天気は悪いがムシムシして嫌な朝だ。

会社に来るだけで汗ばんでしまったのに、会社が「エアコン稼働は梅雨明けから」とか

アホなことぬかしたせいで社内は熱が籠っている。

作業の手を休め、持参した扇子でぱたぱたと自分を扇いだ。

熱風が返ってくるだけだ。

…上司に内緒でエアコンつけてやろうか





まわる、せかい(知)





(…ダメだちょっと休憩しよう)


冷蔵庫のない職場で働く人間の必需品、

たらりらったら〜たいがぁ魔法瓶〜

屈んで足元のバッグから必需品を取り出し、姿勢を起こそうと思ったら


「あたっ」


机の引き出しに思い切り頭をぶつけた。

そして

「うおっ!」

隣接している同僚の机が揺れて、山積みになっていた書類の束やら雑誌やらファイルが雪崩を起こす。

ああもうだからあれほど机の上を整理しろと…

私もだけど。とぼやきながら床に落ちた本類をかき集める。

仕事用のファイル、ファッション雑誌、黄瀬くんが表紙の…


「…バスケ雑誌?」


もう見慣れてしまった金髪イケメンは、いつものようにお洒落な格好ではなく

真っ青なバスケのユニフォームを着ていた。

なるほど黄瀬くんは現役モデルでバスケット選手なのか。ハイスペックだな。

表紙には「インターハイ途中結果速報!」と大きく見出しがある。

高校野球や高校サッカーはテレビでも取り上げられるし注目度も高い。

雑誌やテレビで高校バスケットに触れたことがなかったから、こんな雑誌もあったのかと少し驚いた。

へー全日本選手のインタビューやらバッシュのカタログやら割としっかりした内容なんだなぁ…

バスケなんて高校の体育でやって以来…と思いながらページをめくっていると


「…ん?」


パラパラめくって通り過ぎたページを再び戻る。

戻ったページに目を凝らし、雑誌に顔を近づける。

「んんー…?」

1つの写真をガン見する。


「…これ…」


何かのインタビュー記事だろうか。(バスケ雑誌なんだからバスケ関係のインタビューなんだろうが)

文字が並んだ1ページの右下に、間違えていなければ3日連続で見た顔が映っていた。

赤い髪。表情の読み取れない赤い瞳。

一昨日・昨日と見た制服姿ではなく学校のジャージだった。

「帝光中学校バスケ部・元主将」とあって恐らく彼の名前であろう「赤司征十郎」と見出しがあった。


(…なんて読むんだろ…あか…あか、あかつかさ?)


いやなんか赤塚不二夫みたいになってしまったな。


「…ストレートにあかし、かな?」


日本語は難しい。

しかし征十郎なんて立派な名前だ。

最近の若い子は学校の先生が振り仮名ふらないと読めないような名前が多いっていうし。


「何してんの?」

「あ、ごめん。雪崩起こした」


すっかり雑誌に読みふけっていると後ろから本の持ち主に声をかけられた。

同僚は「ついにやったかー」と言って拾い忘れていた書類を拾い上げる。

「月バス見てんの?なんだやっぱり黄瀬くんに興味あるんじゃん」

「ね、この子知ってる?」

同僚の冗談をスルーして見ていたページを見せた。

「んー?ああ、黄瀬くんと同中の。なんか凄い子らしいよ」

よく知らないけど。と同僚は言った。

彼女の中では黄瀬くん以外どうでもいいらしい。

いや今の私はその黄瀬くんの方がどうでもいいんだが。


「…このページ貰ってもいい?」

「いいよ。っていうか、バスケ興味あったんだ?」

「ない。この子に興味がある」


席に戻ってペン立てからカッターを取り出し、下にマウスパッドを敷いて丁寧に切り取って行く。

「…この雑誌に載ってるってことは、バスケやってるってことなのかな?」

「そりゃそうでしょ。なんかその帝光中ってのがバスケすごいトコで、

 その子が主将をやってたらしいよ。洛山も去年のIHとWC優勝してるしね」

「WC?トイレ?」

そういえば昨日本屋で会った時、通学用バッグの他に大きめなスポーツバッグを持っていた気がする。

私も一応出身は東京だけど、スポーツに縁がなかったからどこの学校が何が強かったとかはさっぱり分からない。



(…15歳)



記事をスマフォで写メって拡大しながら眺めていたら年齢が分かった。1年生か。

見えると言えば見えるけど、年の割には随分落ち着いた子だったなと思い返した。


「…なんか私ストーカーみたいじゃないか?」


…いや、ちょっと前は皆ハンカチ王子とか騒いでたしね?

しかし


(…見れば見るほど不思議な子だな)


顔立ちは整っていると思う。

同級生よりは先輩お姉様方にモテそうな感じ。

ただなんというか、同じ整ってるでも黄瀬くんとは違うというか、

いや芸能人にも色んなイケメンがいるのと同じなんだけど


(…あ、そうか)


目かな。

一度見たら逸らしたくなくなるような、

それでいて逸らしたいけど逸らさせてくれないような

そういう目をしている。良くも悪くも。


「………あ」


ふと画面から視線を外して気づく。

手首に当たる、アルパカのマスコット。

そういえば携帯を落とした時もこいつがあったからあの子が拾ってくれたんだなぁと思った。


「…お前に罪はないけれど」


元彼に貰ったものをいつまでも身につけていられる程執着はしていない。

イヤホンジャックを抜き、少し汚れたアルパカのマスコットをデスクの引き出しに仕舞った。