休日にわざわざ早起きして出かけようと思ったのは

寝て曜日じゃ女子力も下がるし時間が勿体ないのもそうなんだけど、

一刻も早くアルパカに代わるストラップを見つけに行きたかったからかもしれない。





まわる、せかい-名-





「…いい歳こいてキャラクターものっていうのもな」

雑貨屋で手にとったのはピンクのファーがついたケティちゃんのストラップ。

嫌いというわけでもないけど、肌身離さず持ち歩く携帯につけたいかといったらそうではない。

手触りのいいマスコットストラップを棚に戻し、雑貨屋を出た。


…そういえば


(駅にかわいいストラップあった気がする)

フォルムは覚えてないけど本屋の近くの雑貨屋に。

普段なら地下鉄かバスで向かうところだが、何故か歩きたい気分だったので駅まで歩いて行くことにした。


(全中3連覇帝光中学校…)


横断歩道で信号待ちをしながら昨日雑誌の切り抜きを写メった携帯画像を見た。

全中って何だ?と思ったら隅の方に※印の補足で「全国中学校バスケットボール大会」とある。

初心者に親切な雑誌だなぁ。

「強豪中学で主将を務めた彼は現在在学中の京都府洛山高校でも主将を務めている」と続いていた。

ん?

インタビュー記事を少し遡ってみる。

(この子1年生じゃなかったっけ)

確かに、赤司征十郎(15)とある。1年生だ。


「1年生で主将って…上手なんだなぁ」


歩行者信号が青に変わり、横断歩道を渡りながらいかにも素人っぽいことを呟いてしまった。

交通量が多くなって正面に京都駅が見えてきた。

こちらに向かって歩いてくる人並みを避けながら再び携帯に目をやる。

バスケのことがよく分からないのでインタビュー内容もほとんど分からなかったが、

「IHには出場しなかった」という文字が目に留まった。

IHは分かる。インターハイだろ。

駅の地下道に入る階段を降りながら画像を拡大するが端がブレていて続きが見えない。


(手帳に雑誌の切り抜き挟んであったよな)


階段を降りきって駅ビルの手前で鞄の中から手帳を取り出した。

「…あれっ」

手帳とビニールカバーの間に2つ折りにして入れていた切り抜きがなくなっている。

慌てて鞄の中を探したけれど、財布と化粧ポーチ以外入っていなかった。

いや、別に無くして困るものじゃないけど本人の目に留まったら気まずいっていうか。

いや、留まってもその切り抜きが私のものだって分からないからいいんだけど。

いやでも、もし誰かに落とした瞬間を見られてたら恥ずかしいっていうか。


「…本当に」


ふいに後ろから声がして



「よく物を落とす人だな…」




振り返ったら

今携帯に映っている少年が2つ折りの紙を持って佇んでいた。

この瞬間、あの紙が本人の目に留まり、且つその紙が私のものだとバレ、且つ落とした瞬間を見られていたと分かった。


(トリプルパンチだぁぁぁあああ!!!!)


なんと弁明していいか分からず青ざめていると、少年は少し首をかしげた。

「貴女のでしょう?」

「えっ、あ…………はい…」

泣きそうになりそうなのを堪えて「すいません…」と紙を受け取る。

恥ずかしさと申し訳なさで敬語になってしまう始末。

「携帯を弄りながら歩いているから注意力が散漫になるんですよ」

「あ、う…ごめんなさい…」

高校生に説教され平謝りする社会人。

情けない。今人生最大級に情けない。

「…すいません…わざわざ追いかけて来てもらって…」

「たまたま向かう方角が同じだったので。そうでなければ落ちていた場所に放置していますよ」

少年はそう言って歩いてきた駅の地下道を振り返る。

いつもの制服姿ではなく、白と水色のジャージ姿だった。これから部活だろうか。

「ほんとすいません…何度も何度も…」

「ストラップ」

「え?」

「ストラップ、外したんですね」

少年に携帯を指さされ、ああ…と思う。

そういえばあのストラップがあったから彼が携帯を届けてくれたんだなぁと思い出した。

「汚くなっちゃってたんで…そろそろ外そうかなって…目印になってよかったんですけど」

そう答えて携帯を押し込んだカバンにはまだお揃いのアルパカがついていた。

…そうだこっちを外すのを忘れていた。

少年はエナメルのショルダーバッグを掛け直し、また少し首を傾げる。

「貴女は社会人でしょう?高校生の僕に敬語を使う必要はないと思いますが」

「あ、いや…なんていうか…使わざるをえないっていうか…

 使いたくなるっていうか…あ、悪い意味じゃなくて…

 赤司くんが最近の高校生にしては珍しく綺麗な敬語使うからつい…」

そう言って苦笑すると少年は少し驚いたように目を丸くする。


「僕の名前を知っているんですか?」

「え」


切り抜き見たんじゃないの?

彼の反応を見て「しまった」と思った。

私が落とした瞬間を見ていたなら中身を見ずに届けたはずだ。


(墓穴掘った…)


「…友達の買ってるバスケの雑誌に載ってたの…見て…

 っていうか読み方、「あかし」でいいんだ…?」

「雑誌…ああ…」

少年は納得したように頷き、エナメルのショルダーバッグを肩にかけ直す。

「バスケットに興味が?」

「え、いや、全然…5人でやるスポーツだっていうくらいの認識…」

ばかだなぁ私は。

嘘でも「学生時代ちょっとやってて〜」とか言えよ。

だから元彼にも「気の効かない奴だな」ってしょっちゅう言われて…ああやめよう奴の話は。

すると少年は初めて見る表情で薄く笑ったような気がした。

「正直ですね」

「ごめんなさい」

バスケットに興味はないけど君に興味があって雑誌切り抜きました。とは言えない。

手に持っていた切り抜きをそっとバッグに戻して苦笑した。


「…あの…深い意味はないんですけど…できればその…敬語、やめて欲しいなぁ…なんて…」


すると彼はまた少し目を丸くした。

「あ、べ、別に馴れ馴れしくしたいとか思ってるわけじゃなくて…!

 私が敬語使われるの苦手っていうか…敬語は立場上敬ってる人にだけ使えばいいと思うっていうか…

 いや、そんなこと社会人になってやってたら即刻クビなんだけど……って何言ってんだ私」

頭の中で考えをまとめてから話すのが苦手だから結局何が言いたかったのか自分でもわからなくなる。

彼は頭がいいだろうから、こんな私を馬鹿だなぁと思っているに違いない。

「3回も落し物見つけて貰ったから何かの縁だし…よかったらなんだけど…」

「赤司征十郎」

彼がふいに自分の名前を口にした。



「さっき君が呼んだ通りだ」




あ。



「君の、名前は?」




ほらなんか、しっくりくる。





私はこの瞬間、

先日見た赤い革のストラップを買って帰ろうと決めた。