CHAPTER∞-2-










…今度は…何だってんだ……



は目の前に立つ紅い大男を見上げ、ぽかんと口を半開きにしていた。


「城の周りは全て門兵が見張りをしていた筈…

 確かにくの一にも見えるが…それにしては殺気も武器を構える様子も無いな」


威厳漂う大男はそう言って厳しい目つきでを見下ろす。

はびくりと肩をすくめた。

…何だってんだよ。ちっとも悪くないのに何でこんな怒られてばっかなんだよ。

くの一とか殺気とか…訳がわからない。


「…あたし、くの一なんかじゃありません。

 ただの女子高生です」


は緊張で震える唇をきゅっと結び、意を決して大男を見上げた。

周囲の兵士たちがざわめき出す。


「神社でお参りをしようと思ってたら境内に入った瞬間に凄い風が吹いて…

 気づいたらこのお城の前に居たっていうか…

 だから、勝手に入っちゃったのは謝ります。…すいません」


そして敷地内に勝手に入ってしまったことを詫びる。

…どうやって勝手に入ったか自分自身にもよく分からないのだが、

とりあえず誠意を伝えれば通じるだろう。

大男は腕を組んで「ふむ」と一呼吸置くと眉間に僅かな皺を刻んだ。


「神社とは…?何という神社だ?」

「え…上田ですけど…上田城跡公園の中にある真田神社…」


市民なら誰でも知ってる有名な神社だ。

は首をかしげて正直に答えたのだが、今度は大男が「何を言うんだ」という目でを見る。





「上田城は此処だ」





「……………え?」




が目をまんまるに見開いて2、3回瞬きをした。

「甲斐武田軍が武将、この幸村の居城よ」

大男はそう言って横に跪く青年を見る。


「え…だってこんな…」


が知っている上田城は「上田城跡」だから当然城の全景など残っていない。

戦国時代の武将が居城にしていたが、現在残っている姿は江戸時代に復興されたものだと聞いたことがある。

…目の前に聳え立つ「上田城」は確かにあの紅い男が言っていたように"跡"などとは言えない、

まさに築城された当時のままの姿でそこに存在している。

困惑しているの様子を読み取ったのか、大男は自分の顎髭を撫でながら何かを決断したように頷いた。


「…詳しく話を聞く必要がありそうだ。

 皆も戦明けで疲弊しているだろう。中へ入られよ、娘」


紅い大男はそう言ってくるりと踵を返す。

跪いていた軍団はいっせいに立ち上がり、その後を追って再び開けられた大きな門をくぐっていった。

「え…っちょっ、待っ…!」

「…まぁ、取って食われやしないだろうから来てみたら?

 このままだと斬られても文句言えないよ」

迷彩の男がの横を通りながら他人事のように言って退ける。





………っすっごい取って食われそうなんですけどォォォォ!!!!!






だだっ広い石畳の空間に取り残されたはしばらくその場に立ち尽くしていたが、

ここで逃げたらまた面倒事になりそうだ。

しっかり説明してもらって早いところ帰ろう。

そう思って覚悟を決め、右足を踏み出して大きな門をくぐった。


 


「……………………」





城の中へ通され、ローファーを脱いだところでの口は塞がらなくなった。

開いた口が塞がらないとは正にこのこと。

綺麗に敷き詰められた畳は50畳ほど。

上座の板の間には立派な掛け軸がかけられており、その手前には高そうな壷が飾ってある。

まるで時代劇に出てくるお殿様の部屋みたいだ。

上座から真っ直ぐに紅い兵士たちがずらりと並び、その間を大男が通っていって

板の間の座布団にどかっと腰を下ろす。

紅い青年と迷彩の男が後に続き、大男の左右にそれぞれ分かれて立った。


(何、だ…っこれ……)


とてつもない威圧感。

はそれに気圧されながらも恐る恐る男のもとへ近づく。

「掛けて構わぬぞ」

「あ…はい…」

男はそう言って自分の前に座るよう示唆した。

はスカートの裾を後ろでまとめてその場に正座する。

畳の上に正座することも久しぶりだし、目の前にいるのは誰だか分からない連中だし、

なんだかこれから説教をされそうな緊張感では膝の上で硬く拳を握り締めた。


「…さて、娘。そなた他軍のくの一でないの言うのなら一体何処から侵入した?

 何用があって城の門前に立っていたのか、疚しいことがなければ答えられよう」


肘掛に太い腕を置いて手の甲に顎を乗せ、

大きな二本角の兜を被った男は厳しい表情でをみやる。

「…いえだから…その…侵入とかじゃなくて…

 あたしは本当に神社の境内に突っ立ってただけで…

 一瞬目を瞑ってただけなのに、目を開けたらさっきの門の前に立ってたんです」

「っまだそのような虚言を…!」

身に起こったことを包み隠さず話しただが、

紅い青年が再び前に出て声を荒げた。

「止めんか幸村!」

「しかしお館様この者は…!」
 
紅い大男が青年を一喝。

どうやらこの大男がこの軍団を仕切るボスみたいな存在らしく、

に槍を向けてきた青年も頭が上がらない様子だった。

は息を呑みながら堅く正座を守っている。

そんな中で自分の中に言い知れぬ不安を抱き始めていた。

もしかしたら自分はどこか精神的に不安定な部分があって、

自分の意思とは別に身体が動いてしまっている時があるのではないか。

自分の中に別の人格があるのではないか。

そんなことを考えて表情を不安に曇られせていると、正面の怒号が消えて再び大男が声をかけてきた。


「…この場所を我ら武田軍領地と知ってのことか?」


「---------は…?」


男の問いに、は間抜けな声を出してしまった。

多分顔も間抜け面をしているだろう。


「………たけだ…?領地って…何の、こと……ですか?」


私有地、とかではなく?

軍地みたいな?

が表情を歪ませると、周囲の兵士たちが再びざわざわと騒ぎ始めた。

「お館様を知らないだと…!?」

「何者なんだあの娘…」

男はの表情を見て目を細め、右隣に立っていた迷彩の男に声をかける。

「…忍に見えるか佐助」

「嘘をついてるようには見えませんね。目が泳いでないし…

 此処が武田領地だってことも、真田の旦那の居城だってことも、本気で知らないように見えます。

 でも忍に見えるかっつったら…見えないですね。全ッく忍んでないし」

佐助と呼ばれた迷彩の男はの顔を真っ直ぐ見て冷静な分析をしてみせた。

こんなに大勢に衆人環視されるのは初めてで酷く居心地の悪いは、

慣れない正座に肩をそわそわさせながら辺りを見渡す。


その時、


信じられないものが目に入った。




「…………その、掛け軸……」




それは大男の背中にある立派な掛け軸。

"風林火山"と達筆に書かれた文字の左隅に、日付と落款が押されている。

はその日付の文字を持て双眸を見開いた。





「………天、正……?」






掛け軸を指差して顔面を蒼白にしているを見ると、大男も首をかしげて掛け軸を見る。

「これは一昨年ワシが書いたものじゃ。

 この掛け軸がどうかしたのか?」

「…………あ、の……、今日って…何年の何月何日ですか…?」

まさか。


…まさか。


在り得ないそんなこと。


そんな、映画や漫画でやるようなファンタジーなこと…



「天正十一年、卯月二六日だ」



「……て、天正…って…西暦何年……?」



自分が平成21年って西暦で何年、と訊かれているようなものだ。

大男は目を丸くして左右に並ぶ2人の男たちと顔を見合わせる。



「一五八三年だ」



低いな声色で、はっきりと吐かれた言葉。

膝の上できつく握り締めていた拳がへにゃりと解け、

は瞬きも忘れてぽかんと口を開いていた。



「………あの…、すいませんどっか…街の様子が見れる場所って…」



下顎を震わせながら問いかけるを見て、大男は片眉をひそめる。

「幸村」

「は、はい」

大男が横に立つ紅い青年に声をかけると、

青年はその場を離れて部屋の右側に並んだ障子をガラリと開けた。

外は木製の手摺がつけられており、下の門の屋根が見える。

少し冷たい風が吹いてくると青年の鉢巻や後ろ髪が揺れ、

遅れて室内に入ってきた風はの黒髪を靡かせる。


…煙の匂い。


大男が顎をしゃくって示唆したので、は立ち上がって開け放たれた障子に近づいた。

外に出て、恐る恐る城下の景色を見下ろし



言葉を失った。



城下に広がるのは一面の荒野。

城自体も正門から随分距離があるようで複雑な通路が門から伸びている。

城の真下には小さな農村地帯が見えるが、それを過ぎてからは茶色の地面がだだっ広く続いていた。

その荒野からは遠くのところどころで煙が上がっており、風向きでここまで何かが焼ける独特の臭いを放っている。

ぐるりと辺りを見渡すがその左右は青々と木々の茂った森。

それはが知る上田の街とは全く違うものだった。

どんな田園地帯の田舎町でも、あそこまで綺麗に地平線の見える場所なんかこの国にはないだろう。



……まるで






まるで、戦国時代みたいじゃないか。







がぎしぎしと効果音がつきそうな速度で首を回し、

板の間に座る大男を見た。






「………なんかあたし…2009年から来ちゃったっぽいんですけど…」






人間、本当に困ってしまうと笑うしかないとはよく言ったものだ。

はひきつった笑みを張り付けたまま呟く。







何が起こったのか、何でこういうSF的な現象が起こってるのか、

そんなことはまったく分からないがこれだけは言える。






目の前に広がる光景は決して映画村のセットなんかじゃなくて

400年以上前に実在した

自分の住む町の景色なのだと。






…これは、つまりあれだ。

俗に言う、










タイムスリップとかいうやつだ。










To be continued



※2月17日 日付修正