朔夜のまたたき-34-







「…毎年のことだけど、夜の学校にこんな人が集まってんのって異様だよね」


待ち合わせ時間が近くなると、学校の校門前にはいつもは見られない人だかりが出来ていた。

花火会場が学校のすぐ裏だということもあり、自分たちと同じように学校を待ち合わせ場所にしている集団も多い。

それに加えこの日ばかりは学校が校庭を臨時駐車場として提供しているため、

学校で花火を見ようという人も大勢いた。

「お、来た来た。おーい!こっちこっちー!」

集団から頭一つ飛び出た慶次が後から来たとかすがを見つけ、大きく手を振る。

「相変わらず凄い人だな…」

「あれっ今日は浴衣じゃないんだ?」

「浴衣は前回でもう懲りた。下駄に歩幅を合わせない男とは浴衣で歩きたくない」

「そう言わないでよ。来年は俺らも下駄で来るからさー」

かすがはあからさまに眉をひそめて不機嫌そうな顔で慶次を見上げた。

その横に並ぶは「言いすぎだよ」と笑いながら、ふいに顔を上げる。

視線のかち合った幸村は思わず反射的に顔を逸らしてしまった。

当然不審に思ったは小首を傾げる。

「…プリンでお腹でも壊した?」

「い、いや!美味かった!!」

慌てて顔を上げると自動的に顔を合わせる形になってしまう。

「ならいいけど。初めて作った時は父様に「茶碗蒸しと思うて食うなら美味い」って言われたから、

 ちょっと心配だったんだよね。人にあげるの」

「…茶碗蒸し?」

「蒸しすぎて茶碗蒸しになったの。卵以外材料全然違うのに、茶碗蒸しになる意味が分からない」

はそう言って首を捻った。

巣立った甘い茶碗蒸しを食べた信玄の反応を想像すると少し可笑しくなって、幸村は思わず笑ってしまう。

「茶碗蒸しか」

「笑わないでよ。世の中の女子がみんな肉じゃがと茶碗蒸し作れると思ったら大間違いなんだから」

「すまぬ」

不機嫌そうな顔をするを見て謝ったが、謝りつつもやはり笑ってしまう。

は唇を尖らせてため息をついたが表情ほど気分を害していないようで、

あまり距離をとらずに半歩前を歩きだした。


「つーか…俺らも毎年寮から見てたから改めて会場来んの初めてだけど…

 ぜってー寮から見た方が快適な気ィすんだが」

「部屋に籠って野郎だけで花火見て何が楽しいのさ」

「…言ってることは尤もなんだけどよ」


河川敷に続く一本道は人があふれていて、花火開始までまだ時間があるにも関わらずもう場所取りをしている人もいる。

都内最大の花火大会だということは知っていたが、

毎年寮から見ていたからここまで人が集まる祭りだとは思っていなかった。

河川敷に出ると河原に並ぶ出店の灯りが華やかに点灯していて、

歩道に建てられた提灯が河原から吹く風に少し揺れている。

「さて…じゃあ先に腹ごしらえしますか!花火は座ってゆっくり見たいし」

「つってもこの様子じゃどこも混んでそうだけどな…」

「そこは上手く役割分担してさ、急がねーと花火始ま…あれっ」

ぐるりと周囲を見渡した慶次が人混みの向こうで何かを発見する。


「謙信!」


人混みから頭1つ飛び出た慶次が小柄な保健教師を発見するのは早かった。

「謙信様!いらっしゃっていたのですか!?」

「ええ、社からは花火がみえませんから…ですがこの賑わいにはすこし、参りましたね」

かすがが駆け寄ると謙信はそう言って苦笑する。

「川上に抜けると花火は少し遠くなりますが幾分人波も治まります。そちらに…」

かすがはそこまで言ったとことははっとしてを見た。

は首を傾げて笑う。

「私はいいから、謙信先生と行ってきなよかすが」

「い、いやでも…」

「一人で来たわけじゃないんだから大丈夫だって。ほら、早く場所取らないと始まっちゃうよ」

はそう言ってかすがの肩をぐいぐいと押した。

「…すまない…」

「心遣い感謝します甲斐の姫。すこしのあいだ、かすがをお借りしますよ」

謙信の言葉に「はい」と頷き、人混みから離れていく2人を見送る。



(…人の心配より)



(((自分の心配しろと全力でツッコみたい…)))



かすがと謙信ではなく、そちらを見送るを見て3人は微妙な表情を浮かべた。

「んじゃ、俺らもさっさと飯買って場所取ろうぜ!

 手分けして買ってくればそんな時間かかんねーだろうし」

「私何買ってくればいい?」

「あーじゃあちゃんは幸村と一緒に飲み物買ってきてくんない?」

あっちにコンビニあったから、と慶次は幸村の背中を押す。

「…何故某が」

「細かいことは気にすんな。っていうか、お前以外誰が一緒でもかすがちゃんが怒る」

「理屈がよく分からぬ…」

幸村は思わず顔をしかめた。

「俺と慶次はあいつから信用ないし」

「かといって元親と政宗だと逆にちゃん絡まれてるみたいに見えるし」

「つーわけでお前が適任だ」

「私一人で行くよ。またここに戻ってくればいいんでしょ?」

「いや、」

がそのまま一人で歩いていこうとするから、慌ててその後を追う。

「人数分を一人で持ってくるのは大変だろう」

「だって行きたくなさそうな顔してるから」

「そんな顔はしていない」

「してた」

「していない」

押し問答を続けながら、二人は近くのコンビニまで歩いていく。

慶次と佐助は顔を見合わせ、二手に分かれて屋台に散った。



(…ちょっと、急かし過ぎたかもなぁ)



あの時ばかりは、急いていたのが自分の方だったと認めざるを得ない。



(俺は別にこのままでもいいけど)






このままでいれなくなるのは、あんたの方だろ?






「なんか、いいね。450年も昔から変わらないでああいう風にいれるのって」


コンビニで人数分の飲み物を買い、再び河川敷に戻る道のりでが口を開く。

「?何がだ?」

「え?だから、かすがと謙信先生が」

「……………」

幸村は額に手を当てて遠い昔の記憶を引っ張り出してみる。

「…かすが殿は何れ佐助と所帯を持つと聞いていたような気がするのだが」

「多分それ、佐助に騙されたんだよ」

はそう言って幸村が持っていたコンビニの袋を一つ取り上げた。

河原を離れたほんの10分足らずで人混みは倍に増えたような気がする。



「…約束なんかしてなくても、繋がってる人たちもいるもんなぁ」



飲み物の入ったビニール袋を少し大きめに振り、は独り言のように呟く。

幸村は3歩後ろで思わず足を止めた。

ふと考える。

もし、あの「約束」がなければは無理に過去のことを知る必要はなかったのではないか。

信玄に言われた通り、何事もなく「甲斐からの編入生」として学校生活を送っていたのではないか。

そして自分も、


「…あ…ごめん…深い意味があって言ったわけじゃ…」


後ろで立ち止まっている幸村に気づき、は慌てて弁解する。


「…

「え?」



『アンタ、に惚れたのか?』




こんな気持ちを抱くこともなかったのではないか





「…話したい、ことがある」


いつもに増して真剣な表情でそう言った幸村を見ての表情も強張る。

蒸し暑く、近くの屋台からくる熱風で汗が滲んでくるような空気だったが

なぜかその一瞬でピンと張り詰めた空気が背中に嫌なものを感じさせた。



「俺は、」



考えたことがなかった


伝えた先のことも


伝えられなかった先のことも




「…いい」


幸村の言葉の続きを待たずに、が口を挟む。

ビニール袋を握り締めて首を振った。



「そんな話、聞きたくない」



咎めるような、睨みつけるような視線が幸村を金縛りにした。


「…それは、果たしそびれたもう一つの約束?」

「………、」



『次の戦の後、その場所にご案内したく存じます』


 
『それからその際に…大事な、お話が御座います』




伝えられなかった


もうひとつの




「それは、私に言うことじゃないでしょう…」

「それは違う!」

「違わないよ!」


語気を荒げた彼女の声が祭会場のざわめきの中に響く。

周囲を歩いていた人たちが何事だと振り返ったが、
 
すぐに興味をなくして再び歩き出した。



「…わたしは、」



震える声でが何か言いかけると


「あーいたいた。何やってんだよ遅っせーよー」


少し離れたところから空気を読まぬ明るい声。

振り返ると人混みから頭一つ飛び出した慶次がこちらに向かって手を振っている。

「なかなか戻ってこないからさぁ。コンビニ混んでた?」

早く場所取り行こうぜ。と歩き出す慶次たちを見ても言いかけた言葉を飲み込み、黙って歩き出す。

「…旦那?」



考えたことがなかったんだ

本当に。


今も 昔も


伝えたことで楽になるのは

倖せな気持ちになれるのは




自分だけだったというのに







To be continued