"昔のようになって欲しいって、"


望んでいるのは俺の方なのかもしれない。


そう思ったら何だか腹が立ってきた。


もし大将が、あの人自身が、そう言ったなら

それに流されて「ああ、そう」と答えたのかもしれないけど

俺からそんなことを思ってしまったら何だかムカムカして、気分悪くて

じゃあ結局お前は何を望んでるんだよって訊かれたらやっぱり


450年前の二人が幸せであることだったんだと思う






朔夜のまたたき-30-







日曜の朝

夏休み最後の日曜ということもありいつもよりひっそりしている男子寮。

いつもと変わらぬ時間に起床した幸村は部屋で身支度を整えていた。

学校や部活の有無に関わらず、体が決まった時間に目が覚めるようになっているらしい。

まだ午前中だというのに窓から差し込む太陽光は攻撃的で、冷房の効いていない部屋は酷く蒸し暑い。

約束の時間まで談話場にいようと思い部屋を出ると丁度よく隣の部屋から佐助が出てきた。

「おはよ。出掛けんの?」

珍しい、とジャージ姿であくびをしながら歩いてくる。

「ああ。帰りは分からないが、遅くなるようであれば先に夕餉を済ませていてくれ」

「それはいいけど…大将のとこ?」

「いや、と会う約束をしている」

赤毛を掻く佐助の手がぴたりと止まった。

「え、何で?」

「甲斐で、東京に戻ったら付き合って欲しい所があると言われていた」

それを聞き何故か急に立ち止まる佐助を見て幸村も立ち止まる。

「どうした?」

「…いや、何でもない」

再び歩きだしたかと思うと幸村を追い越して先に行ってしまう。

幸村は慌ててその後を追った。

「どこ行くのか知らないけど、楽しんどいで」

そう言って手を振り、談話場手前のトイレに入っていく。

幸村は首を傾げながらそれを見送り、談話場の時計を見た。

約束の11時までまだ1時間近くあったが、遅れるよりいいかと思いそのまま寮を出ることにした。


(……まただ)


トイレのドアに寄りかかった佐助はふうと溜息をつく。

意味もなく腹が立ってくる。

そして意味もなく腹が立っている自分にも腹が立っている。

醜い。

心が狭いと叱られようがどうしようもない。

醜い。



「勘弁してくれよ…」



舌打ちをして、用を足すことなくそのままトイレを出た。






駅前はお盆の時より少しだけ人が少なく感じた。

それでも構内を歩く人がみな足早で疲れた顔をしているのは変わらない。

駅で一番分かりやすい待ち合わせ場所前に立っていると、

11時を少し過ぎた頃に人混みを掻きわけてが走ってきた。

「ごめん…!バス混んでて1本乗り過ごしちゃって…」

珍しく息を切らし、乱れた髪を手櫛で直しながら近づいてくる。

「走ってこなくとも…」

「多分幸村は時間通りに来ると思って…早めに出てきたつもりだったんだけど…」

胸を押さえて呼吸を整えながらもう一度「ごめん」と謝った。

初めて会った時に履いていたのと同じ、少しヒールのあるサンダル。

これで混雑した駅の中を走ってくるのは大変だっただろう。

「大丈夫か…?少し休んでからでも…」

「平気…早く行かないと時間合わなくなっちゃうから、行こ」

はそう言って苦笑し、先に歩き出す。

「聞きそびれたのだが…一体何故科学館に?」

並んで歩きながら幸村が問いかけると、はバッグの中から小さなパンフレットを取り出した。

科学館の名前と写真が写った三つ折りのパンフレットを開き、「これ」と幸村に差し出す。


「プラネタリウム…」


見せられたページには「期間限定」と大きく見出しがあって、

プラネタリウムの技術者と思われる男性の名前が書かれていた。

「その人プラネタリウムのエンジニアで凄く有名な人でね、

 東京ではその人が手掛けたプラネタリウムが見れるっていうからずっと行ってみたかったの」

はそう言ってパンフレットを覗きこみ、写真を指差す。

最後にプラネタリウムを見たのはいつだったろうと考えても思い出せないが、

パンフレットには星座だけでなく天体などの写真が写っていて、

想像したものよりずっとリアルでスケールが大きい。

「…本当はかすがを誘って行こうと思ってたんだけど…

 私がこういうの好きだってまだかすがには話せてないから…誘いづらくて…」

は申し訳なさそうにそう言って幸村の表情を窺う。

そんなを見ると自然と顔が綻んだ。

「行こう。俺も楽しみだ」

するとは幸村を見上げ、つられるように微笑んだ。

「うん」



考えたこともなかった


彼女の変化も、自分の変化も


何故だか

出逢った頃から変わっていないような気さえ、していたんだ





「……何しにきた」

上杉神社前

ひっそりと静かに佇む鳥居の前で、仏頂面のかすがが不機嫌そうに男を睨みつける。

「そんな怒んなってーどうせ夏休み最後の日曜に遊ぶ相手もいなくて暇だろうから来てやったんじゃん」

「頼んでないし私は暇じゃない!謙信様のお手伝いの途中だ!」

稲荷様に寄りかかって笑う佐助を人目も憚らず怒鳴りつけた。

「ただでさえ暑いんだから怒鳴るなよ。冗談に決まってんだろ。

 俺だって用がなきゃわざわざこの暑い中外に出てきたりしないよ」

「………!………、」

頭に血が上って再び怒鳴りそうになったがここで声を荒げては自分の負けだと思い、

ふーっと深呼吸をして心を落ち着かせる。

「…何の用だ。甲斐の姫の話なら電話で聞いたぞ」

「あーうん。それはまぁいいんだけど…お前、休み中あの子と会った?」

「…のことか?休みに入ってすぐに二人で買い物に行って…

 昨日も食事に行った。それがどうかしたのか?」

何故そんなことを聞く、とかすがは訝しげに眉をひそめた。


「…旦那がさ、今日あの子と出掛けたんだよね」


階段に座り込んで頬杖をつく佐助を見下ろし、かすがは2〜3回瞬きをする。

「何故だ?」

「詳しいことは分かんないけど甲斐で一悶着あったみたいで、その埋め合わせらしいけど」

「それがどうした。いつまでも保護者のつもりか?」

「その言葉そっくりそのままお前に返すわ。あの子の編入当時めっちゃ保護者面だったじゃん」

「お前や慶次に妙なことを吹きこまれては困るからだ。真田なら特に心配はしていない」

「…何で旦那の方が信用されてんだよ」

納得いかねぇなぁ、と溜息をつく。

かすがは腕を組み直して境内の遠くを見つめた。



「あの二人が一緒だと、困るのか?」



思わず目を見開いて顔を上げた。

そんな慌てた仕草が見っともなく感じて、誤魔化しのためにとりあえず頭を掻く。

「…困りはしないけど、変な気分にはなるね」

そして正直に答える。

困りはしない。それは本当だ。


「だんだん似てくるんだよ」


「旦那もあの子も、あの頃に」


魂の記憶、なんて言葉じゃ片づけられない何かが

あの二人を450年前に近付けているような気がする。

出逢った当初のは笑う前に一瞬躊躇いがあって、

相手を窺うようにして笑みを浮かべているような節があった。

それはきっと本家にいた頃の環境があったのだと思っていたが、

最近、特に甲斐にいる間は父親が一緒だったこともあって表情が穏やかだった。

笑う前に躊躇いがない。


(…あのお方も)


笑顔を絶やさない人ではあったけど、一際笑顔を見せるのはやはりあの人の前だったなぁ…



一緒なのは困らない。

でも似られるのは、困る。



"異質なのは俺たちの方なのだと、受け入れなければならない"



「…受け入れてないのは俺なんじゃねーのって思ったら、

 なんか馬鹿らしくなってきてさ」

「…っ貴様…まさか甲斐の姫に恋慕を…」

「…真顔で何馬鹿なこと言ってんの?」

身を屈めて深刻な表情を浮かべるかすがを見て、思わず脱力してしまった。

根が真面目な奴というのはどうしてこうも話が通りにくいのだろう。

…あの人もそうなんだけど。

「そういうんじゃなくてさ…俺は、」

そこまで言いかけて自分の口を押さえた。

言葉にするのは

心で感じたことが過去形になってしまう気がして、いやだ。

口で「だった」と言い切ってしまったらそこで終わってしまうような気がする。


(…こんなこと考えてる時点で)


取り残されてるなぁ、俺。


「…受け入れるとかいう以前に」


ふいにかすがが口を開いたので顔を上げる。


「いい加減、を名前で呼んだらどうなんだ」


目を細めて睨まれたので苦笑しながら顔を逸らした。


「…精進するよ」





同時刻・都内某科学館


「…すごい人だな」


海が臨める都内最大の科学館は多くの家族連れで賑わっていた。

科学館というより美術館を思わせる近代的な外観で、

ガラス張りの建物に正午の日差しが反射して館内はとても明るい。

「今週から学校始まる所多いし…最後の日曜日に家族で来てる人多いのかも」

混みあう館内を見渡しては疲れたように息を吐いた。

顔色はあまり良くない。

「…大丈夫か?」

「大丈夫、プラネタリウムは予約券だからすぐ入れるよ」

「そういう意味ではなく…顔色が、優れないようだが…」

幸村がそう言うとはハンカチを口に当てながら髪を耳にかけた。

「今日特に暑いし…人混みに酔ったのかも。元々人混み得意じゃないから…」

すると館内アナウンスで15分後にプラネタリウムが上映されると案内が流れた。

館内6階のシアターで上映されるらしい。

「行こ」

そう言っては先に歩き出す。

幸村は次の瞬間、自分のとった行動に驚いた。



…なぜ腕を掴んだんだ俺は。



咄嗟に掴んだ細い腕。

驚いているのはも一緒で、大きな目を更に大きく見開いてこちらを見上げている。

…前にも、こんなことがあった気がする。

何故か、本当に、無意識だった。


「………は、」


「…はぐれると、まずい……な、と……」


収拾がつかなくなって頭をフル回転させた結果、出てきたのはしょうもない言い訳だった。

いや、確かにはぐれると面倒だし何より気分が悪そうだし人混みが苦手なら尚更だし

はしばらくきょとんとした顔で(当然だ)中途半端に腕を掴む右手を見下ろしていたが、

ショルダーバッグを肩に掛け直して薄く笑った。

「…うん、ありがと」

彼女が自分の行為をどう捉え何に対して礼を言ってきたのか分からなかったが、

とりあえず払われなくてよかった、と安堵する。

「エレベーターで、6階だって」

はそう言って館内中央のエレベーターを指差した。

ポロシャツの裾を緩く掴む感触があって、が斜め後ろを一歩遅れてついてくる。

シャツを掴む手の熱が、シャツの繊維1本1本を通して背中に伝わっているみたいで


(…暑い…)


シアターホールは予想よりも小じんまりとしていたがほぼ満席で、

次から次へと家族連れやカップルが入ってくる。

球体の室内に段々上の座席がぐるりと円形に並んでいて、

自然と上を見ることを強いられる体勢になると少し気持ちが高揚してきた。

シアターの中は幾分冷房が利いていて心地いい。


「本家にあった天体望遠鏡、持って帰ってきたんだ」


席についたところでが口を開く。

帰ってくる時に行きより荷物が多かったのはそのせいだったのか、と今更気付いた。

「そうだったのか…大変だっただろう」

「ちょっと重かったけど別に。本家の人間に梱包任せるのも嫌だったし」

はそう言って手元のパンフレットを見つめた。

「…東京では滅多に星が見えないって聞いたけど…探してみるのも、悪くないかなって」

パンフレットを畳み、ドームの天井を見上げる横顔は少し嬉しそうだった。


…似ている。


あの方が、星空を見つめるのと同じ横顔。


「……………、」


ふと、不安がよぎった。

何に対しての不安なのか分からない。

ただもやもやと、ざわざわと、

不安が焦りに変わる。



何故だ



「似ている」と思ったはずなのに





愛したはずのあの横顔が、頭に浮かんでこないなんて。









To be continued
科学館のモデルはお台場の日本未/来科/学館です。
プラネタリウムに革命を起こした大/平さんのプラネタリウム見てみたいでやんす(´・ω・)