺がいつ漁師になった?海賊だって何回説明したら分かんだよ」

「船に乗って魚釣ってくる人はみんな漁師だよ」

「テメー日本全土の漁師と海賊に謝れ」

自分勝手で偏見な物言いに眉をひそめると




「だってこんなにやさしい海賊いないもん」





元親は立ち止まり、今度こそぐるりと首を回して背中のを見た。

は肩越しからひょこっと顔を覗かせて「何?」と首をかしげる。

「………………」

再びくるりと前を向き、その微妙な表情をに見られまいと歩を進める。



…ああもう



(忌々しい)




…ほどに愛おしい




「…あ。さっきの岩場に脱いだ足袋と草履忘れた。戻って」

「……っ早く言えよそういうことはよォ…ッ」



打ち寄せる波に







1人分の足跡









何故かcoccoを聴きながら数時間で書いたもの。
歌詞を見たら全然違ったので曲はまぁ想像して下さい(笑)
アニキはバカだけど常識人だと思います。計算とか出来ないけど魚へんの漢字は全部読めるぜー!的な。
周りにバカだバカだ言われててもいざという時常識を言うのでおめーに言われたくねーよとなりそうな人。
…アニキは私的理想にクリティカルヒットなのに何で嵌らなかったのか未だに謎。
幸村と違って好きに動いてくれて楽です。どこでヒロイン口説こうが襲おうがアニキの自由だ(こら)
実際アニキにおぶってもらったら胸のベルトが痛いと思う。
長編にも出る予定のアニキ練習。うちのアニキはこんな感じで!