「…さむ…」


約1年ぶりに踏んだ東京の地は、思っていたより寒かった。

京都に比べれば東京の寒さなど可愛いものだろうと思って薄着で来たのに。



「相変わらずすごい人だなぁ」



なんとか迷わずに来られた都立体育館はジャージ姿の選手たちや一般客で賑わっている。

きょろきょろと辺りを見渡したが見慣れたジャージが見つけられなかった。

とりあえず人の波に乗って入り口まで歩きながら携帯を開く。

少し前、既に会場の中にいる知り合いに「今どこ?」とメールをしたら「試合を観てる」とだけ返ってきた。

そんなんここにいる皆バスケの試合観に来てるんだから当り前だ。

くそう、こっちが探してるって分かってるんだから会場のどの辺にいるか教えてくれたっていいのに。

でもあんまりしつこくメールすると怒るから諦めよう。

携帯を閉じて中に入り、客席からコートを見下ろす。見渡す限りの人、人、人。

この中から探すのか…とげんなりしていると


「あ」


少し離れた入り口付近の通路に見慣れた白いジャージ。

背中にローマ字で「RAKUZAN」の文字。

赤い髪。

間違いない。

手すりに寄りかかり腕を組んでコートを見つめている後ろ姿にそっと近づく。



「思ったより早かったね」

「、」



だーれだ、とかやろうと思って構えた両手を制止させられる威圧的な声。


「…赤司くんは後ろに目がついてるのかな」

「気配っていうのは消そうと意識すればするほど滲み出るものだよ。

 それに、君の足音は独特だからね」


そう言って僅かに後ろを振り返ってこちらを一瞥する。

思わず自分の足元を見下ろした。

今日はブーツを履いてきたけれど、特にヒールが高いってわけでもない。

それに会場内はコート以外を土足で歩けるようにシートが敷いてあるから、足音はほとんどしないはずなのだが。


「…赤司くんスカウターでも付けてんの…?」

「何それ」


呆れるように肩をすくめられたところでようやく気付いた。

思わず彼の前に回って顔を覗きこむ。

案の定、怪訝な顔をした彼の赤い目と視線がかち合った。

冬の大会で東京へ遠征に行った友人を3日ぶりに見たら


「…髪、切ったんだ?」

「見れば分かるだろ」

「…ホテルに美容院あるの?」


超待遇いいね、と言うとあからさまに汚物を見るような視線を投げつけてくる。


「あるわけないだろう。自分で切った」

「梳き鋏で?」

「いや?真太郎が持ってた普通の鋏だよ」

「…何でも出来るのは知ってたけど髪も切れるとは思わなかったよ」


見たところ切り逃したアホ毛も見当たらないし綺麗に切り揃えられている。

「うん、いいね。似合ってる」

「ありがとう」

全く感情のこもっていない「ありがとう」だった。

「前より目がはっきり見えるからそっちの方が好きだな。あとラスボスっぽい」

「ラスボス?」

「こっちの話です」

眉をひそめられたから慌てて首を振る。

そして改めて切り揃えられた赤い短髪に目を向けた。

「…別に邪魔な長さでもなかったと思うけど」

「気分転換だよ。僕は切りたくなったらすぐその場で切りたい人間なんだ」

「ああなるほど」

確かに、女の子も髪を切りたいと思ったらその日にでも美容院に行きたいものだけど。

女子か!と言おうとしたけどそのハサミをまだ手に持っていたら怖いから言わないでおいた。


「私もバッサリ切りたいなー」

「切ればいいじゃないか」

「でもショートだと中学生に間違われるし」

「確かに君の顔立ちだと否めないかもな」

「そういう赤司くんだって切る前は割と中学せいだだだだだだ!!!爪先踏まないで!!!!」

「邪魔しに来たなら帰れ」

「…邪魔しに来たわけじゃないよ…試合あると思ってきたら今日はないっていうし…

 明日の試合は赤司くん出ないっていうし…」


まぁ毎日何かしら試合はしてるだろうという考えて遥々東京まで来たが、

今日は洛山高校の試合はないらしい。

そして明日までの滞在予定なのに明日の試合には目の前の男は出ないときた。


「試合観に行くよーってメールした時点で今日はないよって教えてくれたってよかったのにさぁ」

「今朝東京に向かう新幹線の中からメールを寄こした君に教えて意味があったのか?」

「…ないけど」

「ちゃんと試合日程を確認しないで突然来る君が悪い。

 僕が出なくなって明日の試合を見て帰ればいいだろう」

「ベンチで微動だにしない赤司くんの後頭部見てても面白くない」

「試合を観ろよ」


はぁ、と浅いため息が聞こえる。

「まぁいいや。あとでDVD見せてもらおっと」

「DVD?」

「マネージャーさんが撮ってる記録用のやつ。ふっふっふマネージャーさんに協力者がいるのだよ」

「真太郎の真似か?」

似てないよ、と駄目出しされた。

「そのマネージャーさんにベンチからちょいちょい赤司くんの横顔を撮るようお願いして…」

「そのマネージャーの名前は?」

「え?」

「容姿も教えてくれよ。マネージャーも沢山いるからね、覚えてないんだ。後でそのカメラを壊しに行」

「やめてあげて!!!!冗談だから!!ちゃんと自分で観て帰るから!!!!」

「冗談は嫌いだな。カメラを向けられるのは慣れてるけど、こそこそやられるのは腹が立つね」

そう言って腕を組み直す。

…冗談のつもりじゃなかったんだけど。


「…ここに来る前、さつきちゃんと会ったよ」

「へぇ」

「相変わらず美人でおっぱい大きかった」

「相変わらず君とは雲泥の差だね」

「…ウン、ソウダネ」


マネージャー繋がりで共通の旧友の名前を出したが、

表情の読み取れない赤い目は変わらずコートを見たまま。


「君は」


地味にへこんでいると今度は彼の方から口を開いた。

少しだけ目線をこちらに向けてくれる。



「どうして洛山でもマネージャーをやろうとしなかったんだ?」



少し、びっくりした。

彼の中でマネージャーだった頃の昔の自分が認識されていたことに。


「…特に、意味はないけど。中学の時だって、洗濯してカレー作ってただけだし」

「ふぅん」


あーこの「ふぅん」は興味はないけど満足した答えが得られない時の「ふぅん」だ。

ちょっとびくびくしながら横目で彼の表情を窺う。

「まぁそれは君の自由だけど。マネージャーになればこういう面倒も減るんじゃないか?」

「面倒だとは思ってないよ。選手でもマネージャーでもないのに赤司くんを観るためだけに来るのは割と楽しい」

腰に両手を当ててドヤ顔をしてみせた。

また睨まれるかと思いきや



「君らしいな」



少し顔を伏せて、呆れたみたいな微妙な笑みを浮かべている。

彼のこういう落とすように笑う顔は



(…昔と変わらないなぁ)



「じゃあ私、一旦ホテルに戻るね。明日試合見に来るから」

その場を離れようと踵を返すと、後ろ髪が軽く突っ張って静止を余儀なくされた。

不思議に思って振りかえると彼の指が毛束の一部を摘んでいる。

え、枝毛見つけられたらショックだな…


「…な、なにかついてる?」

「君も切ればいいよ」


そう言って、摘んだ毛束を右の人差し指と中指で挟んだ。

その仕草だけで彼の長い指がハサミみたいに見えるから私の眼は相当重症だ。

「そうだな、このくらい」と言われたのはギリギリ首が隠れなくなる程度の長さだった。


「…でも多分似合わないし」

「僕の言ったことが間違っていたことがあるか?」



そういう言い方は、ずるい。



「…赤司くんはショートとロングどっちが好き?」

「別にどっちも好きじゃない」




この人に惚れた私がバカなんです。





「…赤司くんなんか…ッ何でも出来るイケメンだ羨ましいんだよ畜生!!!!!」

「褒めながら罵倒するなんて器用だね」







赤司があのネジの外れっぷりを見せるのはキセキの前だけで
先輩とかその他の人には淡白だといいねっていう。
赤司くん赤司くん言ってるヒロインに対して、
別に告白とかされてないから応えてあげる義理もないなと思って放置してる赤司