目が覚めたら全部夢オチで


自分のベッドの上で寝てた




「…………………」







……だったらいいのになー…








CHAPTER∞-4-









(……がっつり畳の上だ)


仰ぐ天井は木製。

いつもより高く感じるのは畳の上に布団を敷いて寝ているから。

ゆっくり顔を傾けるとすぐ横の障子から朝陽が差し込んできていた。

寝巻きにしていた浴衣は肌蹴てとんでもないことになっている。

(パジャマにジャージ持ってきてたんだけどなー)

着ようとしたら侍女に物凄い変な目で見られたので、大人しく浴衣を借りることにしたのだ。

浴衣で寝るなんて修学旅行以来でなんだかくすぐったい。


「…全然眠れなかったよチクショー…」


むくりと起き上がり、ぐしゃぐしゃになった髪の毛を手櫛で直す。

…昨夜とりあえず床についたはよかったが、

これからのことを色々考えたら眠れるはずもなかった。

流石にそこまで神経図太くない。

目が覚めても夢から覚めないということは、もう事実として受け止めるしかないということだ。

前髪を掻き上げ、枕元に放置していた携帯電話を開く。


「…電源落ちてる」


画面は真っ黒。

電源ボタンを長押ししてもウンともスンとも言わない。

一応充電器はあるが、400年前の戦国時代にコンセントがないことくらい日本史が苦手なでも分かった。

役に立たない携帯はバッグに押し込み、もぞもぞと布団を出て片付け始める。



「……どうやったら戻れるんだろ…」



友人に連絡も出来ない。

警察にも通報できない。

400年前の戦国時代に女子高生1人なんて、完全アウェーにも程がある。



「………………」




"そろそろ進路をはっきりさせなさいね

 お姉ちゃんだって一生懸命勉強して大学に入ったんだから、少しは見習いなさい"



"お姉ちゃんぐらいの大学に行けとは言わないよ。

 でもやっぱり大学は出ておいた方が就職だって後々便利だろう?"




「……別に…いいや」


半分投げやりになって深いため息をついた。

すると


「お早うございます様」


ッふを!?


障子の外から侍女の声。

は驚いて素っ頓狂な声を上げながら後ろを振り返った。

「朝餉をお持ち致しました」

「あ…あさげ……?」

障子が開き、膝を着いた侍女が黒い卓に乗った食事を運んできた。

「え……っこ、これ…朝ごはん…ですか?」

「?はい」

侍女は首をかしげながら部屋の上座に卓を置く。

「…疑われてんのに朝ごはん出るんだ…」

「客人同様持成すようにと、信玄様と幸村様から仰せつかっておりますゆえ」

そう言って部屋の外へ出ると「失礼します」と一礼して障子を閉めた。

「……………」

ぐう、と空腹を訴える腹。

…そういえば、お腹すいた。

思えば昨日の朝家を出て、公園でぶらぶらして此処へやってくるまで何も口にしていない。

「…とりあえず食べよ」

腹が減っては戦は出来ぬというし、

糖分の行き届いていない頭で悩んだっていい考えなんか浮かばないんだ。

はすっくと立ち上がり、浴衣の紐を解いて制服に着替え始めた。





うおぉぉぉおおおおおおァァ!!!!





の部屋から一番離れた場所にある広い稽古場に馬鹿でかい声が響く。

白と黒の胴衣姿で二槍を振り回し、周囲に立てられた巻き藁を次々と薙ぎ倒していた。

「…朝から元気だねぇ」

稽古場の隅に立つ佐助はあくびをしながらその様子を眺めている。

「そういえばさァ旦那」

「何だ!」

早朝から一人稽古をする主に声をかけると

幸村は変わらず槍を振り回しながら返事した。

「あの子ちゃんと飯食ったかね?」

「何がだ!?」

「だから、あの子だよ。ちゃん」

聞こえているのかいないのか、一心不乱に巻き藁を斬りさばく主。

昨日間者の疑いで大将から面倒を任された娘の名前を聞き、ようやくその二槍を下ろした。

「…ああ…それがどうかしたのか?」

「いやそろそろ朝餉の時間じゃん?出された食事ちゃんと食ってんのかなーと思ってさ。

 間者の疑いがかかってても大将にはちゃんと面倒見るように言われたでしょう」

佐助はそう言って幸村に手ぬぐいを放り投げる。

「?出されれば食すのではないか?」

「…いや……あのね、仮に旦那が四百年後の上田に行ったとして…

 はいどうぞって出された食事すぐ口に入れる?

 何か盛られてんじゃないかって疑わない?」

渡された手ぬぐいを首にかけ汗を拭う幸村を見て佐助は呆れたようにため息をつく。

それは忍として当たり前の考えだったのだが…





「…おいしい!」






当のは心配をよそに焼き魚を口に入れて表情を綻ばせていた。

(和食久しぶりだなーっていうか…こんなちゃんとした食事自体久しぶりかも)

朝は食べずに学校へ行くことがほとんどだし、

夕食だって家族全員揃って食べることはない。

最近は両親ともぎくしゃくして外食で済ませることが多かった。

しかも部屋に運ばれてくるなんて

(VIPだなぁ…)

もぐもぐと口を動かし、美味しい食事に舌鼓したはいいが



………これからどうしよう。



箸を銜えて肩を落とす。

密偵者だという疑いは晴れてないし、

少しでも怪しまれようものなら幸村とかいう男に殺されそうだし。


(…学校も行かないで一泊して…学校から家に電話とか行ったのかな…

 うわ、捜索願いとか出てたりして…)


元の世界のことを考えると更に不安になる。

…仮に疑いが晴れてこの城から出されたとして、行く充てなんか勿論ない。

むしろこの城にいた方が安全なのだろう。


(…そもそも…何であたし此処に来たんだろ)


タイムマシンに乗ったら動いちゃったとかいうんならまだ分かる。

ただ城跡公園に来て、神社でお参りをしていただけなのにそれがどうして400年前の戦国時代に

来る破目になってしまったのか。


(映画とかだと雷が起こって時空が不安定になって…とかファンタジーな感じだよな…)


あの日は晴天。

ほんの少し強い春風が吹いていただけでそんな気象状況ではなかった。


「…お城の周り調べてみよう…」


ずず、と味噌汁をすすってこれからするべきことを整理した。





15分ほどで食事を終え、は恐る恐る部屋を出た。

この部屋が何階に位置しているのかは分からないが、手すりから外の景色を見ると

昨日自分が突っ立っていた門が見下ろせる。

その先には石垣や通路が複雑に入り組んでいるようだが詳しくは見渡せない。

「…確か昨日こっちから歩いてきたよな…」

昨日の記憶を頼りに、向かって左へ歩を進める。

途中すれ違った侍女や兵士は不審そうにを見るが、いちいち気にもしていられなかった。

(とりあえず…幸村探して城の周り見せてもらうのが一番だよね…

 勝手に動き回ってまた槍とか突きつけられんの嫌だし)

部屋の横を沿う廊下を道なりに歩いていると、

一箇所だけ城とは分離してある大きな建物が近づいてきた。

中からは竹刀がぶつかるような激しい音が聞こえており、どうやら鍛錬場か何かのようだ。

は木製の戸からひょこっと顔を覗かせて中を覗く。

広い板の間では胴衣姿の兵士たちが数十人集まっていて、

各々が市内を手に稽古をしているようだった。

その中に紅い男もいるのではないかと探していると


「痛ってぇぇ…!!」


突如1人の男が叫び、周りにいた兵士たちも稽古を止めて声のした方を向いた。

見ると部屋の中央で1人の男が足を押えてながら蹲っている。

「おい!どうしたんだよ!!」

「急に足が…ッいっ、てぇよぉぉ……!!」

男は床に倒れこみ、ふくらはぎを押えて苦しそうにもがいていた。

そんな様子を見ていたは男ばかりの鍛錬場につかつかと上がり込む。

「ッお前…!!」

に気づいた兵士は表情を歪ませて1歩たじろいだ。


「どいて」


はそう言って男の肩を掴み、足を押えて蹲る男の前に膝を着いた。

「何をするつもりだ!」

「妖術でも使うつもりか!」

に怯えがあるのだろう。

400年後から来た未来人、なんて得体が知れないと思われても仕方ない。

男たちは後ずさりしながらも強気な言葉を吐く。

「妖術で治せたら苦労しないっつの…」

はため息をつきながら男の右足を掴み、

自分の腿の上に乗せてその甲を両手で押えた。

「……ッなに、を……!」

「黙って」

足の甲を両手で掴み、そのまま奥に向かってゆっくりと足首を倒す。

「…………ッ!」

男は痛みで堅く目を瞑り声を押し殺すが、

は構わずゆっくり足首を倒して硬直した筋肉を徐々にほぐしていった。

「…氷……はないか。誰か手拭いでも何でもいいから布を水で濡らしてきてくれない?」

がそういうと周りの兵士たちは顔を見合わせてうろたえていたが、

その中の1人が首から提げていた手ぬぐいを持って庭に出ていった。

数十秒して、井戸で濡らしてきた手ぬぐいをに差し出す。

「これで良いか?」

「ありがと」

は手ぬぐいを受け取り、男の足に被せた。

そしてその上から脹脛をゆっくりマッサージし始める。

次第に痛みが納まってきたようで男の呼吸も緩やかになっていく。

固唾を呑んで見守っていた兵士たちも安堵のため息をもらした。

「こむら返りっつって、筋肉が過剰疲労で痙攣を起こすことがあるの。

 今日1日は筋肉が突っ張って攣りやすい状態になってるから、

 あんまり激しい動きはしないほうがいいと思う。

 筋肉を使ったら冷たい水で塗らした布を足に当てて冷やして。

 ちゃんと筋肉休ませれば明日には痛みも抜けるから」

はそう言いながら傍に転がっていた巻き藁を男の足の下に置き、

痙攣している足が少し高くなるようにした。

「…………あ…」



「…有難い…」



倒れている男はまだ少し苦しそうに表情を歪め、掠れた声で礼を言う。

は目を丸くして一瞬戸惑ったがすぐに「どういたしまして」と笑った。

「あ。ねぇ、幸村どこにいるか知らない?」

立ち上がりながら周りにいる兵士に城主の居場所を聞く。

「幸村様なら恐らく今頃……あ」

自室で朝餉を召し上がっておられる頃だ、と言おうとして

兵士は入り口に目をやった。

もつられて振り返ると、入り口の戸の前には武装した幸村の姿がある。


「お早うございます幸村様!」


兵士たちはいっせいに城主に頭を下げた。

真ん中で横たわっている兵士を前にはハッとする。


「な、何もしてないよ!?こむら返り起こしてた人いたから応急処置しただけだよ!?」


妖術だの何だのまた疑われては敵わない。

慌てて弁解しようと男の右足を指差した。

幸村は足に手ぬぐいを被せて横たわっている兵士を見下ろし、その前にしゃがむ。

「無茶をするな。近々大きな戦も控えておる。今日はゆっくり休め」

「あ…有難うございます…」

兵士にそう声をかけると再び立ち上がり、を見下ろした。


「…医術に詳しいのだな」


「え?あぁ、昔…剣道やってたから…よく手足が攣って教えてもらったことあって…

 医術とかそんな大層なモンじゃ…」



また槍を向けられるかと思っていたは肩を撫で下ろした。

そして探していた本人を前に本題を思い出す。

「…あ!そうだ!アンタ探してたんだ!

 とにかく元に戻る方法探そうと思って、出来れば城の周り調べさせて欲しいんだけど…」

「城の周りを?」

幸村は一瞬躊躇った。

自分は大将からこの城を任されている身。

そして彼女は間者の疑いをかけられている身。

下手に城の周りをうろつかせていいものだろうかと。

だが自分が見る限りでは目の前の娘に間者の気配など全く感じられない。

それどころか隙だらけで、少しでも可笑しな動きがあれば殺すことは容易いように見えた。


「…承知した。某も共に行く」


「よかった、城ん中迷路みたいだから迷いそうだよ」

はそう言ってぐるりと辺りを見渡す。

上田城跡公園は社会科見学で小学生の頃散策をしたことがあるが、

さすがに城の中までは見たことがない。

それ以前にの知る上田城は復元されたものだから、本来の姿など誰も知り得ないのだろう。

揃って稽古場を出て行く2人を見て兵士たちはぽかんと口を開けている。

「…あの娘…幸村様に何たる口の聞き方だ」

「とても幸村様と同齢には見えぬな…」





「此処がそなたの立っていた大手門だ」

案内されたのは昨日この場所へ来て初めて目にした門。

昨日と変わらず、晴天の空の下立派な佇まいでそこに聳え立っていた。


「…特に変わったところはないんだよねぇ…」


は門を見上げ、辺りを見渡す。

門からまっすぐ伸びた通路の両側は高い塀が立っており、その向こうに見えるのは林。

既に葉だけになってしまった桜の木がたくさん立っていて、

あぁもうちょっと早ければ桜が綺麗だっただろうなぁなんて暢気なことを考えた。

特にどこかに穴が開いてるとか不審な点はない。

(…ト●ロの場所に通じる穴みたいなのがあると思ったんだけど)

がその場にしゃがんで横の茂みなどを隈なく調べてみる。


「……そなた、本当に四百年後の上田から来たのか?」


の後姿を見つめ、幸村は片眉をひそめて改めた質問をする。

は振り返って幸村を見上げる。

「…あたしだって出来るならさっさと元居た場所に戻りたいんだけど」

「学校行かなきゃ単位とれないしもうすぐテストだし…」

「てすと?」

妙な単語だ、と幸村が眉間にシワを寄せると


「よっ。お二人さんそこで何してんの?」


門の上からひらりと降りてきたのは佐助。

身軽に2人の前に着地し、右手の指に携えていた大きな黒い鳥を空へ放した。


「こんな真昼間から逢引?って全然忍んでないけど」

ッあ…逢引!?はッ…破廉恥であるぞ佐助!


にやりと笑う佐助の言葉に幸村は赤面しながらざかざかと後ずさりする。


(…破廉恥って)


は困った顔をしながら立ち上がる。

「…が元に戻れる方法を探すから城の周りを見たいと申したのだ」

「あぁ…まー何だって四百年も先から来ちゃったんだかねぇ」

未だ信用していないような口調で佐助はを見た。

はム、と僅かに唇を尖らせる。

「あたしだって家出して学校サボってたのにこんなトコ来なきゃいけない理由が知りたいですよ」

そう言ってため息をつきスカートの裾を叩いて砂を掃った。


「「家出?」」


2人は目を丸くして声を揃える。


「あたし、家出中だったんです。家とか親とかもう嫌んなって。

 やれ進路だ将来だうるさいからムカついて家出てきちゃった」


はそう言って唇を尖らせる。

ああ、思い出しただけで腹が立ってきた。

それを聞いた幸村と佐助は顔を見合わせる。

「…前田の風来坊みたいだね」

「…うむ」

「風来坊?」

明らかに嫌そうな顔で声を揃えた2人。

は首をかしげる。

「前田慶次っつって前田家当主の甥なんだけど…自由が好きな人でさ。

 家出して家をつかずに京都で暮らしてる風来坊がいるんだよ」

佐助はそう言って苦笑しながら説明してみせた。

「喧嘩は好きなのに戦は嫌いとか、変わった人だよねぇ。

 前に攻められた時なんかウチの兵に死人は1人も出なかったし。

 本当に喧嘩しにきただけって感じ」

「…その都度城を荒らされては敵わぬ」

幸村は腕を組みながら眉間に深い皺を刻む。

…よほど「前田慶次」という人物に嫌な思い出があるのだろう。

でも確かに家が嫌になって家出をしたあたりは自分と似ているとは思った。


「んじゃ、俺これから大将んトコ行ってくるから。

 旦那はしっかりその子見ててよ」


佐助はそう言って近くの木に飛び乗り、が木を見上げた時には既に気配は遠ざかっていた。

「…そういえば皆が言ってる大将とかお館様とかって…」







…戦国時代


…風林火山







「……もしかして…武田、信玄……とかじゃない、よ、ね?」






恐る恐る、知っている武将の名前を冗談で言ったつもりが






「な…ッ!お、お館様を呼び捨てにするとは無礼極まりないぞ!!!」

「えッ!あの人…っ本当に武田信玄なの!?」

「無礼なり!!お館様と御呼びしろ!!」


「…だって……有名だよ武田信玄っつったら…400年経っても

 知らない人多分いないもん…」


歴史に全く興味のないだって名前ぐらいは分かる。

…何をしてどう活躍した人なのかはよく知らないが。


「ッそれは真か!」

「うん」


がこくんと頷くと、幸村は急に握り締めた両手を空に掲げた。



流石でござるぅぅぅお館さぶあぁぁぁああああ!!!!!!



周りの木々に留っていた鳥たちが驚いて逃げていくほどの声量。

は思わず両耳をそれぞれの手で塞いだ。




(……あたし何か失礼なこと…言って、ない…よ、ね……)




念のため昨日の記憶を辿ってみる。

…幸村と初めて会った時と違って、終始敬語を使えていた…と思う。



「…つーか……うるさい…」



ぼそりと呟いた言葉も、目の前の男には全く聞こえていなかった。






 

To be continued