「へぇ、じゃあ3人は今甲斐にいるってこと?」

「らしいよ。早ければ明日には帰ってくるっつってたけど…どうだろうな」


テレビから聞こえるゲームミュージックとコントローラーを連打する音。

大きな液晶テレビでゲームをしながら会話する2人の後ろで、

部屋の主はうんざりしたような表情を浮かべている。

「…つーかお前らいつまでウチに入り浸るつもりだよ」

「別にいいじゃん嬉しいくせに」

「Shut up!郷に帰るんじゃなかったのかよ!」

ソファーから立ちあがって怒鳴る政宗。

慶次と元親はゲームに夢中であまり話を聞いていない。

「俺は利の仕事がひと段落しないと帰れないし」

「俺は明日の朝一の便で帰るし」

盆休みに入って寮が閉鎖され、暇だからどうしようかと考えた末

とりあえず広くて融通の利く政宗の家に集まろうということになり今に至る。

政宗は舌打ちしながら再びソファーに腰を下ろしてエアコンの設定温度を下げた。

東京の気温は36℃。

何か急用がなくては外出したくないほど見事な猛暑日だ。


「幸村はさぁ」


ピコピコとコントローラーを動かしながら慶次が口を開く。

「今まで分からなかったこと全部知ったら、これからどうするつもりなのかな?」

「…どうするって、何が?」

横の元親が眉をひそめる。

「ずっと知りたかった姫様の最期が分かるわけでしょ?

 もしかしたら例の約束のことも分かるかもしれない。

 で、それが全部分かったらどうするのかな?」

テレビ画面を見ながらそう言った慶次を二人は目を丸くし、

元親は思わず画面から顔を逸らして後ろに座る政宗と顔を見合わせる。

隙あり!と慶次が必殺技を決めて画面に大きく「K.O」の文字が映し出された。

「別に…どうもしねぇんじゃねーのか?今更どうこうする気はないって言ってただろ」

「んーでも、幸村もちゃんもお互いにお互いのこと全部知って、

 それでもこれまで通りやっていくって難しくない?幸村の方が特に」

「確かに真田はまだ姫さんのこと引き摺ってる風なこと言ってたけど、

 別にのことはどうこう言ってなかったじゃねぇか」

「そこなんだよ!」

疲れた、とコントローラーを置く元親の横で慶次もコントローラーを放って人差し指を立てる。

「あの、世界遺産並に希少で色恋に疎い幸村が生涯唯一惚れた女なんだよ!?

 その生まれ変わりがすぐ目の前にいるのに、前世で出来なかったあんなことやこんなことを

 しないなんて男としておかし…いてッ!!」

珍しく筋の通った話のようだったのでそれまで真面目に聞いていたが、

我慢しかねた政宗が座ったまま後ろから慶次の後頭部を蹴飛ばした。

「テメーじゃあるまいし、あいつがそんなこと出来るわけねぇだろ」

真面目に聞いて損した、と溜息をつく。

「でもさぁ、ちゃん編入当時よりすっごい幸村と話すようになってない?

 ヘタしたら俺より喋ってるかも」

「あぁ…確かに…海の時とかな」

「あ、元親気付いてた?」

「気付いてた。むしろお前が邪魔しに行かないの珍しいなと思ってた」

ポテトチップスの袋を開け、手を突っ込んで2〜3枚をいっきに口へ運びながら先日のことを思い出した。

ビーチバレーで幸村が休んでいる時に、何故かだけコートに近づいてきて

幸村と何かを話しているのは気付いていた。

他愛のない世間話だったのかもしれないし、もしかしたら今回甲斐へ行くことになったきっかけだったのかもしれない。

「並んでるとすごいお似合いなのに。熱血イケメンと淡白美女」

「…お前はただ単にそういう方向に話を持っていきてーだけだろ」

政宗が呆れ顔でそう言うと、慶次は振り返って「ばれた?」と笑った。

「でもいいなー山梨。あの餅うまいんだよね。虎のオッサンの名前ついてるやつ」

「だから遊びに行ったんじゃねぇって」




朔夜のまたたき-25-




「…情けないところを見せてしまって申し訳ない」

客間を出た幸村は横を歩くに向かって謝り、軽く鼻をすすった。

は幸村を見上げ、小首を傾げる。

「なんで謝るの。情けないことなんかないじゃない。

 よかったね。分からなかったことが知れて」

そう言って半歩前を歩くが振り返って少し微笑んだので、

幸村もつられるように笑みを零して頷く。

「…そういえば…佐助は…」

「部屋の前にいると思ってたんだけど…先に離れに行ったのかな。

 はい、離れの合い鍵渡しとく」

玄関まで戻ってきたところでは下駄箱の傍にかかっていた鍵を幸村に手渡す。

言われてみれば佐助のスニーカーがない。

「一応離れにはトイレとかお風呂もついてるけど…足りないものがあったら言って。

 この辺、コンビニも遠いから不便なんだよね」

「有り難く使わせて頂く」

鍵を受け取り、荷物を持って玄関で靴を履く。

「じゃあ、夕飯の準備出来たら呼びに行くから」

はそう言って踵を返し元来た廊下を戻って行った。

幸村が玄関を出ると、案の定離れの前には佐助の姿があった。

既に中に荷物を置いたようで、幸村が来るのを待っていたように入り口に寄りかかっている。

「どうだった、勘助さんの話は」

「…何とも言えない。己の稚拙さに腹が立つ」

佐助が苦笑しながら離れの玄関の戸を開けた。

玄関は本家の半分ほどだったがそれでも座って靴を脱げるほど広く、

綺麗に掃除された下駄箱の上には生け花が飾られていた。

玄関を上がってすぐ右が水回りとなっており、トイレと浴室は別々になっている。

正面の襖を開けると12畳ほどの和室があって、テレビや冷蔵庫などが完備された完璧な「一軒家」だった。

佐助は「寮より快適だよね」と言って和室の真ん中に腰を下ろす。


「で、約束のことは何か聞けた?」

「………あ」


バッグを置いて中を整理しようとしていた幸村は口を開く。

…しまった、話を聞くのに夢中でもう一つの疑問について勘助に問いかけるのを忘れていた。

「何の為に甲斐まで来たんだよ。

 大将もあの子も、もしかして甲斐に来ればその辺分かるんじゃないかって誘ってくれたんじゃないの?」

「…そう…なのだろうか……」

首を捻る幸村の横で佐助は少し「しまった」と思った。

…海に行った時2人の会話が聞こえていたということは黙っていたのだから。

盗み聞くつもりはなかったのだが、前世の職業柄何かに集中していても無意識に周囲の話し声を拾ってしまう。

ビーチバレーに参加しながらもすぐ傍にいた2人の会話は全て聞こえてしまっていたのだ。

「まぁ、勘助さんはずっと甲斐にいるんだし焦って聞かなくてもいいだろうけどさ」

「そうだな…」

ふう、と一息つく。

いっぺんに沢山のことを聞いて、さすがに頭がショートしそうになってきた。

色々な感情な混ざった複雑な心境も、まだうまく整理できていない。

「さて、と。じゃあ俺先に風呂入ってくるかなー」

佐助はそう言って重い腰を上げ、和室を出て浴室へ向かう。

幸村は荷物を整理しながら勘助の話を一つずつ、ゆっくり思い出していた。




"姫様は、最期まで幸村殿を想っておられました"




…勿体ない。

俺のような未熟な男には



勿体なさすぎるお方だった






は再び客間へ戻り、部屋のドアをノックした。

はい、と返事が聞こえて勘助が中からドアを開ける。

様、お忘れものでございますか?」

「あ…いえ、ちょっと…お話をお訊きしたくて…」

はそう答えて周囲をきょろきょろと見渡す。

様子を察した勘助は柔らかく笑ってドアを大きく開けた。

「お館様は自室に戻られましたよ。さぁ、どうぞ」

「ありがとうございます」

招かれるまま部屋に入り、後ろ手でドアを閉める。

どうぞ、とソファーに座るように促されたが、なんだか申し訳なくては戸惑いがちに勘助を見上げた。

「…あの、初めてお会いするんじゃないんですよね…?母の葬儀の時に…」

「ええ、ですがもう11年も前のことです。覚えておられぬのも無理はございませんよ」

勘助はそう言って柔らかく笑う。

も少し緊張がほぐれたようで、再びソファーに腰を下ろした。

「私に訊きたいことというのは?」

「…あの…幸村のことなんですけど…」

「幸村殿でございますか?」

「私、姫様のことはよく分かったんですけど…

 450年前の幸村のことってあんまりよく分からなくて…

 幸村はあまり自分のことを話さないし、父様や佐助は幸村に近い人だから聞きづらくて…」

はそう言って膝の上で組んだ指をさわさわと動かした。

自分は甲斐の姫の生まれ変わりだ。

甲斐の虎・武田信玄の末子で、その愛弟子であった幸村とは恋仲だった。

そして姫は上田の戦で命を落とした。

…そこまでは分かる。

だが肝心な恋仲相手だった幸村のことを全く知らない。

これまでは特に知ろうと思わなかったのだが、

甲斐の姫がそれほどまでに愛した武将というのはどんな男だったのだろうと少し興味を持った。

勘助は再び笑う。


「幸村殿は変わりませんよ。今も、昔も」


「何事にも熱く真っ直ぐで、それ故に時折周囲が見えなくなることもございましたが…

 お館様から武士のなんたるかを学び、甲斐のために尽力を賭した素晴らしい武将にございます」


勘助の言葉を聞きながら、は見たことのない450年前の彼をぼんやりと頭に思い浮かべた。

そうしているうちに、ふと祭りの時のことを思い出す。

見知らぬ男に絡まれていた自分を助けてくれた時、普段はあまり見せないような表情をしていた。

あれは、戦を知る武将の目だったのだろうか。

「姫様が幸村と初めて会ったのは、幸村が元服してすぐだったって聞いたんですけど…」

「ええ、幸村殿のお父上がお亡くなりになってお館様にお仕えするようになったのが丁度その頃でございましたから。

 お館様も一番可愛がっておられた様に愛弟子を会わせてやりたいとお思いになられたのでしょう」

勘助はそう言って笑った。

「ですがその…幸村様は他の男児に比べて少し、女子との交流に欠けるものがございまして…

 姫様に会うまで、色恋のなんたるかも分からぬ状態だったのです」

その笑みはすぐ苦笑に変わる。

そういえば幸村が他の女子と話しているところをあまり見たことがない。

でも先日初めて道場に行った時は彼目当てで見に来ている女子生徒がいたから、

それなりに女子の支持があるらしい。

「…それがどうして姫様と…?」

が当然の疑問をぶつけると勘助は再び柔らかく笑った。

「いつの間にかという様子でしたので私にも詳しいことは分かりませんが…姫様のお人柄でしょうな。

 時にご友人のように、時に兄妹のように、ごく自然と接する姿に幸村殿も魅かれたのはないでしょうか。

 姫様は家臣や侍女、城下の民草にも分け隔てなく接する温かい方でいらっしゃいましたから」

自分の前世の話を聞いているはずなのに全くの赤の他人の話を聞いているようだった。

自分は人の好き嫌いがはっきりしている。

細かく言えば、好きな人間と苦手な人間の二種類しかいない。

人間だから苦手な性質の人間がいて当然だ。

姫のように、誰にでも分け隔てなく接するというのは難しい。

「それは幸村殿も同じでございました。信濃上田を治める殿であっても決して驕らず、

 誰に対しても平等に全身で向かって行く姿はお館様の教えあってこそにございます」

確かにそう言われれば今も昔も変わらないという意味が分かる。

あの人はきっと、好意も敵意も全力だから。


「…私、これまで自分のことばっかりだったから…

 幸村のこと、ちゃんと知っておかなきゃならないですよね」


顔を伏せたがそう言うと勘助は少し首を傾げる。

「貴女が、知りたいと仰るのならば」

そう言われてはぱっと顔を上げた。

「知っておかねばならぬと仰るということは、

 少しでも、知りたいというお気持ちがおありだからでございましょう?」

笑ってそう言われると、そうなのかもしれない。

他人のことなんてどうでもいいと思っていた。

他人は結局どこまで行っても平行線でどこまでも他人。

でも、


"人に、誰かの夢を笑う権利などない"


知って貰えたら知りたくなる、人間の心理というやつだろうか。





『幸村よ』





『は』

450年前・甲斐

軍議を終えた甲斐の館で、幸村は主君と向きあい正座を守っていた。



『そなたはをどう思う』



柔らかい笑みを浮かべながら突然、信玄は言った。

顔を上げた幸村は間抜けに口を半開きにして目を丸くする。

『…ど、どう……とは…』

問われた意味は八割理解していたが、目を泳がせながら念のため聞き返した。

信玄は目を細めて再び笑う。


『無論、女子としてどう思うのかと問うておるのじゃ』


問いの意味が明確にされ、かっと顔が赤くなる。

泳いだ目はとても主君と合わせていられず思わず顔を逸らしてしまった。

『…ひ、姫様は……温柔敦厚、とても聡明で…民を想う深き心をお持ちの素晴らしいお方だと…』

それは女子として、というより人間としての感想に近い。

期待していたものとは少し違った反応だったが、信玄は顎鬚を撫でながら「ふむ」と一呼吸置く。


『率直に言う。を娶る気はないか』

『っな……!』


逸らした顔を再び上げ、相貌を見開いて主君を見上げた。

『そっ、某はお館様にお仕えする身!様は甲斐国の姫君にございます…!某のような若輩者など…!』

はそなたを好いておる』

『………!』

体が強張る。

…思い上がりでもいいと思っていた。

笑いかけてくれる度、募る

僅かな期待と、罪悪感と、劣等感と。

『実はこれまでに幾度かに縁談の話がきておってな』

『縁談…?』

続きを急かすような信玄の言葉に幸村は慌てて顔を上げた。

だが信玄は変わらず笑みを浮かべて幸村を見下ろしている。

『全てには通さずワシが断りを入れさせたがな』

『な…何故…』

『条件の良いものがあれば、甲斐のためは受けると言うじゃろう。

 だがそうまでして他と友好である必要はない。我が娘一人犠牲にして得た関係など無意味じゃ。

 元よりこの信玄、そのような手段で我が軍に近づこうとする輩を受け入れるつもりもない』

愛娘のことを話す時の穏やかな表情と、他国との同盟について話す時の厳かな表情。

二つが入り混じると幸村にも緊張が走る。


には国や軍など気に留めず幸せになって貰いたいと願う。行きすぎた親心よ』


厳しい表情は苦笑に変わって再び真っ直ぐ幸村を見つめた。

今度は目が逸らせない。




『そなたはどうじゃ、幸村』





『………………』


屋敷の縁側に立ち止まってぼうっと中庭を眺めていた。


"を娶る気はないか"


『…………ッ』


主君の言葉を思い出した途端に羞恥心が込み上げ、それを抑えるために頭を自ら柱へぶつけに行く。

立派な屋根が少し揺れた気もしたが今はそれどころではなかった。


(大事な戦の前だというのにこのような邪念にとらわれていては…!)


ぶんぶんと首を振りながら廊下を歩き、角を曲がったところで自分でも驚くくらい体が急停止した。

廊下の真ん中に先ほどまでの話の中心人物。

姫は既に寝着姿だったが縁側に出てじっと夜空を眺めていた。

その横顔はいつもより穏やかで心なしか嬉しそうにも見える。

気配に気づいた姫はこちらを向くと気恥ずかしそうに苦笑した。

『幸村様…このような格好で申し訳ございません』

『い、いえ…某こそ、お休みの所をお邪魔したようで…』

先ほどまでの会話を思い出して若干気まずさを隠せない。

だが話を知らないは小首を傾げながら「いいえ」と再び笑った。

『何を見ておられたのですか?』

『星を眺めているんです』

『星、でございますか?』

幸村も軒先から顔を出して夜空を見上げる。

今日は朝から清々しい晴天だった。

そのため甲斐の夜空は満天の星空が広がっている。

無数の星の中に際だって強い光を放っている星が数個見え、

その周りに小さくも確かにきらきらと光る星がばら撒かれたように輝いていた。


『これはまた…見事なものでございますな』


最近は久しく空を見上げて星を眺めていない。

幸村も首が痛くなりそうなほど顔を傾けて星空を見上げた。

すると横で姫が口を開く。

『薬師の先生が以前教えて下さったことがあるんです。

 あの星には一つ一つにちゃんと名前が付いてあって、季節によって見えるものが違うんですって』

はそう言って一際輝いて見える星を指差した。

『それは…初耳にございまする』

『私も。なんだか面白くて、興味を持ってしまって』

そう話すは嬉しそうだった。

そんな彼女を見ているとなぜかこちらまで嬉しい気分になってしまう。

『西洋では流星に願いを唱えるとそれが叶えられると信じられているんだそうですよ』

『願いが…?』

『ええ。でも流星なんてあっという間に流れてしまうからとても願い事なんて唱えられませんね』

はそう言って苦笑する。

幸村は縁側から覗ける僅かな夜空を見上げてじっと星空を見上げた。

『確かに…あの刹那で願い事を唱えるというのは難しゅうございますな』

『それにあれもこれもとつい欲張ってしまって、一つに決め兼ねているんです』

『姫の願い事というのは如何様な?』

顔を下げて首をかしげながら隣を見ると困ったような横顔も同じように首をかしげる。

『色々あるけれど…今は、たった一つ』


『幸村様に…ご武運を』


小さな細い手を胸の前で組んで、じっと目を瞑る。

中庭の松明だけが照らす心もとない灯りでも長い睫毛が白い頬に影を作るのが見えた。




……ああ


星に祈る人の様というのはかのように美しいのか。




はそっと目を開き、こちらに顔を傾けて薄く微笑む。

心臓が一瞬大きく脈打った気がした。

『今日はこのまま甲斐に?』

『い、いえ…戦の支度がまだ整っておりませんので…一度上田に戻りまする』

『そうですか…』

はしゅんと肩を落とす。

『…大きな、戦になるのですね』

柔らかい笑みが悲しい表情に変わる。

いつも、この瞬間だけが嫌だった。

『必ず、大阪に武田の御旗を立て戻って参ります。

 どうかそれまでしばし御辛、』

そう言ったところで言葉に詰まった。

すぐ傍にあった白い手が、そっと赤い篭手の上に重なる。

細く冷たく、柔らかな指。


『……………、』


柔らかい黒髪が胸板に触れそうなほどの距離にある。

この緊張が、体温や鼓動が、届いているだろうか。

腕に添えられた手は震えているように感じたが握り返す度胸があるはずもない。


『……姫』


呼ぶと、悲しそうな顔がじっとこちらを見上げる。

言わんとしていることが頭から吹っ飛んでしまいそうだ。

『上田も、晴れた日は櫓の上から星空が望めまする。

 姫様さえ宜しければ…次の戦の後、その場所にご案内したく存じます』

『、本当に…?』

今にも泣きそうだった表情が一転、ぱぁっと明るくなる。

『是非…!楽しみにしております…!』

『それから…その際に……だ、大事な…お話が御座います』

幸村はどもりながらようやく言った、という様子でを見下ろす。

緊張していてその意図が伝わったかは分からないが、は首をかしげてやんわりと微笑んだ。




『はい。お供致します』




「…………っ、」


ばち、っと勢いよく目が覚めた。

天井が見慣れた寮のものと違う。

そうだ今は甲斐に来ているのだったと思い、慌てて起き上がると和室は明かりが消えていて薄暗い。

佐助の姿もなかった。

衝動的に離れを飛び出し、本家の玄関を上がって客間へと急ぐ。

一刻も早く口を開かないと、沸き上がってきているものが再び弾けて消えてしまいそうだった。

早く確信を得たい。急ぎ足になる。

笑い声が聞こえてくる客間のドアを勢いよく開けると、そこには佐助やの姿があった。

「あ、起きた?すっげーぐっすり寝てたからさ。そろそろ起こそうかと思ってたよ」

ソファーに座っていた佐助が振り返って立ち上がる。

寝起きでまだ頭がぼんやりしていたが、向かいに座る勘助の姿を見つけるといっきに頭がすっきりして、

幸村は大股で勘助に近づいていった。


「勘助殿。姫様は生前、星に関して何かを仰ってはおられませんでしたか?」


いきなり部屋に入ってくるなり何を言い出すんだと佐助は首を傾げたが、

問われた勘助は昔の記憶を手繰り寄せるようにして少し考え込んだ。

佐助の横に座っていたも首を傾げている。

「…そういえば、姫様は上田での戦の直前、しきりに空の様子を気にしておられました。

 雨が降っているにも関わらず「今宵はこれから晴れるのか」「星は見えるのか」と

 度々上田の民兵にお問いかけになられて…」

「ですがその日は雨も止む気配がなく…朔日で新月でしたので、星どころか月も出ていない状況だったと

 記憶しております」

当時のことを鮮明に思い出した勘助はそう答えた。

ついに幸村は確信を得る。





"星が好きなの"






「…幸村?」

が心配そうに後ろから声をかける。

「…思い出した…」



『幸村様』


『ずっとお待ち申しております。
 
 きっと、きっとでございますよ』





『この戦が終わったらきっと、上田へ星を見に連れて行って下さいませね』






出陣の直前、見送りに出て来てくれた姫にかけられた言葉。

固く頷く自分。

嬉しそうに微笑む姫。

上田城の櫓から満天の星空を見上げる彼女を、想像した。




「…俺は、姫様に上田の星空を見せると約束したんだ」





To be continued