「………なにしよう」



は部屋に座り込んで呆然としていた。

あれから二度寝をしようと思ったが、佐助の言うとおり城の皆が起き出してくる時間で

結局再び寝ることは叶わなかった。

朝餉も済んだし、気になっていた部屋の掃除もしたし、

……他にすることがない。

元に戻る方法を探そうにも城の周りはほとんど散策してしまったし、

城で手がかりがないのなら城下に出ても同じことだと思った。

幸村には「上田から出ない方がいい」といわれているから、

恐らく佐助か城下の門番に止められるだろう。

もとより危険だと分かって上田を出るつもりもないのだが。


(…上田城跡でこういうことが起こったんだから、戻るのだって上田城だと思う)


絶対。

根拠はないが自信はあった。


400年前の上田へやってきて5日。

戻れそうな気配がまったくしない。

あれこれ悩んでいる暇なくこちらでは毎日何かしらの騒動が起こっているし、

ヘタをすれば自分もここで死ぬかもしれない危機に何度も遭遇している。

何より心配なのは元の世界のことだ。

5日も家に帰らなければさすがに家族も心配して警察に捜索届を出しているだろう。

学校だって無断欠席になっているだろうから、事件として扱われているかもしれない。

そんなとき元の世界に戻れたらなんと説明すればいいのだろう。

はそればかりが気がかりだった。


「…………あ」


そんな心配とは裏腹に、は今すべきことをピンと思いついた。


「乗馬の練習してこよう」


この状況で乗馬の練習をしようなどと、ここへ来て随分神経が図太くなったものだ。

(来て早々槍向けられてりゃー当然でしょ)

そうと決まれば陽が高いうちに実行だ。

はすっくと立ち上がって部屋の障子を開ける。


「……静かだなぁ」


あの城主も普段から城の中で騒いでいるわけではないので、

いないだけで城全体が静かだと思うのは恐らく錯覚なのだろう。

だがやはり随分空気が違う気がして落ち着かない。



(-----------早く)




かえってくればいいのに。




「…………………」




べしッ!!!!!




廊下に出たは右手で勢いよく自分の右側頭部を平手打ちした。

偶然少し後ろを歩いていた侍女はそんなの後ろ姿を見てびくっと肩をすくめる。


(…馬鹿かあたしは)


ぐわんぐわんとシャッフルする頭で自分を罵倒した。

鳥の囀りが響く爽やかな朝なのになぜか気分は複雑で、

推定4時起きの眠気が今更襲ってきていた。






CHAPTER∞-13-







奥州国境


荒野に生えた僅かな草木が激しい突風で弾け飛ぶ。

二本の朱槍と六爪の刀が複雑に交差して火花が散ると、蒼紅の影が同時に後ろへ飛んで距離をとり

幸村の方が僅か先に地面を蹴って右の槍を振り上げた。

長い槍は僅か一歩踏み込んだところで政宗の間合いまで入る。

「HA!」

右足を引いて体を半分翻すと左手の三爪で鏃を器用に挟み、

そのまま力任せに腕を捻って長い槍を弾き飛ばした。

「っ」

右手から槍の柄が離れた幸村は咄嗟に左の槍を両手で握る。

だが構え直した時既に遅く、眼前には交差された六爪が迫った。

体の前で横にした槍に容赦なく竜の爪が食い込み、物凄い衝撃波が真正面からぶつかってきた。

「……っく!」

ジリ、と体が押されて踏ん張っていたはずの草鞋が後ろへ動く。

少しでも腕と腹筋の力を緩めようものならそのまま崖下へ落とされかねない威力を前に、

幸村は歯を食いしばって両腕に力を込めた。

「どうした!こんなモンか!?」

朱槍と六爪の向こうに見える政宗はニッと歯を出して笑う。

幸村は体の前で盾にした槍に全体重をかけ、同時に右足を大きく踏み込んで両腕の力で六爪を押し弾いた。

そしてすぐに体を半回転させながら伸ばした左腕の槍を遠心力のまま政宗に向かって突き出す。

「まだまだ!!」

薙ぎ払うように飛んできた鉾は黒い兜の僅か横を掠り、

その風圧で兜の合間から揺れていた黒髪が数本切れて宙を舞った。

「…っち!」

再び距離をとった政宗を前に幸村は地面に落ちていた槍の柄を蹴り上げて再び右手に掴む。

構え直した二槍の先に炎が宿り、風に揺らめいて持ち主と同化したような紅が燃え上がった。







上田城


が厩舎に近寄ると中では何人かの兵士が馬の世話をしていた。

干草を食べさせたり身体を洗ってあげていたり、戦では必要不可欠な動物だろうから

常に世話には力を入れているのだろう。


「おはようございまーす…」


木造の厩舎を覗き込むと独特の獣臭。

中にいた兵士たちはに気づいて屈んでいた姿勢を戻した。

「おう、どうした?」

「乗馬の練習しようと思って…いつまでも馬に乗れないとまた幸村に迷惑かけるから」

はそう言って中を見渡した。

大きな厩舎は奥行きがかなりあって、同じものが横に3つほど並んでいる。

真田の兵士全員が乗れるだけの馬が飼育されているということだろう。

「そういや聞いたぞお前、乗馬できないのに幸村様に剣術稽古挑んだんだって?」

兵士の1人が首からかけていた手拭いで汗を拭きながら近づいてきた。

男がそう言うと周りの兵士も「無謀だなぁ」と笑っていた。


(…乗馬と剣術は関係ないんじゃ)


は唇を尖らせながらコクンと頷いた。

「怪我しなかったか?」

「…打たれた脇腹がめっちゃ青痣になってます。昨日はなんともなかったのに」

昨日は少し痛む程度で変色はなかったのだが、今朝起きたら青紫色の痣が浮かび上がっていた。

…武将に打たれてこれだけで済んだから幸いだといえばそれまでだが。

それを聞いた兵士はハッハッハと豪快に笑う。

「俺たちも幸村様と稽古した後は体中痛ぇや」

「幸村様は手加減して下さらないからなぁ」


「でもその熱さが幸村様らしい」


口を合わせる兵士たちの表情は暖かい。

年齢は30代半ばから40代ぐらいだろうか。

(…なんかみんな保護者気分)


「ああそうだ、乗るなら大人しい馬を出してやろう。

 普段あまり戦には連れて行かんのだが…客人用に扱いやすい馬も飼ってるんだ」


手前の男がそう言って一頭の馬を連れてきてくれた。

他の馬に比べて幾分ほっそりしており、栗色の身体に純白の鬣を靡かせた雄馬は

の顔を見ても驚くことなくのっそりと厩舎から出てくる。


「武田は上杉や浅井みたいに女が馬に乗るということがないからな…

 こればっかりは体で覚えるしかないから、せいぜい頑張んな」


兵士は馬の背中に鞍を乗せ、手綱と繋がった馬銜を馬に銜えさせた。


「…がんばんな、って…」


は馬を前に呆然と立ち尽くす。

「左手で手綱と鬣を一緒に持って、右手で鞍のここを持つ。

 あとは腕の力で上がるんだ」

見かねた兵士が鍬を置いて助言をくれた。

はセーラー服の袖を捲くり、言われた通り左手で手綱と馬の鬣を一緒に持つ。

そして右手で鞍の後橋を掴んで鉄棒の要領で馬に全体重を預けた。

そのまま鞍に右膝を乗せるとなんとか体が馬の上に乗り、左足を鐙に乗せてから右足を伸ばすと

安定した鞍の上に座ることが出来た。

「乗れた!」

「そしたら鐙の長さを調節する。お前の背丈なら…これぐらいでいいだろ」

兵士はそう言って鞍と繋がった鐙の長さを調節してくれた。

足をかけると丁度ローファーの底にフィットする長さで、

両足をかけることでかなり全体が安定したように感じる。

先日幸村と馬に乗った時はこんなこと教えてくれなかったので酷く不安定だったし、乗っていてあちこちが痛くなった。

(…あれはアイツの馬使いが荒いのもあるよな…)

「これは綱を下ろしたら発進するの?」

「あーそんな姿勢じゃ駄目だ。背筋を伸ばして両足でしっかり馬を挟んで、

 手綱を持つ拳はしっかり固定するんだぞ。

 馬は僅かな手綱捌きで後退や方向転換をするからな」

セーラー服で真面目に乗馬訓練を受けている自分がなんだかおかしくなってきた。


(…永住する気かっつーの)


元に戻る方法が見つからないのなら、この世界でとりあえず死なずに生きていく方法を身につけた方が有意義だ。

はなんとなくそう割り切っている。

「姿勢を保ったら拳を前に出して体の重心を前にかけると発進する」

「拳を前に出し…て…重心を……ッぅわ動いた!!」

言われた通り動作をすると馬は素直に指示を聞き入れて、ゆっくりと首を前に出し動き出した。

ぐんっ、と前からかかる反動に思わず仰け反ってしまったが

何とか腹筋に力を入れて背筋を伸ばし姿勢を元に戻す。

「顎を引いて、目線は十間以上先を見るんだぞ」

「そ、そんなこと言った、って…」

この姿勢を保つだけで精一杯だ。

パカパカと一定の足取りで石畳の上を進む馬の背中は予想以上に揺れる。

勿論、先日幸村と乗った時ほどではないがこの速度でこれだけ揺れるのだから

もっと速度を上げたら手綱に掴まっていられるかどうかも危ういところだ。

「とっ、止まる時は!?」

「両足で馬の体を絞めて手綱を引け!」

既に厩舎から数十メートル離れてしまった。

兵士は声を張って再び指示を出す。

目一杯開いた足で太い馬の体を絞め、しっかりと握った手綱を手前に引くと馬はぴたりと停止した。

「下馬は乗馬の逆の手順だ」と後ろから兵士の声を聞き、は先ほどの要領で不慣れながらなんとか馬を降りる。

「お前筋がいいな。女がここまで早く乗馬出来るようになるとは思わなんだ」

「いや…こないだほぼ強制的に乗馬させられたからね…

 揺れとかには幾分慣れたっつーか…」

は馬の背中を撫でながら疲れたようにため息をつく。

「続けていれば移動に使える程度まで上達するぞ」

その馬は明日の戦には連れていかないから続けるといい、と言い残して兵士たちは再び厩舎の中へ戻っていく。

「………………」

がそれを目で追っていると、馬が長い首を傾けての肩に鼻を寄せてきた。


「…ねぇあたし元の世界に戻れるのかなぁ?」


馬の鼻を撫でながら不安を漏らす。

馬は「知らないよ」と言わんばかりに首を振って尻尾をばしばしと上下させた。

は苦笑して馬の頬に頭を寄せる。


「…どうやって来たかも分かんないのに戻る方法なんか分かるわけないんだけどさー」


優しい馬の大きな瞳がパチパチと瞬きすると長い睫毛が揺れる。

誰も聞いてくれない不満を馬に漏らすとは虚しい話だ。

「……よし、あいつに文句言われないようにとりあえず乗り降りだけでもスムーズにしとこう」

馬の鬣を撫で、再び鐙に足をかけた。






奥州国境


熱風を帯びた空気に雷が乗って、二色の影の周囲に飛び散った草が焦げて塵になる。

紅い炎を纏った二槍が勢いよく回転するとそれはまるで火の輪のようだ。

その前に立つ男の黒い瞳には真っ赤な炎がチカリチカリと左右交互に映される。

一瞬の合間に利き足を踏み込んで間合いに入った蒼い影は、

右の三本の爪を地面すれすれの位置から勢いよく振り上げた。

バシン、と電撃に似た大きな衝撃音が荒野に響き槍を纏った炎が揺らめく。

三爪を受け止めた槍の柄がぎしぎしと音を立て幸村の左手にも力が入る。

即座に開いた右手を振り上げて政宗の左側を狙ったが、その槍は左の篭手に受け止められてしまった。

両手が塞がった幸村の懐に蒼い足が伸びる。




ゴッ!!!




鍛えられた腹筋に蒼い足が勢いよく叩き込まれ、紅い体は後ろへ飛ばされた。

「…っはぁッ…!ハッ…はぁッ…!」

蹴りを入れた政宗は呼吸を乱しながら構えを取り直し、

太い木の幹に叩きつけられて体勢を崩した幸村を見る。

幸村は槍を支えに何とか起き上がり、フラつきながらも再び二槍を構えた。

それを見た政宗が口元を釣り上がらせた瞬間

ドォン、と大きな音と共に高台にあるこの荒野が地響き起して小刻みに揺れた。

「「!っ」」

2人は同時に顔を互いから外し、眼下に広がる領地に目を向けた。

「……何だ…?」

「煙が…」

丁度北の国境のあたりだろうか。

森の中から灰色の煙が上がっていて、風に乗って焦げた臭いがここまで香ってきた。

何かが爆発したようで森の中から烏がいっせいに飛び立っていくのが見える。

すると


「政宗様!!」


すぐ傍から馬の駆ける音と聞き慣れた声が割り込んできた。

「小十郎!何があった!」

荒野まで出向いてきたのは竜の右目を担う伊達軍の副将、片倉小十郎。

幸村も何度も顔を合わせてきた男で、伊達政宗が最も信頼を置いている人物だ。

いつもは落ち着いた様子の小十郎だが、主に駆け寄ってくる姿には焦りが見える。


「明知軍の奇襲でございます!早急に城へお戻り下さい!!」


小十郎の報告を聞いた2人は目を見開く。

「何だと……?」

政宗は目を細め、奥歯をかみ締めながら煙の立つ領地を見下ろす。

恐らくあの爆発は北櫓が突破されたものなのだろう。

「……ちッ…あの野郎つくづく邪魔が好きだな…

 真田幸村、この勝負一旦預けるぜ」

政宗は舌打ちをしながら刀を鞘へ納めると幸村に向かってそう声をかけた。

「…承知した」

幸村も固く頷いて二槍を下ろす。

「明智光秀は危険な男…用心なされよ」

「HA!誰に向かって言ってやがる。

 そっちこそ長曾我部が近づいてきてるっていうじゃねーか。

 人の心配してる暇があったら機巧に潰されねェようにするんだな」

政宗は鼻で笑いながら馬に跨り、幸村を見下ろした。



「---------…文を預けた女」



手綱を下ろそうとした手を止め、ふいに政宗が口を開いた。

幸村はそれを聞いて即座にのことを言っているのだと理解する。

「テメーの所に居候してんだってな?」

「…ああ。訳あって郷へ戻れぬ身故、城に住まわせてる」

そういえばは自分が上田城に居候していることを政宗に教えたと言っていた。

幸村は一瞬信玄に言われたことを思い出したが、

この男は捕虜をとるような卑劣な行為をする人物ではない。

そして説明したところで深く干渉してくるような男ではないことも知っていた。

「そうかい、ならもうちっとマシな躾をしとくんだな」

「……躾…?」

「次に戦る日まで勝手にくたばるんじゃねぇぞ」

政宗はそれだけ言い残して手綱を振り下ろし、副将と共に峠を降りていく。

幸村は眉をひそめたまま二騎の馬を見送った。

……躾?

(…まさかは政宗殿にまで何か無礼を)

彼女ならやり兼ねない。

まさか初対面の人間にまで横柄な態度をとるようなことはしないだろうが、

自分が彼女と初めて会った時のことを思い出すと若干不安になってきた。

だが今更礼儀作法を学べというのも無理な話だろう。

城にいる少女を思い浮かべると出て来る時彼女に渡されたものを思い出した。


(…そういえば)


止めてあった馬へ戻り、すっかり冷めてしまった笹の包みを手にとる。

草を食む馬の鬣を撫でて水を与えながら笹を開いて握り飯の1つを手に持った。

綺麗な三角型に握られた握り飯をぱくりと口に運び、ゆっくりと口を動かして味を確かめる。



「………美味い」



正直意外だ。

握り飯など侍女以外に作って貰ったことはないが、

400年後の未来に住まう娘も握り飯が作れるのだなと妙に関心してしまった。

最後の1つに口をつけようとすると、米の匂いを嗅ぎつけた馬が鼻を慣らしながら物欲しそうに顔を近づけてくる。

幸村は呆れるように苦笑しながら握り飯を半分に割って馬に与えた。

馬は米をばくり一口で口に入れ、あまり噛むことなく飲み込んだようだった。


(…明日の戦は恐らく長篠に本陣を敷くことになるだろう…

 長曾我部殿aと徳川殿は友好関係にあるようだが、徳川殿は先日の損耗でまだ出陣は難しいとみえる。

 やはり用心すべきはあの機巧か)


握り飯を完食し、笹の葉を丁寧に折りたたんで懐へ仕舞いながら馬に跨った。

「--------急がねば」

外套を羽織り、編笠の紐を顎で縛って手綱をしっかりと握る。







上田城


は相変わらず厩舎から町までの石畳の道を乗馬しながらウロウロしていた。

途中馬に餌をやったり少し休ませろと言われて休憩を入れたりしたが、

午後いっぱいはほとんど乗馬の練習をして過ごした気がする。

「…腰痛い」

ついでに尻も。

長い間揺られていると下半身に思いのほか負担がかかるらしく、

堅い鞍に座っていた尻もひりひりしてきた。

空はもうぼんやりと薄暗く、城下町はそろそろ店じまいの準備始めているようだ。

数時間の猛特訓でどうにか乗り降りはスムーズに出来るようになったが、

馬の速度はゆっくりなので移動手段に使うにはまだ心もとない部分がある。

「……確か幸村はこんな感じで手綱持って軽く下ろしてたような…」

先日自分のすぐ目の前で手綱を持っていた幸村を思い出し、なんとなく真似して手綱を下ろしてみた。

すると


「っわ!!!」


律儀にの指示を聞き入れた馬はぐん、と首を前に迫り出してこれまでにない速度で足を動かし始めた。

堅い蹄鉄がカツカツと石畳を蹴る高い音がどんどん速くなっていき、

は手綱をしっかり握り締めながら自然と腰を浮かせて鐙と手綱でバランスをとる。

自転車というよりは車にのっているような体感速度で薄暗い城の風景が颯爽と流れていくのは自然と気分がよかった。


「…楽しいかもこれ!!!」


一方、馬を全速力させて奥州から戻ってきていた幸村は城下に近づくにつれて速度を緩め、

馬を下りる体勢をとっていた。

「……………ん…?」

なぜか大手門の向こうから馬の駆ける音が聞こえてくる。

「…ッ敵襲か…!?」

幸村は咄嗟に背中の二槍に手をかけた。

だが次の瞬間、物凄い勢いで門をくぐって走ってきた馬を見てすぐに槍から手を離す。


…!」


馬に跨り疾走してきたのは他ならぬ居候のだ。

幸村は慌てて手綱を引き馬を停める。

「幸村!」

駆けてきたも城主の帰りに驚いて慣れない手つきで手綱を引いた。

「な、何をしている!!」

「何って乗馬の練習…ってか凄いっしょ!今日1日でここまで乗れるようになったんだよ!」

確かに乗馬の練習はしておくと言っていたが本当にしているとは。

1人で馬に跨っている少女の姿はかなり異様だったが、

詳しい話を聞く前にの方が不思議そうに首をかしげて口を開いた。

「一騎打ち…どうなったの?」

幸村も無傷ではないようだが、無事帰ってきたということはあの伊達政宗を負かしたということだろうか。

だが幸村は浮かない表情で外套と編笠を脱ぎ始める。

「奥州に明智軍の奇襲が入った為勝負を預ける形となった。

 まさか甲斐・越後を越えて奥州を攻めに向かうとは…」

幸村はそう言って難しい顔をしたが、次の瞬間何かを思い出したように「あ」と口を開いた。


「握り飯美味かった。感謝致す」


懐から律儀に空になった笹の葉を取り出してに礼を述べる。

残してきたらお館様に殴ってもらうという約束を覚えていたのか、

わざわざ笹を見せられたはしばらく目を丸くして幸村を見上げた。

だがすぐにそれが可笑しくなって表情を綻ばせる。

「あたしだっておにぎりぐらい作れるんだって」

真顔の幸村が可笑しかったからなのか、かけられた言葉が嬉しかったからなのか、

は憎まれ口を叩きながら嬉しそうに笑った。

「幸村様!お帰りなさいませ!」

「ご無事でなにより!」

幸村の声を聞いた兵士たちがばたばたと厩舎の中から出てきて主の帰りを出迎える。

「奥州に明智が攻め入ったとは真でございますか」

「ああ。佐助はいるか、すぐにお館様に…」


「大将なら今こっちに向かってるよ旦那」


幸村から僅かに遅れて城下に降り立った影は馬の横に着地した。

「越後を素通りして最北端から攻め入ったのが気になるって、

 軍神の伝言をかすがが伝えにきたらしい。上杉は既に出陣準備を整えてる」

「そうか」

「竜の旦那が気になるのは分かるけどさ、今は明日の戦のことを考えろよ。

 長曾我部の機巧は甘く見てると痛い目みるよ」

「……分かっている。皆を広間に集めてくれ」

佐助に言われて表情暗く頷いたが、傍にいた兵士に声をかけて馬を下りた。


「………あのー…さぁ…」


深刻な空気の中、も馬を下りながら気まずそうに右手を上げる。


「その長…なんとかっていう人と……あたし、話したりとか…できないかなぁ…

 ………なんて」


おずおずと発言するを、幸村と佐助は目を丸くして凝視した。








To be continued