CHAPTER∞-3-








「------------……何…?」







色々考えた末がたどり着いた結論を聞き、

真っ先に険しい顔をして言葉を発したのは紅い大男だった。


「…二○○九年…だと…?」


と共に障子の前に立つ青年も眉間に濃い皺を刻む。

「…四百年以上先だね」

大男の横に並ぶ迷彩の男は変わらず冷静な口調で言った。

だがこの空間で冷静なのはその男だけのようで、

上座に座る大男も、の横に立つ青年も、

広間に規則正しく座った兵士たちも、

化け物を見るような目でを見ている。

ピリピリと張り詰める空気の中、大男がゆっくりと口を開いた。


「……夢伽の読み聞かせなら遠慮願おう。みな昨晩の戦で疲弊しておる。

 これ以上戯けたことをぬかすようならばこの信玄、女子といえど容赦はせぬぞ」


その表情に険しさが増し、傍にあった壷を割りそうな覇気をにぶつける。

「……っ!ほ、本当なんです…!!!こっ、ここれ!!!ほら!!!」

このままじゃどっちみち殺される。

は慌てて制服のポケットから生徒手帳を取り出し、横にいた青年に素早く差し出した。

黒い革のカバーがかかった手の平大の生徒手帳。

表紙には校章が印刷されているが、裏はクリアカバーになっていて

顔写真と名前、生年月日、手帳が交付された日付が映されている。

4月に新しく今年度の手帳が配布されたので、その日付が書かれているはずだ。

紅い青年は手帳を受け取り、日付に目をやった。



「……二○○九年…四月三日………?」



青年が日付を読み上げると紅い兵士たちがざわ、と騒ぎ出した。

「…真か幸村」

「は、はい…確かに」

青年は手帳を大男に差し出す。

男は手帳を見て目を細め、再びを見た。

「……仮にそなたが本当に二○○九年に住む人間だとして、

 如何にして此処へ来た?」

に向けられる厳しい視線は変わらない。


「…わ……、わかりません…

 気づいたら…さっきの門の前に立って、たから……」


信じてもらえなくてもそれが真実だ。

は息を呑んで反応を待つ。

自分でも信じられないがもし起こっている現象が本当なら、この場所に自分の味方などいない。

現に先ほどこの男が止めに入らなければ殺されていたと思うし。

額と背中に嫌な汗がじわりと滲んできた。


「…佐助、侍女を呼べい。手荷物を調べさせる」

「はい」


十数秒して男が指示を出し、迷彩の男は素早く部屋を出て行った。




「…………それがそなたの名か」




「は、はい…」

日付の上に大きく印刷されたの名前を口にする。

は肩をすくめて返事した。


「…女が姓を名乗るとは……確かにこの乱世では在り得ぬな」


(…え、女って苗字名乗っちゃマズいの!?)


大男はの苗字を不振そうに見る。

人類皆苗字と名前があるものだと思っていたは眉間にシワを寄せた。

だって皆名前だけだったらどこのさんか分からないじゃないか。

すると部屋を出ていた迷彩の男が障子を開け、着物姿の女性を連れてきた。


「連れてきました」

「うむ。隣室でこの者の衣服と手荷物を調べよ。

 武具が見つかった時点でこの者を間者とみなす」

「ッぅえええぇぇぇぇ!!??」


着物姿の女性が2人部屋に入ってきてのボストンバッグを抱え、

もう1人はの横について部屋を出るよう促す。

は促されるまま部屋を出て、障子で仕切られた隣の部屋へ連れていかれた。

「失礼します」

ピシャリと障子を閉められると徐に女性の1人が制服のリボンに手を掛けた。

「えッ、ちょっ」

抵抗する暇もなく赤いリボンは解かれてしまった。

セーラー服のファスナーやスカートのフックにかなり苦戦していたが、

外し方を説明するとそこからは慣れた手つきで次々と制服を脱がせていく。


(……ッまさかこんなところで真っ裸にされるとは…)


女性相手とはいえ恥ずかしいことこの上ない。



「………っ!ちょ、ちょっと待って!!!!

 それは自分で脱ぐからっ!!引っ張んないで破れるからぁぁぁ!!!!!




--------そんなこんなで。




「衣服、手荷物共に不審な点はございませんでした」

「…うむ」

着物姿の女性たちはそう報告して再び部屋を出て行った。

なんとか身体検査を終えたはげっそりした様子で再び大男の前に正座している。

下着姿まで脱がされたところまではよかったが、

彼女たちがブラジャーを無理やり引っ張って脱がそうとするものだから焦った。

バッグの中身も1つ1つ丁寧に何に使うのかを説明しなければならなかったし、

(着替えと財布、学校の教科書数冊しか入っていなかったのだが)

それだけで十分体力を消耗してしまった気がする。


といったな」

「っは、はい!」


急に名前を呼ばれ、はびくっと肩をすくめて顔を上げた。


「そなた帰る場所はあるのか」

「……え…」


…あるわけない。

たとえこの町に自分の祖先がいたとしてそれを知る術はないし、

もともと家出してきた身でも、右も左も分からぬ400年も昔の上田で1人暮らしが出来るはずがない。

状況が読み込めてきたところでこれからどうしようと顔を青くしていると、

大男はしばらく考えた後紅い青年に目をやった。


「…幸村。城に空き部屋はあるか」

「はい。客間と空いている部屋が一つ」





「ならばこの娘を住まわせよ」





青年ではなく、目の前に座るを真っ直ぐ見て男は言い放った。

は正座したまま双眸を見開き、口を半開きにする。

横にずらりと並ぶ兵士も

迷彩の男も驚愕に目を見開いていた。


「…ッお!お館様…!?何と……!!」

「武田の監視下に置くということじゃ。

 無論娘の言う全てを信用したわけではないが、事実ならば

 このまま捨て置いても他領地に足を踏み入れて野垂れ死ぬのが関の山よ。

 そのようなことがあっては城下の民の不安を煽る」

「し、しかしこの者はお館様の命を狙う間者かも知れませぬ!!」






「その時はお前が斬れ、幸村」






再び、鋭い視線がへと向けられる。

青年も困惑した様子でを見た。


(…っ結局ピンチに変わりはないのかよ…ッ)


もはや蛇に睨まれた蛙。

背中と額に冷や汗をだくだくと滲ませてとにかく命の無事を願った。

自分の考えが正しければ他に行く充てなどないのだし、

ヘタに逆らえば男の言う通り簡単に殺されてしまうだろう。


「………しょ、承知しました…」


青年はその場に膝を着き、大男に向かって頭を下げる。

「うむ。、そなた若く見えるが歳は幾つだ」

「あ、17です…」

「幸村と同年か」


「「えっ」」


男の言葉にと青年は同時に短い声を上げた。


((同い年……!?))


2人はお互いの顔を見合って渋い顔をする。

(年上だと思った…槍振り回す同級生なんかいねーよ)

(お館様に対する無礼の数々…年下だと思っていた…)


「ワシは一度館に戻る。城を頼むぞ幸村」

「は、はい!」


大男はそう言って漸く重い腰を上げた。


「…ぬかりなく見張っておけ佐助。

 他軍と内通しているようであればすぐに報告せい」

「はい」


男が広間を出ると同時にの左右を挟むように座っていた兵士たちもすっくと立ち上がり、

ぞろぞろと揃って部屋を出て行った。

その半数は再び馬に跨って城を出て行き、残り半分は各々武具の手入れをしたり馬の世話を始めている。

中には横目でをじろりと睨み、なにやらひそひそと耳打ちをし合っている者もいたが、

化け物扱いされてもおかしくないとはただ堪えた。

…とにかく居心地が悪い。

いっきに人数の減った広間にぽつんと取り残されたは、

正座したまま板の間の壁にかかっている立派な掛け軸を見る。


(…さっきの人…"ワシが書いた"って言ってたけど…

 風林火山っつったら…)


落款は難しくて読めない。

身を乗り出して目を細めていると、見送りに出ていた青年が戻ってきた。

遅れて迷彩の男が入ってきて障子を閉める。


「…先刻は失礼致した。

 改めて客人として歓迎する。殿」


「っと、と、殿!?」

青年は正座するの前に膝を着き、先ほどとは打って変わって恭しい態度でに声をかける。

名前に"殿"などと付けられたことのないは驚いて肩を強張らせた。

あ、賞状貰った時は"殿"ってついてたかも。

「や、やめて殿とか!呼び捨てでいいよ…!」

「いやしかし…」

「い、いいから!!あたしだって"様"とか呼べそうにないし…

 か、監視される身なんでしょ…?同い年なんだし…ふ、不自然じゃん!」

が必死に訴えると、紅い青年と迷彩の男は顔を見合わせた。

「…いいんじゃん?本人がいいって言ってんなら。

 俺呼ぶみたく呼び捨てでも」

「うむ…」

迷彩の男が助け舟を出し、青年は腕を組んで渋々合意したようだ。

どうやら部下以外を呼び捨てることに慣れていないらしい。

はほっと安堵のため息を洩らす。

今時クラスメイトの男子にだって「さん」とか「ちゃん」とか呼ばれたことないのに、

不法侵入者の身で「殿」なんて呼び方されたら恐縮してしまう。


「……それで…ええと…」


は正座を守ったまま青年を見た。

先ほどから名前が飛び交ってはいるが実際にこの青年を何と呼んでいいか分からなかったからだ。


「すまぬ。名乗るのが遅れてしまった」


青年もそれに気づいたようで両膝の上に手を乗せ、背筋を正す。





「我が名は真田幸村。お館様からこの城を任されておる」





幸村と名乗る青年の言葉を聞いては目を丸くし、辺りを見渡した。






「………え…城……って…」





「……この城が…アンタの城だってこと?」






「?それがどうかしたか?」

恐る恐る幸村を指差し、目を見開く。

当の幸村はきょとんとした顔で首をかしげた。

「っじゅ、17でお城って持てるの!?」

「いやこの城は父上が築城したもので…」

幸村が説明するもは頭を抱えて悩み出す。


(つまり今あたしがマイホームを持つのと同じってことじゃないの!?

 何それローンとかどうなるわけ!?)


元服をして一人前の武士となれば城を任されることなど珍しくないのだが、

そんなことを知らないは同じ国内で強烈なカルチャーショックを受けた。


「なんか400年後と比べておかしいことでもあったんじゃないの?」

「そ、そうなのか…?」


幸村の横に立つ迷彩の男はそう言って笑い、頭の後ろで手を組んだ。


「それから…真田忍隊の長、佐助だ」


気を取り直し、幸村は迷彩の男をに向かって紹介する。

「…忍隊って…忍者!?」

我に返ったはぐるりを首を回して迷彩の男を見上げる。

なんか他の武士とは武装が違うし雰囲気とかそれっぽいとは思っていたが。

「珍しい?」

佐助はそう言ってくすりと笑う。

にとって忍者なんてのは漫画や時代劇の中だけの存在だった。

なんかこう、真っ黒の忍装束で手裏剣とか投げて、分身の術とか変わり身の術とか出来て…


「池の上とか歩けるんですよね!?」

「そんなことも出来たのか佐助!!」

「いや無理だから。旦那まで何言ってんの;」


の言葉に驚いた幸村もぐるりと首を回して佐助を見上げる。

佐助は腕を組んで呆れ顔を浮かべる。

水中に長く潜っている訓練は受けたがさすがに重力に逆らうことは出来ない。

なんだか子守りが2倍になりそうだと佐助が額を押えると


「幸村様、部屋の準備が整いました」


障子の向こうから侍女の声。

幸村は腰を上げ、立ち上がって障子を開ける。

「部屋を用意させた。取敢えず身を落ち着かせるといい」

「あ……どうも…」

もようやく正座を崩して立ち上がり、侍女に連れられていく。


「……どう思う?」


障子の梁に寄りかかり、佐助は横目で主を見た。

幸村は廊下を歩いていくの後姿を見て目を細める。

「…とても間者には見えぬ。殺気どころか隙だらけだ」

城下の町娘の方がまだ世間を知っているというもの。

佐助も「だろうね」と苦笑して肩をすくめた。


「四百年後の上田から来た…もしかしたら…真なのかも知れぬ」

「……四百年後、ね…」









To be continued