化粧品売り場に行ったら、金髪のイケメンモデルと目が合った。

…合った。というのが語弊がある。

イケメンのポスターと目が合った。

「際立つ、真紅」というキャッチコピーの下に「この夏新色!夏こそ原色で勝負!」とあって

外国人女性モデルの唇にイケメンモデルが口紅を塗っているポスターだった。

口紅を買いに来たわけではなかったけど、あまりにでかでかと貼られていたから思わず足を止めて見入ってしまった。

周りの女子高生はポスターを携帯で写メっている。

そのイケメンは雑誌でよく見かけるが、残念なことに名前が出てこなかった。

なんか職場の同僚が好きだった気がする。





まわる、せかい(再)






「彼氏と別れた?正解だよセーカイ」


一緒に退勤した同僚はあまり関心を示さずそう言った。

男なら他にいくらでもいるんだしさ。

そう言ってショルダーバッグを掛け直す。


「…あ、ねぇ、この子名前なんつーんだっけ?」


化粧品売り場で見たポスターと街頭で再会し、指さして同僚に問いかける。

「黄瀬くん?なに、好きになりそう?」

「んにゃ。イケメンさんだなぁと思っただけ」

「現役高校生だからねーイケメンだけどさすがに高校生はちょっと」

ちょっと。って許容範囲に入れてたのか。

仮にもモデルだぞ。と内心ツッコミを入れながら適当に相槌を打つ。

駅が近くなって、同僚は「じゃあ」と手を振って人混みに紛れていった。


(…そうだ本屋寄って行こう)


同僚を見送った後所用を思い出し、駅ビルに入っている本屋を目指すことにした。


「…今日はよく会うな黄瀬くん」


本屋の入り口に平積みされている雑誌にも黄瀬くんとやらが映っていた。

年をとると芸能人の名前を覚えるのが辛い。

特に若者。

「年をとる」なんて二十歳そこらの自分が口にするものじゃないと思うけれど、

実際十代の頃より記憶力は低下している。

アイドルの名前も、ブランドの名前も、頭に留めておける時間が短くなったような気がする。


(そうだ文庫の新刊買いに来たんだった)


ほら当初の目的も忘れてる。

雑誌コーナーを離れ、文庫コーナーへ移動する。

こっちまで来ると客の年齢層が高くなって空間も少し静かになった。

新刊だから下に平積みになっているはず…と少し屈んで棚下のスペースを探す。


「…あっ…と」


前屈みになっていると後ろを通った客と背中がぶつかった。

「すいませ…」

慌てて立ち上がり、体を少し捻って後ろに謝った。

視界の端に映った原色に言葉が詰まる。


「あ!の!」


考えるより先に右手がぶつかった相手の肩を掴んでいた。

有名進学校の制服を着た赤毛の少年が京都府内に2人いなければ、

多分この子は昨日のあの子で間違いないはずだ。

…間違ってたらただの変質者だけど。


「…何か」


振り返ったのはやっぱり昨日の高校生だった。

低いわけでも高いわけでもない、一定の音階を保った落ち着いた声。

何年生なのか知らないけど、見た目より大人びて聞こえる声だ。

「えーと…昨日、駅で携帯拾ってくれた子…ですよね」

高校生相手に敬語になってしまう。

でもなぜかそういう威圧感を与えさせる子だった。

少年は少し間を置いてから思い出したように「ああ…」と頷く。

「昨日、お礼言いそびれてたので。ありがとうございました」

「いえ。昨日も言ったけど、鞄に引っ掛かっていたのを届けただけなので」

少年は淡々と言った。


「…あの、何で私のだって分かったんですか?」


昨日すぐ疑問に思ったことを問いかけてみた。

すると少年は私が肩からかけている仕事用のバッグを指さす。

つられてバッグの持ち手を見た。

「マスコット」

「マスコット?」

「同じものがついているから、もしかしてと思って」

私のカバンには携帯と同じアルパカのマスコットがついている。

別れた彼氏がゲーセンで取ってくれたものだ。

手触りが気持ちよくてなんか可愛いから付けていたけど、これももう外さなきゃな。


「じゃあ、僕はこれで」

「あ…うん、ありがとう…」


くるりを向きを変えて奥の方へ歩いていく少年。

…頭がいい人は見てる所が違うなぁ。

関心を通り越して若干引くレベルだ。

すると歩いて行った少年が「ああ」と言ってふいに振り返った。


「落し物、気をつけた方がいいですよ」

「え?…おぉぅ!?」


再び指さされて目の前を見ると、平積みになった本の上に腕時計が落ちていた。

左手にしていたものだけど、磁石で留めるタイプのベストだから緩んで落ちたのだろう。

慌てて拾い、再び少年の方を見ると彼はもう棚の陰に隠れてしまった。

…彼は千里眼でも持っているのだろうか。

時計を着け直し、目当ての本を持ってレジへ向かう。

昨日お礼を言いそびれてもやもやしてた気持ちも晴れたし、目当ての本も買えたし、帰ろう。

レジを離れて隣接した雑貨屋の前を通った時、今までなら目に留めなかったものが目に留まった。


赤い革の携帯ストラップ。


ステッチの入った丸い形の革に鳥の彫刻がされた可愛いストラップだった。

私は特に赤が好きということはない。

青も好きだし黄色も好き。緑も紫も、黒もピンクもベージュもオレンジも好き。

でもなぜか赤に目が行った。


赤という色は他の色と並べると非常に強い存在感を示し、

好き嫌い関係なく無意識に赤に目が行ってしまうという話を聞いたことがある。


2日連続で赤毛赤眼の少年と話をしたからだろうか。

刷り込みって怖い。


しばらく店頭でストラップを眺めて、電車時間を思い出しその場を後にした。