「佐助と仲いいの?」



校内にある学食で昼食をとっていたとかすがだったが、

が突然妙なことを聞いてきたのでかすがは思わず箸を落としてしまった。


「な、なぜそんなことを聞く?」

「何か話してたみたいだったから…ごめん、違うの?」


周囲の生徒から向けられる好奇の目線も全く気にせず食事を続けるは首をかしげた。

「…同郷だというだけだ。仲がいいわけではない」

「あ、そうなんだ。幸村と佐助は幼馴染だって父様言ってたけど」

昨日校舎を案内した際かすがにだけは理事長の娘であることを明かしていたため、

は理事長を「父様」と呼ぶことを躊躇わなかった。

かすがは箸を拾い、少し慎重になりながらの表情を窺う。


「…あの2人についてどこまで聞いている?」

「え?どこまでって…割と昔からの幼馴染で…父様も昔から2人を知ってるって…

 父様は仕事の関係で幸村のお父さんと親しくしてたって……それぐらいかなぁ?」


複雑だよね、と他人事のように言ってグラスの水に口をつけた。

…実際今の彼女にとっては他人事なのだが。


「一番信頼してる生徒だって言ってたけど、よく分かんない」


分からない、というのは「信頼できるように見えない」という意味なのか「なぜあの2人なのか分からない」という意味なのか。

かすがは余計な詮索をせず、「そうか」と頷いて箸を進めた。







朔夜のまたたき-4-








同時刻・校舎屋上

広く整備されたその場所には既に慶次と元親の姿があって、それぞれ高いフェンスに寄りかかって昼食をとっていた。

学生食堂が混んでいる時は大抵ここが昼食の場所となっていたのだが、

改めてその場に呼びだされる意味が分からない幸村と佐助は首をかしげるばかりだ。


「お、政宗来た!弁当分けて!」

「テメー自分の持ってきたんじゃなかったのかよ」

「今朝はちゃんとまつ姉ちゃんが作ってくれたんだけどさ、3時限目終わった後食っちゃった!

 いいじゃんお前の弁当立派なんだし」


慶次はそう言って立ち上がると政宗のバッグから学生の弁当とは思えない重を取り出す。

「つーか毎朝こんな弁当作ってる右目の兄さんがすげぇな…」

「"政宗様の口に入るものは栄養面安全面共にこの俺が認めたものじゃならねぇ"とよ」

「超過保護!」

未だ座る気になれず入口で突っ立っていた幸村は政宗の背中に向かって声をかけた。

「…政宗殿、話とは…」

「話もクソもねぇよ。何のつもりだあの編入生」

政宗はくるりと振り返り、そのままフェンスに寄りかかって腕を組む。

幸村と佐助は目を見開いて一瞬体を強張らせた。

「あの子!昼飯誘う気マンマンだったのにかすがちゃんがさっさと連れてっちゃったからさぁ」

大きなエビフライを銜えた慶次が全く空気を読まぬ発言をする。

微妙な表情をしている幸村を見兼ねて佐助が半歩前に出た。

「何?あの子がどうかした?」

そう問いかけると、今度は政宗の方が少し驚いたように目を丸くしている。

だがすぐに怪訝そうに眉をひそめて首をかしげた。



「AH?あの女甲斐の姫だったんじゃねーのか?」



・・・・・・



幸村と佐助は目を見開き、ぽかんと口を半開きにする。

慶次と元親は話の経緯が分からないようで座ったまま3人を見上げていた。


「……ッな、何故政宗殿が姫様を…!お会いしたことがあるのでござるか…!?」


動揺する幸村の横で佐助は額を押さえる。

すぐに「見間違いじゃないの」と言えば政宗の勘違いで終わってくれると思ったのだが、

こちら側が肯定してしまってはもう隠しようがない。

「ねぇよ。会ったっつーか一度だけ遠目で見たことがあるだけだ。

 甲斐の姫だったっつーことは理事長の娘なんだろ?」

「なになに!?あの子甲斐の姫さんだったの!?」

話に興味を持った慶次も立ちあがって政宗に近づく。

「Shut up、お前は黙って弁当食ってろ」

「何だよ全部食っちまうぞ!!」

話をややこしくしそうな慶次に向かってシッシッと追い払う仕草をした政宗は浅く溜息をついて長い前髪を掻き上げた。

「それにしちゃお前らと親しいって風にも見えなかったし、理事長の娘だって説明もねぇからおかしいと思ったんだよ」

姫を知っているにならもっともな疑問だ。

あの短時間でよくそこまで見ていたものだ、と関心したが半ば呆れもした。

幸村は何と答えていいか分からず黙り込み、見兼ねた佐助が再び口を開く。

「あー…ちょっといいか独眼竜。俺たちも昨日大将に聞いたばっかりであんま把握してないんだよ」

「把握って?」

佐助は横目で幸村を見て視線を合わせた後、少し躊躇ってから続けた。



「記憶ないんだ、あの子」




一瞬の沈黙。

政宗や他の2人が目を丸くして佐助と幸村に視線を集中させた。

「前世の」と追加されなくても前世の記憶を持つ自分たちはそれが何を意味するのか知っている。

「……まぁ…別におかしいことじゃねぇよな」

「うん。むしろ何で俺らだけ?って思ったし」

元親の言葉に慶次が頷く。

「そりゃお前らからしてみりゃ戸惑うかもしれねぇが…姫さんの記憶ねぇと何か不都合でもあんのか?」

眼帯をひっかけた左のこめかみを指で掻きながら元親は首をかしげた。

こればっかりはさすがに佐助も言葉に詰まる。

幸村は相変わらず俯いて黙ったまま。

政宗は目を細め、寄りかかっていたフェンスから離れる。


「何だ、お前の昔の女だったのか?」

「…っおん……!……、………」


砕け過ぎた言い方に幸村は思わず顔を上げたが、右手を握りしめながら下唇を強く噛み締めた。


「……いや…」


そして静かに首を振る。

「あれ、違うの?」

慶次はなんだ、と目を丸くした。

「そうは言っても8割方それに近かったんだけどね」

「さ、佐助…!」

ここまで知れてしまったなら仕方ないと開き直った佐助もフェンスの近くに腰を降ろす。

幸村も元親に促されて渋々腰を下ろしたが落ち着かない。

「大将は彼女に前世のことを言うつもりはないんだってさ。

 だから俺たちにも普通のクラスメイトとして接して欲しいって言われたんだよ」

購買で買ってきた紙パックジュースにストローを差しながら佐助は説明を続けた。

「昨日から様子がおかしいと思ったらそのせいか。つーか虎のおっさんがそう言ってんなら別にそれでいいじゃねーか。

 それとも昔の女とヨリ戻してぇのか?」

くだらねぇ、と政宗もその場に座り込んで慶次の手から自分の弁当を取り上げる。

幸村は俯いてしばらく口をへの字にしていたが、浅く息を吐いて呼吸を整えるとゆっくり口を開いた。

「…某とて無理に記憶を取り戻して欲しいわけではござらん。

 お館様がそれを望んでおられる以上、事実を受け入れなけばならないことは承知している」

「じゃあ何が不満なんだよ」

政宗が聞き返すと幸村はきゅっと唇をかみしめて己の膝に爪を立てる。




「………約束を」



きっと



"きっとでございますよ"




"この戦が終わったらきっと……"





「…最期の戦に赴く前、姫様と交わした約束を果たせず終いだったことが…唯一、心残りで……」





改めて口にしてしまった瞬間に罪悪感は胸の中にもやもやと広がり始める。


…誰に対して負い目だというのか



何に、対しての。




「約束って…何の?」

慶次が問いかけると幸村は後ろめたそうに、申し訳なさそうに眉根を下げて顔を上げた。

「……それが…」




・・・・・・・




「えぇぇええ!!忘れたのお前!!大事な部分!?」

「何で余計なこと覚えてて重要なの覚えてねぇんだよ!馬鹿じゃねぇの!?

 昔から思ってても敢えて言わなかったけど馬鹿だろ!!」

思わず立ち上がって声を荒げる慶次と元親に散々な言われ方をした幸村は言い返す言葉もない。

事実、自分の持つ400年前の記憶から彼女と交わした約束だけがすっぽ抜けているのだ。

「…あんまりボロクソ言わないであげて」

佐助もそれ以上庇いようがなく苦笑するしかなかった。

「どうせ嫁に貰うとかそういうんだろ」

「マジかよベタだなお前」

「そ、そんなことではない!!」

幸村は慌てて顔を上げると全力で否定した。

覚えてないのにそこは否定するんだ、と残りの3人は目を丸くする。


(((こいつ(この人)に限ってそういうのはないか…)))


「心残りっつったってよォ、お前が覚えてねぇことを記憶が無いあちらさんが覚えてるわけねーだろ。どうすんだよ」

「……どうもしない」

胡坐をかいた膝の上で頬杖をつき元親は右の眉をひそめる。

幸村は静かに首を振った。
 
「姫様……いや…彼女が…前世の記憶を望まぬ限り、これは某の中にだけ留めておけば良いことでござる。

 例えこの先記憶を呼び起こすようなことがあったとしても…死別の間際交わした約束を忘じた某がそれを果たす資格などない」

「忘れるってことは大した約束じゃなかったんじゃねーの」

政宗はあまり興味がなさそうにそう言って食べきった弁当の蓋を閉める。

それを言っちゃ、と周囲は思ったが幸村は否定しなかった。

「…そうやもしれぬ」

重苦しい空気が流れると、元親が頭を掻きながら佐助に向かって口を開いた。

「お前代わりに覚えてねぇの?」

「そこまで干渉してないよ。ガキじゃあるまいし」

戦の直前に会ってたことも今知った。ということは口には出さなかった。

2人の関係が密であったことは把握していたが、どちらかにそういう話をされたり信玄から聞いたことがあるわけではない。

ただ「見ていれば分かる」と認識で見守っていただけで、実際2人の間でどんなやりとりがあったのかはほとんど知らない状態だ。


(まぁそれが普通なんだけど)


「…とにかくそういうわけだからさ。姫様とかそういう昔の身分はおいといて、あの子の前で昔の話はナシってことで。

 大将も静かに学校生活送らせてやりたいみたいだし、理事長の娘だってことも彼女から言われるまでは黙っておいてやってよ」

このままこの話題をしていてもメリットはないと判断し、佐助は話を切り上げる為立ちあがった。

「まぁ…俺らは元々知らないも同然だしな」

「そうそう。お前の彼女じゃないならジャンジャン遊びに誘っちゃっていいわけだろ?」

身を乗り出した慶次が笑いながら幸村の背中を叩く。

表情暗く俯いていた幸村は少し不快そうに眉をひそめ、横目で慶次を見た。

「…彼女は物ではござらぬし、その行動に某が干渉する権利もござらん。

 不埒な目的でないのであれば本人と交渉すれば良いでござろう」



・・・・・・・



(((怖っ…!!!)))



「…じょ、冗談だって!つーかお前昔から俺に冷たくね!?

 上田で暴れたことまだ根に持ってんのかよ!400年前のことなんか水に流そうぜ!」

「…お前それ言ったらこの話元も子もねぇぞ」

幸村の両肩を掴んで揺する慶次の横で元親が怪訝そうにツッコんだ。

同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響く。


「ま、とりあえず面倒事にだけは巻き込むなよ」


そう言って政宗は一人先に屋上を出て行った。

残りの4人も荷物を片づけて足早に教室へと戻る。





同時刻

屋上を見上げることが出来る1階の渡り廊下に2人の教師が並んでいた。

和服姿の理事長と白衣姿の保健医。

生徒が駆け足で忙しなく教室へ戻って行くが2人は落ち着いた様子で無人の屋上を見上げている。


「済まぬな謙信。手間をかけた」


青天に白い校舎がくっきりと映える景色を眺め、信玄は横に並ぶ保健医へ声をかけた。

「あなたからのたのみとあらば、きかぬわけにはまいりません」

謙信はゆっくりと首を振って薄く笑う。

「かすがはよくやってくれています。すべてはてはずどおりに」

「うむ。あれは気性故になかなか心腹の友を作れぬ娘でな。そこが気がかりじゃった」

信玄も顎鬚を撫でながら微笑んだが横の謙信の表情から笑顔は消えていた。


「…わかきとらのようすは」


信玄の表情も一転、険しく変わる。

顎に添えていた手を胸の前で組み、空を仰いで浅く息を吐いた。

「狼狽しておった。だが解らせるしかあるまい」


「浮世というものは、乱世も現世も上手くは運ばぬものよ」



"父上"




一人の愛娘の、二人分の記憶




"父上、私も鍛錬すれば馬に乗れるようになるかしら"



突然、突拍子もないことを言うのは今も昔も変わっていないかもしれない。



"馬に乗って行きたい場所でもあるのか?"


信玄が笑いながら問いかけると、姫は恥ずかしそうに肩をすくめて目を泳がせた。

心ではその場所を何となく察しながらも続きを促す。



"…幸村様と、約束をしたの"

"ほう、それはワシにも言えぬことか"



話題に出ることを予想していた男の名前を聞き、改めて聞き返した。

するとは細い人差し指を唇の前に添えて照れくさそうに微笑む。




"秘密"






To be continued