今日は、厄日かもしれない。


「どうした。携帯ゴミ箱に入れたりして」


デスクの足元にある小さなゴミ箱を覗き、同僚が言う。

「あーあーシュレッターのゴミと一緒にしてるから紙まみれだよ」

同僚はご丁寧に携帯をゴミ箱から救い出して紙を払ってくれた。

「…メールが来た」

「誰から?」

「…あいつから」

「元彼?」

返事をする代わりにキーボードのEnterキーを力強く押す。

「メアド消したんじゃなかったの?」

「うん、消した。でも来た。文面で分かる」

「何?ヨリ戻そうって?」

そう聞かれたから同僚の手から携帯を奪い取り、怒りのあまり削除し忘れていたメールを開く。


【久しぶり(^∀^)ノ】

今なにしてる?


「仕事に決まってんだろうがバカにしてんのか!?」

そして折角救出された携帯を再びゴミ箱に突っ込んでしまった。

まぁまぁ、と宥める同僚は再び携帯をゴミ箱から救い出してくれた。

今その携帯を手放して困るとしたら、あの子の記事の写メが見れなくなってしまうことぐらいだ。





まわる、せかい(並)






(受信拒否とかにすればいいのか?っていうか…何で今更…)

削除して綺麗になったメール画面を見ながらアドレス変更も考えた。

もう関係のない相手にそこまで労力を裂くのも癪だなぁなんて思っていると


「…あ」


…赤司くんだ。


改札の前に見覚えのある白と水色のジャージ。

真っ赤な髪の毛は遠目でもよく目立つ。

今日は一人ではないみたいで、同じジャージを着た背の高い高校生たちが一緒だった。

チームメイトだろうか。


(…声かけた方がいいかな…いや、学校の人と一緒みたいだし…

 でもこうやって見ちゃった後気づかないフリして素通りすんのもなんかこう…

 おぉ、なんか美人の子がいる…マネージャーかな?)


彼よりも頭一つ大きい痩身の女子生徒が見えた。

強豪校はやっぱりマネージャーも美人なのかなぁなんて根拠のないことを思いながらしばらくつっ立っていると、

ジャージの集団はその場で解散してそれぞれが駅の人ごみの中に紛れていく。

彼は丁度よくこちらに向かって歩いてきて、すぐに人ごみの中に立つ私に気づいた。

「やぁ、よく会うね」

「あ、うん…職場この近くだから…赤司くんは部活帰り?」

「ああ。近くの大学と合同練習をしてきたところだよ」

そう言って改札の方を軽く振り返る。

「君は?仕事帰りか?」

「うん、本屋に寄ろうと思って…」

「そうか。僕も寄ろうと思っていた」

彼はそう言って自然と横を並ぶように歩き始めた。

「え、あ、だ、大丈夫?私と歩いてて変な目で見られたりしない?」

「何故だ?」

「いや私スーツだし…学校の子とかに見られるの嫌かなぁ…とか…」

そこまで言ったところでちょっと後悔した。

そういうことを気にするような子じゃないな彼は。

すると案の定彼は薄く笑う。


「そんなことを話題にして楽しむような人間は放っておけばいい。

 逆に目的地が同じ知り合いと意図して並んで歩かない方が不自然だ」


初めて会った時から今日までずっと同じことを思っているけど

彼が5つの年下なのだと実感できた試しがない。

彼の15年は自分があと何年生きたら培えるものなのだろうと考えたけど

そんなことを考えている時点で一生同じような考え方は出来ないんだろうなぁ。


「そういえばマネージャー、美人だね」

「マネージャー?」

「うん、さっき一緒にいた子」


他に話すネタがなかったわけではないけど、何となく気になったことを口にしてみた。

彼は首を少し傾げて考えるような仕草をする。

「…ここまで一緒に来たのはチームのメンバーだけだが」

「えっいやほら、同じジャージの、こんくらいの髪の、背ぇ高い…」

そこまで言ったところでようやく伝わったらしく、彼は「あぁ…」と頷いた。

「玲央のことか」

「玲央ちゃん?ていうの?」

「玲央はチームメンバーだ」

「…男の子?」

「男だよ」

当たり前だろう、と呆れた顔をされる。


「…今時の男の子って美人が多いね?」

「言っている意味がよく分からない」


並んで歩きながらふと思った。

「そういえば、赤司くんって…あ、」

構内を出たところで立ち止まる。

いつの間にか外は雨が降っていた。

本屋のある駅ビルへ向かうには一度屋根のある構内を出て少し歩かなければならない。

距離は20Mほどだから濡れてもさほど気にならないだろう。

「…私が着いた時には降ってなかったんだけどなぁ」

すると横の彼が徐に傘を開く。

折り畳みを持っているなんてさすが準備がいい。

「夕方から降水確率が上がると言ってた。入るといい」

「あ、いいよ。そんな距離ないしバッグ頭に乗せれば…、」

そう言って屋根の下を出た瞬間、思わず足が止まってしまった。

真上から激しく降る雨が冷たくて鬱陶しくて、早く走り抜けてしまいたいはずなのに。


横断歩道の向こうに、1つの傘を2人で使うカップルが見える。

ふわふわ栗色ロングヘアの彼女はフレアスカートが雨に濡れないように彼氏にぴったり寄り添って、

傘を持つ彼氏は肩を半分濡らしながらその横に立っていた。

その彼女には、見覚えがある。

(…なるほど)

        ・・・・
あのメールは別にそういう意図があったわけじゃなくて



(…カノジョと待ち合わせの間の暇つぶしってか)



我ながら呆れた。

少しでもそういう展開を期待していた自分と

そんな相手に時間を裂き一人相撲していた自分と

今その相手から目を逸らせずにいる自分と。

…結局まぁ自分に呆れている。


信号が青になって、相合傘のカップルがこちら側に渡ってきた。

あー雨に濡れて元彼カップルをガン見する女とか引くなぁ。


「…スーツは雨に濡れると良くないと聞いたが」


ふと斜め後ろから声がして、頭上に傘がやってくる。

情けない顔を見られたくなくて振り向けなかった。

「いや、最近のスーツは丸洗い出来るから。それにこれ、安物だし」

「そうか」

傘の持ち主はそう言って頷くと、傘を少しだけ前に倒した。


「、」


藍色の傘が視界を僅かに遮る。

すれ違う人たちの膝から下がようやく見える程度。



「ならば、濡れないに越したことはないよ」



彼がそう言うと、真横をフレアスカートが横切っていく。

横に並ぶ白い足元がものすごく心強く感じて

この一瞬だけ、通り過ぎていった元彼に感謝をした。