まるで日記を綴るように

緩やかに語り出される物語のほんの一握りを

君は覚えていてくれるだろうか


交わした言葉の断片を

繋いだ指の熱を

泣き叫びたくなる衝動を

あたしは一生忘れないよ











CHAPTER∞













「……はぁ」



平日のよく晴れた昼下がり

満開の桜が咲き誇る穏やかな市民公園に女子高生のため息がどんよりと滲む。



紺色のセーラー服で、足元には大きなボストンバッグを携えて、見る人が見れば不審な光景だろう。

通常なら学校へ行かなければならない時間帯に彼女が1人で市民公園にいるのには理由があった。



。現在17歳のピチピチ女子高生。

ごく普通の公立高校に通う、ごく普通の女子高生だ。

来年は高校卒業で、親からはお約束の「いい加減進路をはっきりさせろ」。

実際周りの友達は進学と就職どちらにするかぐらいは決めていて、

そんな大まかな進路も決まっていないのは自分だけだった。


昨日の夜も父親にくどくどと説教をされ、

嫌気がさしたは学校へ行くフリをして荷物を持って家を出てきた。




------------つまり家出だ。




「ちッ…何様だっての」


女らしからぬ舌打ちをして晴天の青空に向かって文句を吐く。

思春期のうちは誰でも通りそうな道を完全に踏んで歩き、

誰でも悩みそうなことに悩んで勢いで家を出るとはベタな話だと自分でも思う。

勢いで家を出てきたはいいが充てなどあるはずもなく、

とりあえず学校をサボってこれからどうするか考えていたところなのだが。



「…さすがに野宿は無理だな…」



ちら、と公園の長椅子を見た。

人が横になるには十分な長さだが、いくら春とはいえ花もはじらう17歳が野宿だなんて。

ここは市民憩いの市立公園で、昔はどっかの武将が住んでいた城があったと聞く。

今はその城跡が残るとして「上田城跡公園」と呼ばれているから、上田城とかいうのがあったんだろう。

平日の日中ということもあり人通りは疎らで、ウォーキングや犬の散歩などをしている人が

たまに椅子の前を横切る程度だ。



…さて。どうしたものか。



セーラー服を軽くパタパタと扇ぎ、長椅子に両手をついて体を少し後ろへ倒した。

大きな栃の木の葉からキラキラと光る木漏れ日。

あぁくそ。なんだって人の気持ち無視して田舎の空はいつも綺麗なんだ。

そんなことを思いながら更に体を倒すと


「………ん?」


背中にさかさまに見える鳥居。

…あぁ、そういえば公園内に神社もあるんだっけ。

は体を起こし、バッグを持ってなんとなく鳥居へ近づく。

(…うまいこと導いてもらえるように拝んでおこう)

そういえば今年は初詣も行ってないから神社なんて久しぶりだ。

鳥居の向こうに見える神社まで真っ直ぐ伸びる参道。

綺麗に敷き詰められた石畳にローファーを踏み入れると何となく気持ちも和む気がする。

その和んだ空気も一転


「ぅわっ!」


背後から生暖かい突風。

後ろ髪が舞い上がって頬をビタリと打つ。

バサバサと緑の葉が下りてきて髪の上に乗った感覚。

「あぁー…もう、あたしには神頼みもするなってか…?」

もしゃもしゃに絡まった髪を直そうと頭を撫でると


「……あれ」


髪から落ちた何かが足元に落ちた。

「……何だろうこれ…お金?」


しゃがんで手にとったのは10円玉のような丸い硬貨だった。

真ん中に四角い穴が開いていてその周りに漢字が彫られている。

日本史の教科書で見たことがあるような気がする。

もっと近くで見ようと顔を近づけた瞬間、今度は正面から強い向かい風が吹いた。

「ッ」

塵が目に入り、思わず目を瞑って顔の前で手を交差させた。




一瞬短い耳鳴りがして



僅かに聞こえていた車の音や人の声が





消えた






「……いったぁ…」

目を擦り、自然と流れた涙を拭いながらゆっくり目を開ける。

あぁもういうの一番痛い。

ぼやける視界で何度か瞬きをして、

周りの景色の輪郭がはっきり見えるまで回復した頃




「--------------は…」






異変に、気づいた。







自分が突っ立っているのは神社の前ではなく、巨大な石造りの門の前。

その門の向こうに見える






巨大な   城。








びゅうっと追い風が吹き、不気味なほどの静けさの中でが辿り着いた答えは





「………映画村?」





ここは上田なのだが。

っていうか今は時代劇だって城の全貌はCGだぞ。

目の前に突如現れた珍妙な景色に呆然としていると



「何者だ!!」



突然飛び交った怒号。

はびくりと肩をすくませる。

後ろを振り返ると紅い鎧を纏った男たちが数十人でに向かって走ってきた。


「うわっ!!」


ガチャガチャと鎧を鳴らしながら猛突進してきた男たちの手に握られているのは

日本刀やら槍やら弓やら、とにかく物騒な武器だった。

「貴様何者だ!!どこから侵入した!!」

「さては徳川の回し者だな!?」

あっという間に紅い軍団に囲まれ、わけも分からず怒鳴られる。

今時貴様?

徳川?将軍?

「ちょっ…!撮影中に紛れちゃったのは謝りますから!!」

は慌てて逃げようと紅い軍団から離れようとするが、

手前に居た男にがしりと腕をつかまれてしまった。

「怪しい奴ぞ!さては幸村様を狙ったくの一だな!?」

「はぁッ!?くの一!?ちょっ…何時代だよ!!」

あまりにふざけた追い払い方だ。

流石に腹が立ったも負けじと言い返す。

撮影中なら撮影中だからはけてくれ、とか、なんか別に言い方があるだろう。

そんな…戦国の武将みたいな言い方しなくたって…




「何事だ!」




遠くからはっきりと大きな声が聞こえ、目の前の男たちを制止した。

それが誰なのか知らないのに、

は何故か安心感を持ってしまった。


「幸村様…!」


男たちの表情が変わり、道を開けるようにの前を左右に分かれた。

その間を歩いてくるのは、紅。




全身紅色の青年。





目を引くのは真っ赤なジャケット。

前は全開になっていて引き締まった素肌が覗いているが、草摺も具足も赤い。

あまりに時代錯誤な井出達に目を奪われているとその男はすぐ目の前まで歩いてやってきた。


近くまでやってくると分かる。

男が額に巻いた鉢巻も赤い。



…この人どんだけ赤いの好きなんだろ。



短めにすっきりと切られた黒に近い茶髪。

だがよく見るとその襟足は長く、後ろで結われているようで、鉢巻と共に背中ではたはたと揺れていた。


外見年齢は自分と同じか少し上ぐらいだろうか。

キリリと眉間に寄せられた眉

一見優男に見えるが、を見る目つきは精悍だった。


「っちょっと!アンタ監督かなんかなの!?

 ちょっと間違えて入っちゃったからって横暴なんじゃない!?」


外見が同い年ぐらいに見えたのでも横柄な態度をとってしまった。


「貴様!幸村様に向かってなんという無礼な!」

「構わぬ」


何ださっきから「様」「様」って。

どう見たって自分と同い年ぐらいにしか見えないのに。

どこの地主の息子だってんだ。

苛立つをよそに紅い青年は眉をひそめた。


「間違えて…だと?武田軍は誤って侵入して来られるような腑抜けた陣形ではないぞ。

 やはりそなた…お館様を狙うくの一でござるな!?」


男はそう言って双眸を見開き、どこに持っていたのか背中から2m以上はある大きな槍を振り下ろしてきた。


「ちょっ、何なになに!!!銃刀法違反!!」


目の前でギラリと光る三つ矛の槍。

これは……



どう見ても本物の光り方なんですけどォォォォォォ!!!!!




「問答無用!お館様を狙う不届き者…

 この幸村がたたっ斬る!!」

はぁぁぁあああああ!!!???




紅い男の頭上で十字に交差される2本の槍。



なんだこれは。



時代劇のエキストラか?



あたしの日ごろの行いが悪いからって





こんな







…こんな……







「ちょい待ち、旦那」






がその場に座り込んで顔の前で腕を盾にしていると、

どこからともなく低い、それでいて飄々とした声が割り込んできた。

その声の主は音もなくいつの間にかと紅い男の間に降り立ってくる。


「…佐助」


の前に立っていたのは迷彩の男。

…赤の次は迷彩か。

目に優しくない。

全身をミリタリーのような迷彩柄の服を纏った赤毛の男。

額当をしておりまるで忍者のような井出達をしていた。

紅い男は佐助と読んだ男の顔を見て僅かに冷静さを取り戻したようで、ゆっくりと槍を下ろす。

「くの一がこんな目立つ服着てるわけないっしょ。

 なんか凄く動きにくそうだし」

迷彩の男はそう言ってくるりと振り返り、を見る。

その顔の鼻頭と両頬には緑色のペイント。

…ますます忍者みたいだ。

「…言われてみれば珍妙な…」

紅い男は槍を下ろし、に詰め寄ってその服装を上から下までまじまじと見つめた。

珍妙って…ただのセーラー服なんだけど。

胸元のリボンは赤。

膝上10cmほどの襞スカートも紺色。

学校指定のエンブレム入り紺のハイソと茶色いローファー。

ごく一般的な女子高生の制服ですけどッ!!!


「…そなた、何処から来た?」


紅い男は顔を上げ、妙なことを問いかける。

馬鹿にしているのかとの声が若干上ずった。


「どこって…ッあたしはねェ!真田神社でお参りする途中だったの!!

 家出して学校サボって仕方ないから上田城跡公園まで来て…ッ

 ここは市民の憩いの公園!上田城跡公園でしょう!?撮影部隊が占拠していいモンなの!?」


は普通のことを言ったつもりだった。


だが。


その言葉が紅い男はおろか、迷彩の男も、

周りを囲っていた紅い軍団も




表情を歪ませている。





------------な、…に。





そしてやっぱり


最初にこの男が



「………っこ、の…ッ無礼者がぁぁああああ!!!!!」



下ろしたはずの槍を再び振り上げた。


「女子といえど許せぬ!!この城は某がお館様に託された居城…ッ

 "跡"などと侮辱の言葉…っ断っじて許せぬ!!!」

「ちょっ、旦那!!落ち着いてってば!!この子なんか様子が…」

「っんだよやんのかコラ!警察呼んだっていいんだよ!?」


再び暴れ出す紅い男。

もはや迷彩の男の仲介も無意味。

だがも負けじと男に食ってかかる。

周囲の紅い集団もの言葉に目の色を変え、再び各々が武器を構え始めた。

門前が乱闘寸前になるかと思いきや、






止めぃ幸村ぁッッ!!!!






「!!!!!」


紅い男の声量を上回る、鼓膜が破けそうな怒号。

ビリビリと周囲を振るわせる波動。



それは確かに、人の、声だった。



どこからともなく聞こえてきたあまりに大きすぎる声で、

騒ぎ立てていた男たちは一斉にシンと静まり返る。

そして2本の槍を振り上げていた紅い男も、

電源が切れたように両腕をドサッと下ろした。




「丸腰の女子に武器を向けるなどお前らしくもない」





同じ声の主がそう言ったかと思うと、軍勢の目の前にはだかった大きな門がゆっくりと開門された。

ゴゴゴゴ、と石の擦れる重厚な音と共に門が開いていき、

その間に立つ人物の姿が露になってくる。


「…お館様!!」


槍を下ろした紅い男が前に出てその人物に向かって叫んだ。

はぽかんと口を半開きにして、門の向こうからやってくる人物を眺めている。



今度は紅い巨人。



頭から被った兜には鬼のような大きな角が2本聳えており、真っ赤な毛が装飾されている。

2メートルはあるように見える巨体を真っ赤な鎧と真っ赤な虎柄の服で包んだ大男。

大男といっても力士のような体系ではなく、

しっかりと鍛えられたレスラーのようながっちりした体系だ。

年齢は40〜50ぐらいだろうか。

その厳格な表情からかなりの貫禄を感じさせる。

その場にいた紅い軍団はもちろん、紅い男も、迷彩の男も、

巨人の前に跪いて頭を下げていた。

そんな中で1人ぽつんと立ったままのは困惑した表情で辺りを見渡す。









…いよいよ、自分の置かれている状況が分からなくなってきたぞ。











To be continued




幸村前提でいろんな奴を出していきたいと思います。
とりあえず戦国時代を勉強することから初めます